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プロローグ・とある家庭教師との一幕

陽の入る白亜の屋敷。

赤い薔薇に囲まれたそこがアルメリア帝国を代表する貴族、エセルリード公爵の2人の愛娘のお城(箱庭)だ。


帝国歴1216年。数年に渡る世界大戦で領土の多くが焼けてしまったこの国にも、春は等しくやってくる。

帝国の民は、久しぶりの麗らかな平和な時を過ごしていた。



「さあさあ今日のお勉強をしましょうね、レディ達。先日の貴族名鑑は問題なく頭にはいりましたか?」


「はい、先生!」


かつて隣国レサンドで「若き叡智」と謳われた錬金術師、メイ・アンダーソン。戦争で研究室も居場所も失った彼女は、現在、帝国一の大貴族であるエセルリード公爵家で家庭教師を務めている。


研究費と生活を公爵家が保証する代わりにエセルリード公爵家の娘の家庭教師をする。

破格の条件に、メイは喜んだ。


帝国が誇る軍神・エセルリード公爵といえば、この国の誰に聞いても知っていると返事がくる有名人だ。

救国の英雄の愛娘達は公爵にそれはそれは大切に甘やかされて育ったそうだ。


そう聞いてどんな我儘娘達かと戦々恐々と引き受けた教師の仕事だったが、その想像はいい意味で裏切られた。


長女ルチア・エセルリードは今は亡き公爵夫人と同じくはちみつ色の髪と瞳の、太陽の様に愛らしい少女だった。

ルチアは先日の15歳の誕生日に皇太子の婚約者に内定した。優しく素直な才女で、将来はきっとこの国の王妃となって国民の生活を支えてくれるだろうとレティは将来を楽しみにしていた。

手を挙げてにっこりと微笑むルチアにレティは破顔した。



「ありがとうございます、ルチアお嬢様。きちんと復習されたようですね」


「先生の授業は本当に楽しいですもの」


「それは良かった。ルチアお嬢様がお嫁に行かれるまでもう時間がないですからね。何か、追加で聞きたい授業はありますか?」


「先生、私、魔術師革命を知りたいです」


「魔術師革命……いいでしょう。あなたたちは、深くしるべきですから」


 

大陸を二分するアルメリア帝国とレサンド共和国との戦争はここ数十年続いていた。錬金術の発達や魔術の進化によりその争いはさらに苛烈になった。

そんな中起きた内乱である魔術師革命は帝国にとっては致命的なものだった。

革命はまさに今起きているのです、とメイは言葉を強める。


彼女たちは特に知っておくべきだ。

 

この二人の子供達は優しく素直だ。ただ公爵は二人を愛するあまり、真実を告げたがらないようだった。お城の中のお姫様達は甘いお菓子と宝石で出来ていて彼女の父親の業など知らないのだ。

 

それでも生きていくことが出来る。貴族で英雄の娘、見目麗しく、皇室に縁もある。

でも何が起きているかを理解しようとしない見せかけの皇族など、この混乱の世の中で誰にも必要とされていないのだ。



「まずは魔術師に対しての認識を一致させましょう。

 アデラインお嬢様、この花を見て下さい。枯れかけていますね。どうすれば元に戻りますか?」



突然当てられたアデラインは零れそうな大きな目を瞬かせながら、ええっと……とつぶやいた。


アデライン・エセルリードは父親によく似た黒髪に青い瞳の神秘的な魅力をもつ少女だ。ルチアより大人しく、年相応に引っ込み思案で自信が無さそうにうつむいた。

12になるアデラインは、本来であれば大方の貴族教育を終えてなければいけない。

 しかし身体がかなり虚弱で、普段は部屋から出る事も少ない。そんな状況により、エセルリード家はアデラインの教育を急がない、そういう方針だった。

 そのため見た目よりもかなり幼い彼女は小さな声で返事をした。


「魔術師にお願いするか、お水をあげるか……でしょう?」


「その通りですね。では、ルチアお嬢様ならどうされますか?」


「お水をあげます。だって魔術師は貴重ですもの。そんな事の為にお願いなんて出来ません」



「魔術師は貴重、その通りです。ただかつて‥‥革命以前は魔術師はその水よりも安い存在でした。魔術師は皆王宮に管理されていて、彼らはいとも簡単に罪名をつけられて地下牢獄へ送られていました」



その時代を生きてきたものとして、かつてを思い出す。

少しでも魔力をもって生まれただけで、貴族なら蔑まれ、平民なら奴隷に近しい存在として多くの魔術師が帝国、共和国関係なく暴力の下で死んでいった。

 

そもそも魔術師とは人間がなりたくてなれる職業ではない。人に似ているが心臓からつま先まで人とは組成式が違うと既に結論づけられている。ただ人から生まれてくるだけで生物として種が違うのである。


彼らは人には触れられない領域にいとも容易く触れる。


病を治すことも、人を傷つけることも、人に不可能といわれていた事が出来た。

もちろんそれには代償が必要だし、強力な魔術を使いたくとも才能に大きく左右される。

感情の起伏で魔力は膨れ上がり、癇癪を起こした魔術師の赤子が街を破壊したこともある。

 

そんな自らとは違う存在を、帝国は手に余らせた。


奴隷として首輪をつけ、ナンバーをつけて管理する共和国に対し、帝国は適当な罪状をつけて太陽のない地下都市に閉じ込めた。

 


