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第七話 怪物狩り放題な一日(1/9) 再会と出会い

 ヴァラデアの縄張りがある地域は温暖な気候下にあるが、内陸部に位置しているので少々乾燥気味だ。

 一年を通じての雨量が少なめで、暖気の熱い時期以外は数週間雨が降らないことがざらにあるという。

 うるおいに欠けがちな土地柄なので、加湿機が売れ筋商品なのだとか。


 だが、それでも降るときは降る。


 今日は妹といっしょに、ヴァラデアご自慢の庭園巡りをする予定だったが、雨が降ってきたので中止になってしまった。

 いや、中止に“させられた”というほうが正しいか。ヴァラデアが雨の中出歩くことを嫌がって、外出を許してくれなかったのだ。


 いわく、『こういう日は雨雲の上の遊覧飛行をするべき。憂うつな雲の下で出歩くなんて間違ってる』とのことだ。

 じゃあそうしようと言ってみれば、ものすごく嫌そうな顔をして『やりたかったことは庭の散歩で遊覧飛行じゃない。だからやらない』ときた。

 変なところで融通の利かないお母さんである。


 そんなわけで今日は外出を諦めて、代わりに子ドラゴン専用のプレイルームを使うことになった。


 プレイルームには、様々な遊具が部屋いっぱいに組み立てられている。太く巻き上げた柔らかな枝で構成されたジャグルジム、よく磨かれた樫の滑り台、つる草と丸太の長いブランコ等々。

 縦横無尽に張り巡らされた幾何学的アスレチックには、軽く目まいを覚えさせられそうだ。

 部品の全てに天然素材が使われているようで、見た目も空気も自然森の一角と化している。部屋中に満たされた濃密な木々の匂いが、獲物にあふれる深山を散策しているような気分にさせてくれた。


 そんな無駄に豪勢な造りの部屋で、妹とともに遊ぶ。



  第七話 怪物狩り放題な一日



「キャオーー!」


 妹がつる草のブランコで大回転してすっ飛び、天井や壁に叩き付けられるのを繰り返すという前衛的な遊びをしている。名付けて“反復何処(どこ)跳び”といったところか。どの辺がおもしろいのかが謎だが、とりあえず楽しそうなので良しとする。


 妹が遊ぶのを横目にしながら、ジャングルジムに張られた固めのネットの上で読書する。

 本のタイトルは“世界危険生物図鑑”という、小中学辺りで読まれたりする有名らしい教育省指定図書である。世界中の危険な動物についての解説が動画付きで載っているので、なかなか楽しめる一冊となっている。


 その中で特に目を引くのが、毎度おなじみドラゴンと、あちらこちらに潜んでいるらしい生物のグループについての解説だ。


 まずドラゴンについては、最上級の力を持つとされる個体についての説明がある。

 “戦争狂”アドナエスさん、あらゆる物体をプラズマ化させて城郭都市を丸ごと蒸発させたという。

 “生命喰らい”セランレーデさん、生命力を無差別に奪い尽くして一国をまとめて衰弱死させたという。

 “空を裂くもの”エシネイさん、都市の中心に大嵐を巻き起こしてひとつの文明を洗い流したという。

 “誓約の護り手”お母さん、月よりでかい隕石を光のブレス一発で消し飛ばして世界を救ったという。

 その他諸々、戦慄のエピソードがてんこ盛りである。


 こんな世界を滅ぼせそうなバケモノどもが同じ空気を吸っている中で、人間たちはよく繁栄できているものだ。読めば読むほど勝てる気がしない。

 自分もバケモノと同類だけど、そう思わざるを得ない。


 ただ、人間側も知恵をしぼればドラゴンの神秘を技術で再現できたりするらしいので、力の差は絶望的というほどではないかもしれない。そうでもなければとっくに淘汰されていただろう。

