神の不在、あるいは狂信の始まり
その日、彼の世界から色彩が消えた。
魔術師と人間の長きに渡る戦争により、大勢の命が失われた時代。
魔術師の目的は人間の支配だった。
そしてその全てが順調だった。
それなのに。
たった一つの凶弾で、全ての状況はひっくり返った。
アルメリア帝国の若き騎士、エセルリード卿の放った一弾が、魔術師達のただ一つの希望────シャーロット・ラヴィアンジュの心臓を貫いた瞬間。
彼の中の全てが、遠い奈落の底へと吸い込まれていった。
「……ああ」
崩れ落ちるシャーロットを抱きとめたのは、白銀の髪を持つ美貌の魔術師、ヴェリアル・クレミア・ルーファスだった。
ピンクブロンドの髪をなびかせて笑っていた少女は、彼の腕の中で二度と開くことのない瞳を閉じている。
春を告げる鳥のように愛らしく自らの名を呼んでくれていたその唇は、いまや凍てつくほどに白い。
「シャーロット。 面白くない冗談は……好きじゃないといつも言っているだろう……?」
ヴェリアルは、縋り付くように彼女の頬を撫でた。
だが、もうすでにそこに温もりはない。
彼にとって、シャーロット・ラヴィアンジュという存在は、人間達の言うところの天災の魔術師でも、恋い慕う少女でもなかった。彼女はこの醜悪な世界における唯一の「正解」であり、彼が呼吸をするための「理由」そのものだった。
ヴェリアルが顔を上げた。
その紫水晶の瞳には、もはや人間らしい感情など微塵も残っていない。
そこに宿っていたのは神を殺された狂信者の、純粋で、そして絶対的な殺意。
彼が指先を微かに動かした瞬間、何かを察知したのか、エセルリード卿とその一団は間一髪、テレポートによって退避した。
ヴェリアルは小さく詠唱した。
そして彼の意志一つで、周囲の空間そのものが「拒絶」を開始した。
二度と、何者の侵入も許さない────と言うように、暗い霧が領地を包む。
彼は血の海の中で、ただ静かに、シャーロットの亡骸に口づけを落とした。
「待っていて。もう一度、綺麗になった世界を君に捧げるから」
彼は魔術師達を引き連れ、世界を征服する事に決めた。
ある者は彼を「魔王」と呼び、ある者は「死の神」と呼び、畏怖した。
けれど、彼が求めたのは恐怖でも、尊敬でもない。
彼が望んだのは、ただ一つ。
いつか、シャーロットが目覚めることだけを信じて、何にも汚されない「完璧な世界」に作り替えること。
白銀の髪を返り血で赤く染め、死体の山の上に君臨する青年。
その瞳に宿る狂気は、十年の時を経て、やがて一人の「病弱な令嬢」へと向けられることになる。
─────これは、狂った執着の物語。
神を失った男が、神を呼び戻すために世界を焼き尽くす、始まりの記録。




