目が覚めると仇の娘でした
シャーロット・ラヴィアンジュ。
魔術師の国を統べる組織、エルステラの幹部。
またの名を「天災」の魔女なんていう、至極物騒な名前で呼ばれている。
ある時は人間達の寝物語における、正義に討たれる悪役の代名詞だったり。
そしてまたある時は、魔術師の始祖・女神ルウェルの血を引く、最後の末裔だったり。
────それが、私という存在だった。
「だった」と過去形で語るのは、それが文字通り、前世の記憶だから。
今の私は、もうシャーロットではない。
さて、皆さま。
シャーロット・ラヴィアンジュという魔女が辿った末路を語る前に、この世界の「魔術師」がどのようなものかを説明しなければならない。
かつてこの大陸は、いくつもの小国と強大なアルメリア帝国、そして共和国によって支配されていた。
信仰も言語も異なる諸国において、唯一共通していた価値観。
それは「魔術師は人間に劣る存在である」ということだ。
ある時は便利な家電道具として、またある時は冷酷な兵器として、私たち魔術師は人間達に消費されていた。
帝国において、魔術師は国家の所有物である。
使い潰されるか、さもなくば適当な罪を着せられて牢獄────太陽の存在しない常冬の地下都市へ放り込まれるか。その道を皆例外なく辿る。
私の父は魔術師の祖先、女神ルウェルの血を引く生き残りだった、そうだ。
そして帝国は魔術師を管理する上で、正統な血統であるルウェルの血を消し去ることに決めた。
父は殺された。
言われのない罪だった、らしい。
そしてその娘である私は、母がわたしを産む前に地下牢獄に投獄されたことにより生き残った。
誰からもルウェルの末裔だとバレないよう、私が魔術師という事を母は執拗に隠して。
しかし私を守ってくれた母も死んだ。
そして私は様々な経験を経て、泥沼の「魔術師革命」へと身を投じることになる。12歳の時だった。
魔術師の地下牢獄───通称特区からの脱獄と、自由の為の革命。
革命は大成功に終わった。
私たち魔術師は太陽の下を歩く権利を勝ち取り、自治領「エルステラ」を築き上げた。
物語ならこれでハッピーエンド。
けれども、そこからが悲劇の幕開けだった。
自治領を得ても、魔術師は真に自由になれなかった。
戦争は終わらず、仲間うちでも意見が割れる。
人間と共存していくか。
あるいは、人間を魔術師が使役していくか─────。
そしてその対立のさなか、私は帝国の騎士の手によって短い18年の人生に幕を下ろすこととなる。
恋を知る暇もなく、温かな家族の記憶もない。
でももし、次があるのなら。
どうか次は風に揺れる花を愛でるような、平穏で安定した暮らしがしたいな。
そう願って、光に溶けたはずだった……だったのに!
自らがシャーロット・ラヴィアンジュであったと思い出したのは、つい先程のことだ。
家庭教師によるつまらない歴史の授業、「魔術師革命」を学んでいた最中。
「……ですので、魔術師とは本来、我ら貴族が管理すべき『動く資源』に過ぎないのです。アデライン様、お分かりですか?」
「…………」
「……アデライン様?」
返事がないことに苛立ちを覚えたのか、教師がわざとらしく咳払いをする。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
磨き抜かれた窓ガラスに映っているのは、夜の闇を溶かしたような黒髪と、どこか憂いを帯びた碧眼を持つ、愛らしい少女の姿。
アデライン・エセルリード。10歳。
あろうことかあの運命の日、対魔銃で私の心臓を正確に撃ち抜いた敵国・帝国第一騎士団団長エセルリード公爵の、最愛の娘。
──────嗚呼、女神様。
私の「平穏に暮らしたい」という願いは叶わないのですか?
前世─────天災の魔術師と呼ばれたシャーロットとしての記憶と、アデラインとしての記憶。
その濁流のような情報の混濁に、幼い少女の器は耐えきれなかったらしい。
騒がしい声を遠くに聞きながら、私はそのまま、糸が切れた人形のようにぶっ倒れた。
「……それは流石にエセルリードが可哀想すぎない……!?」
がばっと跳ね起きると、そこは見覚えのある豪華でふかふかな天蓋付きベッドの上だった。
「何が?」
「……お、お姉様」
すぐ傍らで私を覗き込んでいたのは、アデラインの実の姉・ルチアだ。
母親譲りの金色の巻き毛と父親譲りの碧眼の愛らしい、アルメリア帝国随一の美少女。
病弱で内気なアデラインをいつもリードしてくれる、親愛なるお姉様。
彼女は不審げに眉を寄せながらも、私の額に手を当てる。
「アデライン、気分はどう? 意識が飛ぶなんて、よっぽど疲れが溜まっていたのね」
「は、はい。もうすっかり良くなりました……」
「良かったわ。明日は皇太子の誕生パーティーですもの。いくら身体の弱いあなたと言えど、絶対に、這ってでも出席してもらわないと困るのよ」
不穏だ。あまりにも不穏な言い回しに、私は思わず身を引いた。
「ど、どうしてですか? お姉様。私はまだ十歳ですし、デビュタントもまだです。そんな大層な場に出なくても……」
「アデライン」
姉の声が一段低くなる。
「いつも言っているでしょう? 我がエセルリード公爵家は、今や没落寸前なのよ」
「……な、なな、なぜ!?」
嘘でしょう。
お父様────私の心臓を止めたあの男は、英雄とは呼ばれても没落なんかとは縁がない男だったはず…………。
「帝国は、お父様を持て余しているのよ。『天災』と呼ばれた魔女を討ったお父様は、確かに国民のヒーローよ」
「そうですよね?!」
「けれど、その実は歩く火種……存在するだけで生き残った魔術師たちの恨みを買い、貴族たちからはその武力を恐れられている」
ルチアは冷めた瞳で、残酷な現実を突きつけた。
「我が家が生き残る道はただ一つ。私かアデラインのどちらかが皇太子妃となり、皇室の後ろ盾を得てエセルリードの地盤を盤石なものにする。それ以外に方法はないの」
「こ、皇太子妃だなんて……!」
よりによって宿敵の娘として、敵国の王室に嫁ぐ……?!
あの暗い感情渦巻く宮廷で、一生を縛られて過ごせと!?
「無理ーーーーー!!!!!」
絶叫、その後私の意識はもう一度暗転した。
夢を見た。
寒い、寒い昔の夢だ。
私がまだ何者でもなかった頃───────。




