第七話 怪物狩り放題な一日(3/9) 狩場入り
整備が一切されていない野原をキャンピングカーでひた走る。悪路なのにほぼ揺れが無いのは、さすがはヴァラデア謹製といえる。
退屈な移動時間中、妹をじゃらしながらカレン姉弟と雑談していると、車が急に停まったのを感じる。
「着きましたよー」
車内スピーカーからエクセラが呼びかけてくると、扉が自動で開かれる。今日の遊び場に着いたようだ。
さっそく車から降りて、前足で柔らかい土と落ち葉を踏みしめた。
昨日まで雨が降っていたためか地面は湿っているが、ぬかるんではいないので不快さはない。
雨上がり特有の湿った草々の匂いをはらむ空気が鼻腔をくすぐる。なかなかの心地よさだ。
果て無く晴れ渡った快適な空の下、長距離運転で凝り固まった気がする体を軽い伸びでほぐしてから、本日狩りを行うことになる地をざっと眺めてみる。
「やっと着いたか。うーん、変な気配がいっぱいあるなー」
ここは国境付近にある山のすそだ。
首都から遠く離れたド田舎なので開発はまったく進んでおらず、山の頂上あたりに錆びた鉄塔が一本ある以外は、青々とした山地ばかりが連なっている。
見るからに鹿や猪といった獲物がたくさん生息していそうな土地である。それなのに、残念ながらここにはそういった普通の獣はあまり棲んでいないらしい。
では、代わりになにがいるのかというと、人間に危害を加える“害獣”がたくさん棲みついているのだとか。
車の背後には、ヴァラデアの体高くらいの高さの鉄条網が延々と張り巡らされていて、自然の山には似つかわしくない物騒な雰囲気を漂わせていた。
「へぇー、もうそんなことがわかるの? さっすがドラゴン、生まれついてのハンターは一味違うねえ! 頼りにしてるよー」
「狩りは初めてなんだけどね……」
続いて攻めの誉め言葉とともに、車からカレンが降りてきた。
頑丈かつ動きやすそうな厚手の上下にスパイクブーツや皮手袋で身を包み、腰には狩猟用の光線銃と大型の狩猟用ナイフを差している。動きやすさと安全性を重視したハンターの正装である。
そんな狩装束に身を包むカレンに手を引かれて、ほぼ同じ格好をした弟のリュートくんが、おずおずと辺りの様子をうかがいつつ地に降り立った。
「なんで害獣狩りなんかしなきゃ……。僕は鹿を狩るとかガイドをやるとかの、普通のハンターになれればいいのに……」
リュートは、むくれてぶつぶつとぼやきながら、姉のものよりも大きくて高そうな銃をいじり回している。
彼がウジウジとへそを曲げている理由は、今回の狩りの内容にある。狩る対象がただの獣ではなく、人間をよく襲うというとても危険な“害獣”だったからだ。
今日の獲物についての詳細を初めて知らされたのは、行きの車内でだった。 不意打ちもいいところだっただろう。
そしてそれは、こちらとしてもあまり好ましくないことだった。
「だめだよー、もっと向上心を持たなきゃ。害獣を狩れる技術が身につけば、第一種のハンター免許にも手が届くよ? いい機会なんだし、ここでたっぷり練習しようよ」
「私も害獣狩りじゃなくて、普通の狩りのほうが良かったんだけどね」
カレンの諫めるような声に合わせてぽつりとつぶやいてみると、ちょっと意外そうな顔をしてこちらのほうへ振り向いてくる。
「なんで? 狩り過ぎを気にせずに暴れることができるんだよ? こっちのほうが楽しんでもらえると思ったんだけどなー」
「確かにたくさん狩れるかもしれないけどさ。でもね、害獣って食えたものじゃないって聞くよ? わたしはおいしい物も食べたいんだよ」
狩猟にはいろいろな規則があって、そのうちのひとつに“狩りすぎてはいけない”というものがある。生態系を壊すことを防ぐために、一日のうちに仕留めていい獲物の数に制限をつけているのだ。
それゆえに、普通は長く狩りを続けることはできないのだが、例外として“害獣”と呼ばれる特定の危険生物は無制限に狩ることができる。