そうして10年前、人間よりも遥かに強い力を持ちながら弱者であった彼らの運命が周りだしたのだ。



「地下牢獄――――正式名称 特別管理区域、通称・特区には人間の罪人、そして罪人とされた魔術師達が存在していました。そしてその中で革命軍が誕生し、魔術師達は地下都市に引かれていた対魔封印を破ったのです。

 

 人間からの解放を望む魔術師達は、一つの場所に集まりました。


自分達を道具のように使う共和国に、あるいは自らを閉じ込める帝国に対抗するため、魔術師の理想郷が誕生したのです」



そう告げると2人のお嬢様は身体をぶるりと震わせた。

 

かつて10年前に封印が解けた時、人間は同じように彼らを恐れた。

管理されていない魔術師、それもあの封印を解いた強大な彼らが恐ろしい。だって自分たちは反旗を翻されるなんて考えてこなかったのだ。酷く接してきた彼らは一体どんな報復を我々にするのだろう。


そうして帝国は慌てて不毛の土地を彼らに与え、貴族位を持つ帝国側の魔術師を領主として置いてみた。しかしその領主ですら簡単に寝返った。


新たな領主には特区が封印されていた頃から彼らのリーダーだった少女が就くことになった。


宝石のように見る角度によって色を変える珍しい瞳を持つ美しい彼女を見て帝国は震撼した。それはかつて子孫の代まで断絶させた、恐ろしい魔術師の家系にのみ生まれる特徴だったからだ。



「彼らに与えられた土地‥‥エルステラの長は私達人間からは天災と呼ばれていました。雷を落とし、海を割って空を飛ぶ……そんな奇跡が自分達に刃向かってくるのですからさぞ怖かったでしょうね」


「長は怖い人だったの?」


「……いいえ。ルチア様より少し年上の、ただの優しい女の子でしたよ」


「先生は会ったことがあるの?」


「ええ」



ピンクブロンドの髪を編んで騎士の服を着た、とても可愛らしい人だ。混乱のレサント共和国から、母の住む帝国に来る為に、亡命の手段としては人が避けて通るエルステラを横切るのが一番都合が良かった。

 

その時に一緒にいた小さな弟が高熱を出してしまったのだ。

身分を証明出来るものも医術師に診てもらうお金も無い。

困った私は道の端で泣いていた。その時に彼女が通りかかったのだ。

 

彼女は親切に困っている理由を聞いてくれて、医術師を紹介してくれた。それも無償で。少女に頭を下げる医術師は少女をシャーロット様と呼んで、そうして私は彼女があの恐ろしい天災だと知ったのだ。


彼女が通りかかってくれたお陰で弟は助かった。奇跡だと思った。でも違ったのだ。天災の魔術師は毎日エルステラを歩き回って、困っている者がいればその都度解決してるのだという。

もし母が帝国にいなければ、私はこの研究を特区の為に捧げただろう。



「彼女の横では死神ヴェリアルもただの青年でしたもの」


「先生、死神にも会ったことが?!」

 

「ええ。12年前の事ですから、まだまだ少年に近かったですわ。18にして、魔術師達の指導役をしていました」


彼女の死後、革命軍は加速化した。

特区からの解放だけに留まらず帝国を魔術師が支配しようとしたのだ。


彼女に代わり革命軍のトップに立った男、それがヴェリアル・クレミア・ルーファスだ。

元王族でまだ幼い頃に謀反を疑われて特区送りになった彼は人間達に対して非情で残忍だ。


そんな彼も彼女の前では優しく微笑んでいたのだ。

だからきっと、彼女がいれば――――。


そう思うこともある。でもそれはこの少女達の前では言うことは出来なかった。

 何故ならエセルリード公爵が、彼女の父親こそが、()()を殺したのだから。



「勿論帝国の敵ですから、天災の魔術師を討った貴方の父上はこの国の英雄です。でも、その裏で悲しんだものが居ることをあなた方は忘れてはなりません。近い将来、貴方達が治める世の中になった時に、彼らの事をただ悪と決めつけてはなりませんよ」



少なくとも魔術師は以前より幸せになったのだ。

そう思い、2人に告げる。

 

そうすると珍しくアデラインが声を上げた。

震える声で青い瞳は私を見つめる。



「先生、その人の……天災の名前は?」


「天災、地獄の女神、死の魔術師……二つ名はたくさんあります。彼女はシャーロット・ラヴィアンジュ。エルステラの優秀な領主でした」



その瞬間。

アデラインの瞳から、光が消えた。


「あ……っ」


喉の奥で、小さな、けれど絶望的な鳴咽が漏れる。

視界が歪み、白亜の教室が遠ざかる。

脳裏に濁流のように流れ込むのは、燃える夕焼け、心臓を貫く衝撃、そして──自分を「シャーロット」と呼ぶ、懐かしい誰かの声。

 

(シャーロット……。それが、わたしの……)

 

「アディー!?」

「お嬢様!!」

 

真っ青な顔をした少女は、そのまま糸の切れた人形のように倒れ込んだ。


それが、アデラインという「器」の中で、死んだはずの「天災」が目を覚ました、最初の瞬間だった。

 

それから三日間、彼女は目覚めることなく、夢の深淵を彷徨い続けることになる。

かつての記憶と、あまりに脆弱な新しい身体の狭間で。

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