 なんだかんだで人間の力も凄まじいのだ。ヴァラデアがうらやんで欲しがる程度には。だからこそ今の繁栄がある。


 次にドラゴン以外の危険な生き物について。

 身の丈が子どもほどの人間もどきや、犬のできそこないのような二足歩行の獣や、猪を五倍に巨大化して直立させた奇怪生物など、豊富な種類がいる。

 そいつらの生息地は、薄暗いほら穴や廃屋、見通しの悪い森林地帯などだ。人畜を襲ううえに繁殖力が凄まじいため、頻繁に駆除が行われているという。そいつらの処理を行う専門の職業もあるようだ。

 ヴァラデアもときどき大規模な駆除に協力したりするらしいので、いつかはいっしょに実物を拝みに行く日がやってくるだろう。


 とても穏やかな気分で本をゆるやかにめくっていると、あまり覚えのない気配が二つ、プレイルームのほうに近寄ってきているのを感じ取る。

 ドラゴンの屋敷に勤める人はほぼ決まっているために気配は一通り覚えているので、知った人かどうかは顔を合わせずとも大体わかる。外から来たお客さんだろうか。

 本を読みつつ部屋の出入り口を横目でチラチラ見ていると、果たして扉が開かれて、訪問者がその姿を現した。


 現れたのは、屋敷のお手伝いさん用作業着に身を包んだ、よく似た顔立ちの少年少女だ。二人の背丈は同程度。男の方が気弱そうで幼い感じがする顔なので、姉と弟か。

 二人とも特に道具は持っていない。掃除をしに来たとかではなさそうだ。


 いったいなにをしに来たのかなー、と思いながら本を読んでいると、姉の方がいきなりこちらへ駆け出した。

 強靭な足腰のバネによる野性的跳躍。丸太に手をかけてさらに飛び上がって、空中で五回転を決めつつ同じネットに降り立ってくると、流麗な動きとともに土下座した。


 由緒正しい運動系劇団の舞か、古流武術の演武か。

 これに感動できるほど酔狂ではない。


「どーも、シルギットさん! 私はカレンと言います! このたびは弟がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたー!」

「は? いや、うん、えーとその……。ね? ほら、なんの話ですか? ははは」


 オールバックの赤毛を崩すほどに荒々しく乱して、もはや頭突きの勢いで頭を振り回してくる。一つ頭を振るごとに、(うた)うように謝罪の言葉を繰りだしてきた。


 謎の先制攻撃をくらって、思わず本を取り落としてしまう。相手の異様な勢いに圧倒されたためか、つい尻尾を丸めて防御姿勢をとってしまった。格下の生き物相手に不覚である。


「あのー、謝られる覚え無いんですけど、どこかでお会いしましたっけ?」

「許してください! 許してくれる? 許してくれるよね! うん! 許してくれた!」

「ちょっと、ちょっと」

「良しッ! さすが偉大なドラゴンさん、心が広い! 私知ってたよ、ドラゴンの心が空よりも広くて海よりも深みがあるって!」

「聞いてんのかよテメエ」


 頭を下げたまま矢継ぎ早に放たれる謝罪攻撃に呆れ果て、つい乱暴な口調で突っ込みを入れてしまう。それでも彼女はこちらの話をまったく聞いていないようだ。


 本当に心当たりがない。でも、相手の勘違いという線はまず無いだろう。“人”違いはともかく、“ドラゴン”違いをするなどあり得ない。同種族は自分を含めて三頭しかいないのだから。

 いったい何について謝られているのかがわからない。身に覚えがなさすぎる不明の状況に肌が粟立つ。


「ちょ、思いっきり引いてるじゃんかー。なにやってんの、落ち着けよー」


 姉に遅れて弟のほうも、とても常識的な言葉を口に出しつつ、若々しい野生の猿を思わせる軽快な動きでジャングルジムをよじ昇ってくる。


 弟はボサボサ気味の頭で肌がやや荒れているために少々老けて見えるが、顔立ち自体は中学の新入生くらいを思わせる幼さを強く残したものだ。こちらは近くで見てみると、どこかで見たことがある顔であることに気づく。

 乗員の増加により揺れを増してゆくネットの上に腰を落ち着けて、どこで見た顔なのかを思い出そうとしてみるが、空気を読まない姉が割り込んできた。


「その首輪はブランド品? いやいや、特注品? うんわー、きれいな青色だー、こんな色初めて見たよ! 体の色にもぴったりだし、すんごい似合ってるねー! 私とかハンターの勉強ばっかりやっててオシャレとかしてこなかったから、同い年の子とよく比べられてねぇー。いいなー、そういうセンスをもってるのは羨ましいなぁー!」