なぜかというと、繁殖力が異常なために狩り尽くすことが事実上不可能だからとか、人間に危害を加えるから雑に駆除しても問題ないとかなんとか。
規則を気にせずたっぷり楽しんでもらうために、カレンは本日の害獣狩りを計画したのだろう。
なるほど、確かにドラゴンをもてなすのにうってつけの企画かもしれない。ドラゴンが本能的に持っている狩猟欲求を存分に満たすことができるはずだ。
だが、害獣は食用に向かない。臭い・固い・苦いと三拍子そろった残念な肉質であるらしいので、いくら狩っても美味しい体験は期待できない。
シルギット的“楽しい狩り”というのは、たくさん運動して、たくさん狩って、最後に新鮮なお肉をたくさん食べて大満足する、ということである。最後のお肉タイムが望めない時点で、今回の狩りの魅力は半減してしまうのだ。
そんな思いをわかってくれていない様子のカレンは、納得いかなそうに首をひねりながら腕を組む。
「え? ドラゴンはなんでもおいしく食べれるって聞くけど?」
「いや、食べものは選ぶって。不味いものはドラゴンでも不味いって。その辺りの感性は、私たちドラゴンときみら人間とでは大差ないはずだよ」
確かにドラゴンはなんだって食べることができるが、好みくらいは普通にある。味覚の発達具合は人間以上なのだから、不味いものをあえて食べようとは思わない。
もっとも、妹のほうはわからないが。あの子は肉が大好きなので、害獣の肉でもおいしく頂いてしまうかもしれない。
いや、さすがにそれはあの子に失礼か。ドラゴンはそこらのケダモノとは違うのだ。
「そうだったんだぁ。ごめん、勉強不足だった。期待外れだね……」
「いや、気にしないで。狩りは狩りだしさ、今日はスポーツとして楽しもう」
「うんね。まあ、鹿とかなら居ないわけでもないから、見かけたら仕留めよっか!」
カレンは小声で『正直居ないと思うけど』と付け加える。やはり期待はあまりできそうになかった。
話している間にエクセラがキャンピングカーの運転席から降り立って、その隣にチンタラついて来ていたヴァラデアが、光の翼を羽ばたかせながらさっそうと着陸する。
これで全員そろったかと思いかけたところで、妹がいないことに気づいた。
周囲を見ても妹の姿はない。車の中にまだいるのかと思って車内を覗いてみても誰も居ない。
少し集中して周辺の気配を探ってみると、やや離れたところにドラゴンの気配を感じる。そこでスキップしながらルンルンと入山しようとする妹のうしろ姿を見つけた。知らぬ間に車から降りていたようだった。
妹は尻尾をふりふりしながら振り向くと、幼い鳴き声とともに呼んできた。
「獲物たくさんいるよー! ねー、早く来いー! ねー、早くー! 来いー! うーっ、もう行く!」
さっそく殺る気満々のようである。着いたばかりなのに気の早いことだ。
かわいさ余ってヤバさ千五百倍くらい。くりっとした愛らしいお目々が野獣的欲望でぎらついているという強烈なギャップはどうにかならないものか。
「急かさないでよ! 戻って来ーい! まずはお母さんたちが今日やることの説明をするから!」
お母さんのことを口に出すと、今しがたの直線進行ぶりはどこへやら、素早く戻ってきてすぐ隣に座ると、背筋をピンと伸ばし気をつけをした。実に聞き分けの良い子である。
「え? 説明とかは行く前にもうしただろう? ……まあいい、再確認しようか」
話を振られることを予想していなかったようで面食らうヴァラデアだったが、仕方ないといった感じで本日のスケジュールについての説明を始めてくれた。
「午前中は正午のご飯の時間までずっと狩りをする。正午になったら私が迎えに行くから待っているんだよ。
午後になったら狩りを再開する。おやつの時間になったらまた私が迎えに行くよ。おやつを食べたら狩りは終わり、家に帰るよ。
私たちはここでおまえたちを見守っているけど、困ったことがあったらすぐに私を呼びなさい。もしくは、エクセラの端末に連絡を入れるように。わかったね?」
