白竜王と雷鳴山
「雷鳴山に到着しました。落雷の範囲外ではありますが、ご注意をお願いします」
艇内放送を聞きつつ、自身の荷物を手に乗降口へと移動する。
開かれたそこからは雷鳴が入り込み、稲光が視界を白く染め上げるたびに体が震えだす。
私たちは、アイラル大陸を見守る聖獣、雷狐ハタヒコ様がおわす雷鳴山へとやって来ていた。
飛空艇から降り、雷鳴山を見上げながら軽く周囲の警戒をしていると、空からもう一機の飛空艇が下りてくる様子が。
あれは雪都政府専用飛空艇――つまりはリッカ様や政を行う人々、そのおそばに仕える方のみが使える機体。
世界が繋がってから三年しか経っていないのに、人員を配備し終えて空を飛べるようになっていることを考えると本当に驚き。
搭乗員の方々は、かなりの努力と苦労をされたんだろうなぁ。
「ふぅ……。仕方がないとはいえ、やはり揺れるのう……」
専用機の搭乗口が開かれると同時に、リッカ様がお疲れの様子でお姿を見せる。
飛空艇を操縦する人たちはみんな優秀な方たちなんだろうけど、経験が少ないというのが結構響いているみたいだね。
かと言って、異種族の方たちに操縦を任せるのも問題だろうし、少しずつ慣れていってもらうしかないかな。
「リッカ様、大丈夫ですか……? ご気分が優れないのでしたら、休憩なさられても……」
「いや、この程度ならば問題はない。日々の舞の鍛錬と比べれば、たいしたことでは無いのでな。これより雷避けの舞の準備をするから、少し待っていてくれ」
リッカ様はそう仰ると、彼女お付きの方と共に雷鳴山を登るための準備を始められた。
白竜王は祭祀の王様という側面もあるため、リッカ様は舞や演劇などの練習を常日頃から行っている。
中には激しい動きをするものもあるから、疲労はすごいんだろうなとは思っていたけど、想像以上に過酷みたいだね。
私も魔法剣士の訓練でへとへとになることはあるけど、もしかしたら私たち以上に大変なのかも。
「この山の上に、パパと同格の聖獣さん、ハタヒコさんがおられるのですね~。雷がずっと落ちてきていて、怖いです~……」
「ラタは空をあまり高く飛ばないようにな。雷は高いところに落ちやすいと聞く。雷とは相性が良い大地の聖獣と言えど、落雷を食らってはひとたまりもないだろうからな」
イデイアちゃんからの注意を受け、ラタちゃんは体を震わせながら私の方に移動してきた。
持っているカバンの口を広げてあげると、彼女はその中に体を突っ込み、頭だけを出す形で落ち着きだす。
この可愛らしい姿を見ていると、聖獣であること、ドラゴンであることを忘れちゃいそう。
そういえば、テペス君も体が小さかった時は、お兄ちゃんのカバンの中に入って移動してたっけ。
いまでは立派な姿になっているけど、頭と前足だけを出した状態で周囲の観察をしている姿、可愛かったなぁ。
「なんですか? レイカさん。ボクの顔を見つめながらニヤニヤしたりして」
「ふふ、ちょっと昔のことを思い出しちゃっただけだよ。それより、そろそろ準備が終わるみたいだね」
雷鳴山へと登るための唯一の登山道の前には、数々の楽器とそれを手にする人々、そして二対の扇を手に意識を高めているリッカ様のお姿が。
私たちの間から会話が消え、周囲に響くは雷が空気を切る音だけ。
雷が落ち、大地が裂かれる爆音が轟くと同時に、彼女の舞が始まった。
雷の聖獣に捧げるだけあり、その舞の動きは大きく力強いもの。
されどその一挙手一投足は繊細であり、舞に詳しくない私も感動を覚えてしまう。
右に左に動き回り、しゃがみ跳ねては回転し、動きを止めたかと思うと目にも止まらぬ速度で扇を振るう。
それが三度、五度、十度と続き、十五となった時、ついに舞は終わりを迎える。
リッカ様は静かに大地に膝をつくと深々と頭を下げ、それに合わせて楽器を奏でていた方々も頭を下げた。
不思議と私たちの頭も下がっていく中、ひときわ大きな落雷が大地に降り注ぐ。
それっきり空を覆う黒雲は雷を吐き出さなくなり、周囲を流れる風の音が耳に入るようになるのだった。
「……ふぅ。これで、落雷避けの舞は終了じゃ。皆が奏でる楽器の音は、わらわの心を大きく昂らせてくれた。移動で疲れている中、ご苦労じゃったな」
リッカ様が皆を労う声を発すると同時に、緊張していた空気が一気に柔和する。
これで雷鳴山を登れる――けど、その前に彼女に感謝を伝えなくちゃね。
「お疲れ様でございます――と言って良いのかは分かりませんが……。雷を止めていただき、感謝申し上げます」
「良い、良い。出発する前にも言ったが、わらわもハタヒコ様と会合をする理由があったのじゃからの。二度手間をしなくて良いと考えれば、気楽なもんじゃ!」
疲れた様子も見せず、リッカ様は大きく口を開けて笑い出す。
確かに、雷避けの舞を演じられるのは彼女だけだから、違う時に私たちが来ていれば二度手間になっていたはず。
とはいえ、雷鳴山に住まうハタヒコ様も他の聖獣同様、人を愛してくれるお方だから、会いに来てくれる機会が減ったと考えると寂しがるんじゃないかな。
「そうかもしれんの。じゃが、雷が落ちなくなったとはいえ、アイラル大陸最高峰の山を、モンスターの攻撃を退けながら登るのは大変なのじゃぞ? ハタヒコ様との会合は大切じゃが、そう何度も何度も登りたくはないのう」
「モンスターを退けながら……? この山に、モンスターはいないんじゃ?」
「む? ああ、そうか。前回お主らが登頂した時は、雷が降り注ぐ中を無理矢理進んだのじゃったな。そなたの言う通り、雷が落ちている時にはモンスターがおらん。しかし、雷が止んでいる時は、山に存在する膨大な魔力を喰らおうとモンスターが現れるのじゃ」
リッカ様の説明を聞き、私たちは皆一様に納得する。
天気が荒天の日、私たち人が屋外に出ることを嫌がるように、モンスターたちも自分の住処でじっとしているのは当然のこと。
荒れた天気がある程度回復したのを見計らい、お買い物やお仕事をしに行くように、モンスターたちも食料を探し始める。
雷の魔力を大量に宿す雷鳴山ならば、それを好むエレメント系のモンスターが発生しそうだね。
「大変なのは、むしろこれからということじゃな。我が兵たちに負けず劣らずの活躍を期待しておるぞ?」
「「「はい! 分かりました!」」」
嘘のように静まり返った雷鳴山を見上げながら、登山と戦いの準備を始める。
山のあちこちで稲光のようなものが発生しているのを確認した私たちは、気を引き締めながら登山を始めるのだった。




