1話 結婚目前
セイフォード男爵家の長女として生まれた私……ジュリーは、自分の結婚が三ヶ月後に迫り。
領地運営の仕事と並行して結婚式の準備にも追われ、忙しい毎日を過ごしていた。
今日も早朝から領民から訴えがあった問題を一つ解決したあと。
婚姻の儀式を行う神官様と打ち合わせの時間に間に合わせるため、昼食をあきらめて絞り出した時間を使い、大急ぎでお母様と一緒に神殿へ向かった。
幼い頃からお世話になっている、老齢の女性神官が私の顔を見るなり眉をひそめる。
「まぁ……ジュリー嬢、顔色が悪いですね。体調がお悪いのですか?」
「……え?」
「無理をしているのでは、ありませんか? 結婚前からダメですよ。身体は大切にしなければ」
思わず私は顔色が悪いと言われて、淑女らしくなくこんがりと日焼けをした、自分のそばかすが散る頬に触れた。
昨夜は結婚式の招待客リストを見ていて、夜更かしをしてしまったから。
(きっと……神官様に寝不足で出来た、目の下の隈を見つかってしまったのね)
悪戯を見つかった子どものように。たぶん、私の空色の瞳は気まずそうに揺れているだろう。顔にかかる赤みが強い金色の髪を、頭の側面に撫でつけながら苦笑した。
そんな私の代わりに、隣に立つお母様が神官様に答えた。
「お気づかいありがとうございます、神官様。きっと夜明け前からジュリーは、領地民同士のケンカを仲裁していたせいですわ」
「あら、それは大変でしたね!」
「そうなのです、神官様。……でも体調は少しも悪くありません」
(お腹が空いているだけなのです)
領地民の仲裁に出たのが早朝だったから、朝食も食べそこねてしまったせい。……それに神殿へ来る前、約束の時間に遅れそうだったから。昼食も食べずに来たのが悪かった。
寝不足だけでなくお腹がペコペコに減っているのがいけない。頭がフラフラする。
「……それでケンカは解決しましたか?」
「ええ、何とか無事に。お父様の手を借りること無く、お二人は和解して下さりました」
「本当にジュリー嬢は敏腕だこと」
褒め言葉を口にする神官様に、私は首を横に振って否定した。
「いいえ、私の能力というよりも……子供の頃から私を娘のように可愛がって下さった方たちですから。私の顔を潰したくないと、怒りを収めて下さったのです」
昔から教育に厳しいお父様の代わりに、領民たちはいつも私を可愛がってくれた。だからついつい私も彼らに甘えてしまうことがある。
そんな幼い頃からの恩に報いたくて、領民たちの間で問題が起きたら、すぐに駆け付けるようにしている。
「なるほど、そうでしたか」
神官様は満足そうにニッコリと笑い、その話にはそれ以上触れなかった。そんな神官様の顔を見ていると、恥かしくて私の顔が熱くなる。
神官様も領民たちと同じく、お父様に厳しく扱われる私をこっそり可愛がってくれた人だった。
子供の頃からお父様と一緒に、領地を馬で駆けまわっている私のことを、周囲の人たちは過大評価する傾向にある。
だから褒められると、まだまだ力不足だと自覚のある私は恥ずかしくなるのだ。
神官様と結婚式当日の婚姻の儀式に関する打ち合わせを終えて、お母様と共に男爵邸に帰宅すると。
まだ帰って来たばかりで、外出用の上着と婦人用の帽子を付けたままの私に、使用人から婚約者のファゼリー伯爵家の次男、ジョナサンが来ていると伝えられた。
「ジュリーお嬢様、一時間ほど前にジョナサン卿がお見えになり、お庭でお待ちになっていらっしゃいます」
「……ジョナサンが? 今日は会う約束はしていなかったはずだけど」
(どうしたのかしら? 嫌だわ、こんなに忙しい時に!)
朝から何も食べずに我慢して働いていたから。帰ったらすぐに午後のお茶とスコーンを用意させて、空腹を満たすつもりだったのに。
スコーンに苺ジャムとクロテッドクリームをたっぷりのせて、お茶と一緒に楽しむつもりだった。……婚約者のジョナサンが来たのなら、お茶とスコーンはおあずけだ。
(いけない。ほんの少し思い浮かべただけで、ヨダレが垂れて来そう!)
ヨダレだけでなく私のお腹がグゥゥゥ~~と鳴って、抗議するから。『ヨシヨシ、もう少しだけ辛抱よ』と自分のお腹を撫でて空腹をなだめる。
「本当にジョナサンは何の用かしら?」
(昔からだけど、間の悪い人だこと)
楽しみにしていたスコーンが遠のき、ハァ──……と落胆のため息を吐きながら、私は上着とボンネットを脱いで使用人に渡した。
私から上着とボンネットを受け取ると、使用人はニコニコと微笑んだ。
「ジュリーお嬢様、アリアーヌお嬢様がジョナサン卿のお相手をされていますから。そんなに急がなくても良いと思いますよ」
「アリアーヌが?」
「はい」
「そう。それなら良かったわ。ありがとう」
ジョナサンは短気な性格で気に入らないことがあると、すぐに子供っぽくイライラして婚約者の私に当たり散らす。
そうやって一度、気分を害したジョナサンの相手をするのはすごく面倒臭い。……だから、彼の相手をしてくれた妹のアリアーヌには感謝をしないと。
ペコペコにお腹を空かせた状態の私では、機嫌の悪いジョナサンを相手にしたら。ジョナサンと一緒になって、短気を起こしてしまいそうだから。
自室へ着替えに戻る時間が惜しくて、外出着のまま玄関ホールから真っ直ぐ裏口へ向かった。
そこから外へ出てジョナサンが待つ庭園に行く。
つるバラが巻きつき咲き乱れる柵の奥から、私の婚約者ジョナサンと妹アリアーヌの話し声が聞こえて来る。
真っ赤な大輪のバラの前で話す、ジョナサンとアリアーヌを見つけたが。
「……?」
思わず私はハッと息を呑み、ピタリと足を止めた。婚約者と妹の間にただならぬ空気を感じる。
妹のアリアーヌは大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼし、私の婚約者ジョナサンの腕の中から顔を上げた。
「ああ…! このままジュリーと結婚なんてできない」
「ジョナサン」
「やっぱりダメだよアリアーヌ!」
「お願い、それ以上言わないで……」
話し声が私の耳に届くほど、近くに立っているのに。自分たちの世界に入り込んで抱き合う二人は、少しも私の存在に気付かない。
「……っ」
(二人はなぜ抱き合っているの? それに何の話をしているの⁉ 私と結婚できないですって⁉ ジョナサンは今さら、何を言っているの! それとも私の聞き間違い?)
ドクッ……ドクッ……と私の心臓が、胸の中で激しく暴れだした。
2024年に書いた小説です。今回もしっかり加筆修正しながら、アップして行きます。
描き直す余裕が無いので、表紙絵は古いままですが(-_-;) ……いろいろ恥ずかしい!
良い暇つぶしになれば幸いです!




