第三章:オブシディアン地下迷宮(マザーサーバー)奪還編 第37話:空白の歴史と、時空を裂く銀髪のメイド
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▼ 前話(第36話)のあらすじ
サクラを救うため、自らを引き金にして十九回目の死に戻りを行ったカズ。しかし彼が辿り着いたのは、エリス達フィッツジェラルド家が日本に来なかった『空白の世界線』でした。一方、残された元の世界でカズの死を看取ったエリスは、彼を追うため禁忌の遺産「時空転送装置」を起動させます。
――そして今回の第37話。
歴史が変わり、仲間もいない孤独な世界で、たった一人で家族を救う覚悟を決めたカズ。その彼の前に、時空の理すらも物理的にブチ破って、あの「最強の相棒」が降臨します。
冷たい、一月の風が吹き抜けていた。
カズは、肺が凍りつくような冷気を吸い込みながら、ただ一人、そこに立ち尽くしていた。
一ノ瀬家の隣。かつて、あの壮麗なフィッツジェラルド家の屋敷が建っていたはずの場所。
エリスと初めて出会い、アリスと共に笑い合ったあの温かな記憶の揺り籠は、今や見渡す限りの「ただの空き地」と化していた。
錆びついたフェンスに囲まれ、冬枯れした雑草が風に揺れるだけの、殺風景で荒涼とした空間。誰かが暮らしていた痕跡すら、何十年も前から存在しない。
「……本当に、誰もいないのか」
カズの呟きは、虚しく冬空へと吸い込まれて消えた。
網膜に投影し続けているネットワークのコンタクトリスト。
何度リロードしても、エリスの、アリスの、そして親友であるアダムのIDは『未登録(存在しない)』と表示されたままだ。
マザーサーバーの深淵でカズが命を落とし、十九回目の死のループを越えて辿り着いたこの世界は、カズの知る歴史とは決定的に異なる『空白の世界線』だった。
仲間がいない。背中を預けられる戦友がいない。
そして何より――自分が命を懸けて護り抜くと誓い、共に温かい紅茶を飲むと約束した、あの銀髪の少女がいない。
「くそっ……俺が、エリスを置いてきてしまったのか……」
カズはギリッと奥歯を噛み締め、崩れ落ちそうになる両膝を必死に堪えた。
自分が死に戻り(タイムリープ)をすれば、過去のエリスに会えると思っていた。だが、因果律はカズの予想を遥かに超えて残酷だった。
絶望が、冷たい泥のようにカズの足元から這い上がってくる。
だが、カズの瞳から光が完全に消えることはなかった。彼の胸の奥底には、マザーサーバーで消えゆく姉・サクラが遺した最期の言葉が、呪いではなく「祈り」として深く刻み込まれていたからだ。
『……大好きよ、カズ。ミオをお願いね』
(……そうだ。ここで膝をついている暇はない。エリスたちがいないなら……俺一人でやるしかないんだ)
カズは深く深呼吸をし、己の魔力回路の深淵へと意識を沈めた。
ナノマシンや電子ネットワークではない。魂の奥底、彼自身の【アルファ】の光の源流へと直接アクセスし、そこへ語りかける。
「……シフティ。聞こえるか。出番だ」
数秒の静寂。
直後、カズの胸元から眩い黄金の粒子が吹き荒れ、冬の空き地を暖かな光で照らし出した。
『――ふん。ようやく我を呼ぶ気になったか、愚かな器よ』
尊大で、どこか呆れたような声と共に、黄金の精霊・シフティがふわりと空中に具現化した。彼女は光の粉を散らしながら、足元の荒れ果てた空き地を見下ろし、小さくため息をつく。
「シフティ……教えてくれ。この世界はどうなってる? エリス達はどこへ消えた? なぜ、アダムまで存在しないんだ?」
カズの悲痛な問いかけに、シフティは腕を組み、冷ややかな、しかし憐れむような瞳でカズを見つめ返した。
『カズ。お主は時の理を乱しすぎたのじゃ。十九回の何回目じゃ?いくら死と再生ができるからと言うても……極限まで肥大化したお主の魂の熱量が、ついに因果律の壁に致命的な亀裂を生じさせてしまったのじゃよ』
