2話 衝撃
私の婚約者ジョナサンが約束も無しで突然来たのは、私に会いに来たのではなく。恐らく最初から私の留守を狙って、浮気相手のアリアーヌに会うために来たのだ。
近くで私が見ているとは気付かない婚約者のジョナサンは、私の目の前で躊躇なく妹のアリアーヌを抱きしめた。
今まで私としていた挨拶程度のハグとは違い、いかにも恋人同士がする情熱的なモノだった。
私は不意打ちでガツンッと殴られたかのような衝撃を、心に受けた。
(今まで私はジョナサンに浮気をされていたの? ……それも妹のアリアーヌと⁉)
――二人の慣れた様子からして、私の目が届かない場所でこうして抱き合うのは初めてのことでは無さそうだ。
心臓がドクッ、ドクッ、と胸の中で痛いほど拍動している。あまりのことでグラグラと目眩までする。
「僕はこんなに君を愛しているのに!」
「そんなこと言わないで! ジュリーお姉様は、あなたの婚約者なのよ?」
アリアーヌは悲し気に、華奢な白い手でジョナサンの頬に触れる。
まるで、ありきたりな言葉を並べたつまらない演劇を見ているようだ。
(婚約者の私でさえ男性のジョナサンの顔に、気安く触れたことが無いのに!)
……淑女の礼儀作法に縛られているせいもあるけれど。何よりジョナサン自身が私に馴れ馴れしく、触れられるのを嫌がりそうだから。
今まで私は適切な距離を保ち、婚約者でもそういうことをしたことが無かった。
「だけど、アリアーヌ……僕がジュリーと結婚すれば、僕たちは義理の兄妹となって、セイフォード男爵家で暮らさなくてはいけないんだぞ?」
「わかっているわ。……でも!」
我がセイフォード男爵家は男子に恵まれなかった。そこで母方の従兄にあたるファゼリー伯爵の次男ジョナサンと、長女の私が結婚して婿養子として迎え入れ。二人で男爵家を継ぐことになっている。
──もっと正確に言うと……女性は直系でも王国法で爵位を相続出来ないから。爵位を相続できる男性のジョナサンを迎え入れ、私が男爵領の運営を出来るように、子供の頃からお父様に厳しく教育されて来た。
それなのに。
「僕は耐えられないよ! ジュリーを愛すことなんて出来ないよ! それに彼女も僕を愛していないし……」
「ああ、ジョナサン……いけないわ!」
私より一歳年下のアリアーヌと婚約者のジョナサンは抱き合い。私の目の前で、二人は熱烈にキスをした。
思わず私はハッ! と呑んだ。
「……っ」
(いったい何をしているの? 私を裏切り浮気をしたうえに、キスをするなんて信じられない! なんて汚いことをしているの⁉ ジョナサン! アリアーヌ――ッ!)
私の中で二人への嫌悪感が激しくあふれ出し爆発する。ほとんど無意識でキスをする二人から少しでも離れたくて、私は後ろに下がろうとした。
「……きゃっ!」
頭がパニックになりかけていたせいで、上手く動かない足がもつれた。無情にも私は体勢を崩してその場でドスンッ! と尻もちをついてしまう。
「……は⁉」
「……あっ!」
私の叫び声に気づいたジョナサンとアリアーヌが、パッ! と抱き合っていた身体を離して、二人一緒に振り向いた。
「お姉様っ!」
「ジュリー!」
「……ぅ」
(もう、嫌っ! こんな時に私ったら……なんてドジでマヌケなの?)
無様に地面へ座り込み情けない姿をさらした私は、私を見つめる二人と目が合い。サッと視線をそらし、急いでドレスのお尻から土を払いながら立つ。
羞恥心で顔がカッと熱かった。
「お、お姉様……っ!」
「ちょうど良い。僕たちの話を盗み聞きしていたのなら、分かるだろう、ジュリー?」
「盗み聞きしただなんて……!」
(婚約者だから……私に会いに来たと思って、急いで来たのに!)
酷い屈辱感に襲われた。
「お姉様……私っ……」
自分たちのキスを私に見られたと知り。妹のアリアーヌはひどく動揺し、涙を浮かべて謝ろうとするが。ジョナサンはアリアーヌを背中で守るように立つと。
図々しく開き直り、私に婚約解消を迫って来た。
「悪いがジュリー、僕は君と結婚できない!」
「……っ!」
(何て人なの⁉ 何て自分勝手な……っ!)
まさか、婚約者の浮気を知った直後に婚約解消を言い捨てられるとは思わなかった。
ジョナサンは幼馴染だから、子供の頃からの付き合いがあり。婚約者の前に友人でもあった。
――それなのに浮気という最悪の裏切りをして、私をたった今深く傷つけたばかりなのに。
そんな私を気づかう素振りも見せずに、自分たちの都合でさらに私を傷つけようとしている。
衝撃があまりにも強く、私の頭の中は真っ白になった。普段の私なら気の強さが前面に出て、嫌味の一つでも言い返していたはずなのに。あまりの衝撃で返す言葉が出て来ない。
「ああっ! お願い、お姉様、私を許してぇ――っ!」
「……嫌っ! 放して、アリアーヌ! 私に触らないで!!」
(こんな裏切りをしておいて、許せるはずないでしょ⁉ バカにしないで!)
「お姉様――!」
子供のように泣きじゃくり、しがみつくアリアーヌの手を乱暴に振り解き。私は屋敷の中に走って戻り、自分の部屋の扉に鍵をかけて閉じ籠った。
(泣きたいのは私の方なのに、なぜアリアーヌが無くの⁉ なぜ私が許さなければいけないの⁉)
私の部屋の扉をドンッドンッと叩き、アリアーヌは泣き叫んでいたが無視した。
泣いて懇願するぐらいなら、最初から裏切らなければ良かったのに。やりたい放題しておいて謝って済ませようとする、自分勝手な妹に腹が立った。
(今は顔も見たくないわ!)
妹のアリアーヌは身体が弱く、甘やかされて育ったから子供っぽいところがある。だから私は昔から妹に振り回されても、最後には泣いて謝る妹がかわいそうになり許していた。
でも今回は、簡単に許せそうにない。結婚も婚約も子供のお遊びでは無いのだ。こんな風に裏切られてメチャクチャにされたのだから。
私だって甘い顔は出来ない。
――私が自分の部屋に籠っていいる間。一部始終を見ていた使用人に後から聞いた話だけど。
私に拒絶されたアリアーヌはパニックに陥り、半狂乱で泣いたり叫んだりと大騒ぎをしたらしい。それをジョナサンが付きっきりで慰めていたとか。
『許して、ジュリーお姉様ぁ――っ!』
『落ち着くんだアリアーヌ! どうせジュリーは僕を愛していないし。僕は彼女と婚約解消をするつもりだった!』
アリアーヌを抱きしめ、ジョナサンは熱心に慰め頬にキスをする。
『まぁ……ア、アリアーヌお嬢様⁉』
アリアーヌとジョナサンのただならぬ様子を見ていた、男爵家の使用人たちは、すぐに二人が親密な関係であること気づいた。
たくさんの使用人たちにそんな姿を見られた二人は、自分たちが恋人同士であることを、今までのように隠すことが出来なくなった。
アリアーヌはともかく。どちらにしてもジョナサンは私に婚約解消を迫った時から、二人の関係を隠すつもりは無かったのだ。




