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エピソード0:神の不在、あるいは狂信の始まり

その日、彼の世界から色彩が消えた。


 アルメリア帝国の英雄、エセルリード公爵の放った一弾が、魔術師たちの聖域の主――シャーロット・ラヴィアンジュの心臓を貫いた瞬間。


 戦場に立ち込めていた硝煙も、兵士たちの勝ち鬨も、すべてが遠い奈落の底へと吸い込まれていった。


「……ああ」


 崩れ落ちる彼女を抱きとめたのは、白銀の髪を持つ青年、ヴェリアル・クレミア・ルーファスだった。


 彼の腕の中で、桃色の髪をなびかせていた少女は、二度と開くことのない瞳を閉じている。


 つい先刻まで、春を告げる鳥のように、自分に「ベル」という名を呼びかけてくれていた唇は、いまや凍てつくほどに白い。


「シャーロット。 面白くない冗談はやめてくれ」


 ヴェリアルは、縋り付くように彼女の頬を撫でた。

 だが、温もりはない。

 彼にとって、シャーロット・ラヴィアンジュという存在は、天災でも、恋い慕う少女でもなかった。彼女はこの醜悪な世界における唯一の「正解」であり、彼が呼吸を許すための「理由」そのものだったのだ。


 ヴェリアルが顔を上げた。

 その紫水晶の瞳には、もはや人間らしい感情など微塵も残っていない。


 そこに宿っていたのは、神を殺された狂信者の、純粋で、絶対的な殺意。


 彼が指先を微かに動かした瞬間。

 世界が、絶叫に包まれた。

 魔術の詠唱も、魔法陣の展開も必要ない。

 彼の意志一つで、周囲の空間そのものが「拒絶」を開始した。


 押し寄せた帝国軍の兵士たちは、悲鳴を上げる暇もなく、不可視の圧力によって肉を断たれ、骨を砕かれ、文字通り「塵」へと変えられていく。


 逃げ惑う人々。だが、ヴェリアルの耳には届かない。


 彼は血の海の中で、ただ静かに、シャーロットの亡骸に口づけを落とした。


「待っていて。世界を綺麗にして、もう一度君に捧げるから」


 その日から、ヴェリアルの「革命」は、解放のための戦いから、世界への「復讐」へと変質した。


 彼は帝国の重要拠点を次々と焼き払い、関わった者たちを、一族郎党、名前すら残らぬほどに抹殺した。

 

 ある者は彼を「魔王」と呼び、ある者は「死の神」と呼び、畏怖した。

 けれど、彼が求めたのは畏怖ではない。

 

 彼が望んだのは、ただ一つ。

 いつか、彼女が目覚めることだけを信じて、誰にも何にも汚されない「完璧な世界」に作り替えること。


「君を殺したあの男も、君を追い詰めたこの帝国も。すべて、君の足元に跪かせてあげるよ。……シャーロット」


 白銀の髪を返り血で赤く染め、死体の山の上に君臨する少年。

 その瞳に宿る狂気は、十年の時を経て、やがて一人の「病弱な令嬢」へと向けられることになる。


 ――これは、狂った執着の物語。

 神を失った男が、神を呼び戻すために世界を焼き尽くす、始まりの記録。


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