「因果律の、バグ……」
『そうじゃ。度重なる時空干渉の代償、いわゆるバタフライ・エフェクトじゃな。この十九回目の世界線では、過去の歴史が根本から書き換えられておる。……イアン・フィッツジェラルドは、数年前に日本への移住を取りやめた。故に、エリスやアリスはこの国には存在せぬ』
「……そんな。じゃあ、アダムは?」
『因果は巡るもの。フィッツジェラルド家という巨大な歯車が欠落したことで、スラムで生きるあやつの運命の軌道も大きく逸れたのじゃろう。少なくとも、お主と出会う運命には至らなかった、ということじゃ』
シフティの言葉は、氷のように冷たく、そして明確だった。
最初から、出会っていなかった。
共に死線を潜り抜けた記憶も、エリスが見せたあの不器用な涙も、アダムと交わした煙草と火薬の匂いがする悪態も。すべては、カズの脳内にだけ存在する『幻』となってしまったのだ。
「……そうか。分かった」
カズは俯き、腰のホルスターで静かに眠る黄金の銃『アルファ・レオン』の冷たいグリップを強く握りしめた。
「俺が、俺のエゴで時を巻き戻し続けた代償だっていうなら、受け入れるしかない。……シフティ、俺の家族はどうなってる? 現在の時間は、あの『1月の悲劇』が起きる数時間前のはずだ」
『……ふむ。サクラとミオの運命は、まだ白紙じゃ。今はまだ、ミオはあの暗い部屋で膝を抱えており、サクラも洗脳されてはおらん』
シフティが空間に魔力の波動を広げ、周囲の状況を探る。その表情が、僅かに険しさを増した。
『じゃが、安心はできんぞ。空間の魔力残滓から、おぞましい『気配』を検知した。……数時間後、サクラとミオに接触を図ろうとするオブシディアンの強襲部隊が、すでにこの区画へと接近しつつある』
「なんだって……!?」
『歴史が変わろうと、奴らのクローン計画の標的が「一ノ瀬家」であることは変わらんということじゃ。お主がこうして呆けている間にも、悲劇の足音は確実に迫っておるぞ』
その言葉を聞いた瞬間、カズの瞳に宿っていた絶望の残滓が、極寒の殺意と強烈な「覚悟」へと反転した。
「……上等だ」
カズは、空き地から背を向け、一ノ瀬家へと向かって歩き出した。
仲間がいないなら、俺一人でやる。
十九回の地獄で培ったすべての力と記憶を総動員して、俺がこの手で、姉さんとミオに迫るオブシディアンのバケモノどもを全滅させる。
「悲劇が起きる前に、俺が全部叩き潰す。……行くぞ、シフティ!」
カズがアルファ・レオンを抜き放ち、駆け出そうとした、その時だった。
――ピキィィィィィィィィィンッ!!!!
突如として、背後の空き地の上空で、ガラスを鋭利な刃物で引っ掻いたような、鼓膜を劈く異音が響き渡った。
「な、なんだ!?」
カズが反射的に身を翻す。
シフティの全身が、激しい警告を発するように眩く明滅を始めた。
『……カズ! 気をつけろ!! 駄目じゃ、計測不能な莫大な魔力エネルギーのうねりが……空間が、無理やり引き裂かれようとしておる!!』
「空間が引き裂かれる……? 敵の増援か!?」
カズがアルファ・レオンを構え、上空を睨みつける。
だが、そこで起きていた現象は、オブシディアンの転送ゲートなどという生易しいものではなかった。
何もない冬空の空間が、まるで物理的な鏡のように『パリンッ!』と音を立てて砕け散り始めたのだ。
ひび割れた空間の裂け目から、青白い紫電が狂ったように弾け飛び、周囲の空気をバチバチと焦がしていく。
『ば、馬鹿な……! これは、強引な次元干渉……いや、世界線そのものへの『侵入』じゃ!! 誰かが、この存在しない歴史の分厚い壁を、力技でブチ破ろうとしておる!!』
シフティが驚愕に目を見開く中。
空間の裂け目が、ついに耐えきれずに大きく崩壊した。
ズドォォォォォォンッ!!!!!