異論はないと子ども全員でうなずく。
「狩りの後片付けは全部私がやろう。細かい規則は気にせず好きに遊びなさい。私の名のもとにすべてを許す。なにか質問は?」
「あ、ちょっといいかな」
さっと前足をあげて頭に浮かんだ疑問を述べる。
「結局“害獣”についてなにも説明してもらってないんだけど、ここにはどういうのがいるの?」
ここに来る前はもちろん、今になっても『害獣狩りをする』ということ以外は何も教えられていなかった。なにを狩るのかわからないのは困る。
「はっ、下等な獣なんてどうでもいいだろう。どんなのが相手だろうと、私たちの圧倒的な力でねじ伏せてやればいいんだよ」
だがヴァラデアは、危機感皆無のご様子で答えてくれた。
「……ええと、気をつけないといけないことは無いの?」
「あるわけないだろ。いくらでも湧いて出てくる最底辺の塵あくたごときが、おまえたちに傷をつけることなんて無限大に一もありはしないんだから。おかしなことを気にするなぁ、おまえはー」
なにをわかりきったことを、といった風におどけた仕草で笑うこの母親。いい加減なことこの上ないが、彼女がそう言うならいいのだろう。
確かに、どんなのが相手でも怪我することはないという予感はある。身の丈ほどもある倒木のこん棒で後頭部をぶっ叩かれても、脳震盪すら起こさなかった頑丈さは伊達ではないのだ。妹とやってきたケンカごっこのおかげで体の性能はよくわかる。
「そんなことを気にするくらいなら、カレンちゃんとリュートくんの心配でもしておくほうが建設的だぞ。人間は脆弱だから、クズどもに小突かれるだけでも死にかねないからな。
いや待てよ、この程度で命を落とすようでは私の娘たちの相手など務まらないから、やっぱり気にしなくても……」
「いや、助けてあげましょうよ。一人は初心者なんですよ?」
エクセラによる責めの流し目からの冷静な一刺しを受けて、ヴァラデアはちょっとつまらなそうに鼻を鳴らす。
「まあ、エクセラが言うなら仕方ない。今日は特別に危なくなったら助けてあげよう。感謝しなさい」
天の彼方から見下すかのように尊大な態度のヴァラデアに対して、カレンたちは不満の色を見せることなく、素直に『お願いします』と言って頭を下げる。
確かに心配するべきなのは、事故の可能性がある人間たちだ。もしものことが起きないように気を配っておくかな、と思うことにした。
「もう質問はないな? さあ、説明は終わりだ。こんな話なんか聞いていないで、早く狩りを楽しみに行きなさい」
ヴァラデアは、これ以上の話をするつもりはないようで、姉妹の背中を森の入口に向けて強く押してきた。
せっかくの楽しい楽しい狩りの時間、じっとしてないでさっさと遊びに行けと言いたいのだ。
「じゃあ、ヴァラデア様はこっちに来てください。休みを潰してくれたんですからね、私の用事を手伝ってもらいますよ」
「ふっ、この私が手伝わないと思ったか」
エクセラが手首のブレスレット型端末を手にとって、なんらかの画像を表示してからヴァラデアを手招きする。ヴァラデアは、長い尻尾を楽しそうに振りながらエクセラの側に寄って行った。
大人たちは大人たちでなにかやることがあるようなので、そっとしておく。
仲良く作業中の大人たちに背を向けて、皆で森へと向けて歩き出す。
ついに狩りの時間が始まる。
獲物を引き裂くことを渇望する爪が、温かな生き血に餓える牙が、普段抑圧している獣としての自分が、歓喜に打ち震えているのを確かに感じる。
破壊と殺戮と蹂躙こそがドラゴンとしての本懐なのだと、途方もない解放感が心をたかぶらせて、歓喜のうなり声をあげてしまう。
と、悦楽に身を委ねたままにすると、また理性を振り切って暴走しかねない。今回はカレンたちが同行しているのだから、彼女らの安全のためにも本能が命ずるままにすべてを解放するわけにはいかないのだ。
調子に乗ってまた我を忘れないように気を付けよ、と自らに強く命じて、獲物が潜む森へと足を踏み入れた。