凄まじい衝撃波と共に、次元の裂け目から『眩い黄金の光』が滝のように溢れ出した。
そして、その光の奔流の中から、何かが真っ逆さまに落下してくる。
「くっ……!」
カズは腕で顔を庇いながら、落下地点を見据えた。
ズシィィィン!! と、空き地の中央に隕石が落ちたような重い音が響き、凄まじい土煙と粉塵が冬空に舞い上がる。
敵か。それとも、未来から送られた兵器か。
カズは極限の緊張状態で、土煙が晴れていくクレーターの中心へとアルファ・レオンの銃口を向けた。
やがて、風が土煙を攫い、そこに立つ『人影』の輪郭が露わになる。
「……あ、ぇ……?」
カズの銃口が、カタカタと震え、ゆっくりと下がっていった。
理解の範疇を超えた光景に、思考が完全に停止する。
クレーターの中心。そこにあったのは、異形のバケモノでも、冷酷な暗殺者でもなかった。
ボロボロに引き裂かれた、見慣れた黒と白のメイド服。
限界を超えた次元跳躍の代償か、彼女の右手に握られていた【光の聖剣】は、パキパキと音を立てて光の粒子となって砕け散っていくところだった。
身長165センチほどの華奢な身体が、フラフラと覚束ない足取りで立ち上がる。
美しい『銀髪』には煤がこびりつき、人間と同じ丸い耳の横で揺れる通信デバイスは完全に壊れてショートしていた。
「――っ、はぁ、はぁっ……」
荒い呼吸を繰り返しながら、彼女がゆっくりと顔を上げる。
煤で汚れ、傷だらけになった白磁の頬。
そしていつ見ても吸い込まれそうなくらい美しいサファイア色の瞳には乾ききっていない涙の跡が滲んでいた。
「……エリス……?」
カズの口から、信じられないというような、震える声が漏れた。
あり得ない。この世界には、彼女は存在しないはずだ。
なのに、彼女は次元の壁すらもその愛と執念で粉砕し、カズの目の前に立っている。
限界を超えた魔力行使で、立っているのもやっとのはずのエリスは、カズの姿をその青い瞳でハッキリと捉えた瞬間。
泣き笑いのような、酷く不器用で、けれど世界で一番美しい微笑みを浮かべた。
「……見つけ ました…先輩!!…」
エリスの唇が、掠れた声で紡ぐ。
「絶対に、私が……先輩を見つけ出すって……約束……しましたから……」
その言葉を最後に、エリスの身体から完全に力が抜け、ふらりと前方へと倒れ込んだ。
「エリスッ!!」
カズはアルファ・レオンを取り落とし、全速力で駆け寄った。
冷たい地面に彼女の身体が叩きつられた身体を、カズは両腕を伸ばし抱き起こす、そのボロボロになった小さな身体を、己の胸の中へと強く、強く抱きしめた。
「……馬鹿野郎……ッ! なんで、こんな無茶をした……!」
カズの目から、堪えきれない涙が溢れ出し、エリスの銀髪を濡らした。
「だって…こうでもしないと、先輩に会えませんから…」
腕の中に伝わる、確かな質量。微かな、けれど確かな心臓の鼓動。そして、硝煙と煤の匂いの奥に微かに残る、あのベルガモットの香り。
幻じゃない。本物のエリスが、俺の腕の中にいる。
「……えへへ……先輩の、温もりです……。私、ちゃんと……メイドの仕事、間に合い……ましたか……?」
カズの胸に顔を埋めたまま、エリスが弱々しい声で甘えるように呟く。
「あぁ……! 完璧だ。お前は本当に……世界一の、俺の誇れる最高のメイドだよ……ッ!」
カズは、震える声でそう告げると、彼女の身体がどこかへ消えてしまわないように、さらに強く抱きしめた。
孤独な空白の世界線。
たった一人で絶望に立ち向かおうとしていたカズの前に、時空の理すらもブチ破って、最強のメイドが舞い降りた。
十九回目の悲劇の夜は、まだ始まっていない。
だが、二人の絆が次元を越えて交わったこの瞬間。オブシディアンが描いた絶望のシナリオは、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
冷たい一月の風が、抱き合う二人の間を、優しく吹き抜けていった。
第三章 第38話へとつづく
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!作者のくろねこパパです。
皆様、いかがだったでしょうか?
カズが辿り着いた、仲間もエリスも存在しない孤独な『空白の世界線』。それでもたった一人で家族を救おうと決意したカズの前に、次元の壁を物理的にぶっ壊してエリスが降臨する……!
ボロボロになりながらも「見つけました」と不器用に微笑む彼女の姿が涙を誘います。二人の絆は、もうどんな運命にも引き裂かれません!
▼ 次回予告:第38話
最強の相棒を取り戻したカズ。そして時間は、あの忌まわしい『1月の悲劇』が起きる直前……!
オブシディアンの強襲部隊が迫る中、いよいよサクラとミオを救い出し、すべての因縁を断ち切るための反撃が始まります。
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