「テンションたけーなぁーこいつ。で、そっちのきみは誰? どこかで会ったね」


 即行でうんざりして溜め息を一つこぼす。瞬間湯沸かし機にかけられて急速沸騰中の姉は無視して、常温でいる弟のほうに話を振る。

 ちょっとイラついた気持ちのまま視線を向けると、情けない顔をしている少年はびくりと体を震わせるが、すぐに背筋を正して真っ直ぐに見つめ返してきた。


 迷いのない澄み切った赤黄色の瞳、一瞬見せた恐れる様子はもう見えない。


「えと、この前に僕がヴァラデアさんの狩場に勝手に入っちゃったときにきみらと会ったんだ。いっしょに焼肉パーティーしたのは覚えてる? あのときに一度会ったんだけど」

「ああー、そんなこともあったね」


 そこまで言われてようやく思い出す。

 この少年とは以前、“狩場”と呼ばれるヴァラデアの私有地・兼・自然公園で遭遇したのだった。そこで別れて以来の仲だったのだが、まさか会いにやってくるとは思いもしなかった。


「で、なにか謝るようなことしたっけ? きみら」

「したよ。せっかくの家族旅行を邪魔しちゃったこと、謝ってなかったでしょ? だからちゃんと謝りにきたんだ。でないと無礼討ちで殺されるってカレンが言ってた」


 と言って、隣でまだなにかさえずっている変人な姉を、ぴっと親指で指さす。

 さすがに心外である。その程度のことで他人を殺してしまうほど狭量なつもりはない。親と妹はわからないが。


「殺さないよっ! 失礼な言い草でしょソレ!」


 あんまりな言い草につい声を荒げると、弟は小柄な身をさらに縮こませて、居心地悪そうに肩をすぼめていた。

 少年の弱々しい濡れ子犬みたいな姿を見ていると、なんだかちょっとかわいそうになってきたので、すぐさま言い直す。


「心遣いは嬉しいけどさ、別にわざわざ謝りに来るようなことじゃないと思うよ。とっくに終わった話でしょ。というかどーでもいいことだからすっかり忘れ」

「だーめだめだめ、そういうわけにはいきませんッ! これは“けじめ”、人として尽くさないとならない最低限の礼儀なんですよ! ね!」


 姉の攻撃。髪の毛から足先までを余すことなく駆使して、無理やりアピールを挟み込んでくる。


「ちょっと、あんた……」

「いくら温厚で慈悲深いドラゴンさんが相手でも、やらかしたことの落とし前はつけなきゃあならないのが世の常で」

「うるせえよ!」

「ウワーオ! なんという勇ましい吠え声なんだろ! まだ小さいのにこの迫力なんてすごい! 怖い! ドラゴンってすべての生き物の頂点に立つっていうけど、もう声からして格が違うんだねえー! これで大人になったらどーなんのかしらッ!?」


 いい加減うっとうしいので一発地声で吠えて脅してみても、わずかすらも怯みやがらない。それどころかノータイムで褒めちぎりを再開だ。

 なんかだんだんと殺したくなってきて、牙や爪がうずいてくる。


「ちょっとーやめなよカレン。ほら、見てよあのすっごい嫌そうな顔。この子に褒め殺しは通じないって」


 いい感じに呆れ顔をしている弟が、姉の肩をがしっと掴んで止めにかかる。

 姉は首を超高速で回して振り返る。力がこもりすぎていて異様な動きである。少しは落ち着いてほしいところだ。


「あのねえ、ちゃんと勉強したでしょ? ドラゴン相手はね、押しが肝心なの! アピールしまくって印象に残すの! そう、覚えのめでたい奴が成功を獲れるんだよ!」

「頭がおめでたいって思われるだけだろそれ! ほら、うわぁ……すっごいかわいそうなものを見るような目してるよあの子!」

「それだけ私に注目してるってことだよ! これで数百年間覚えてもらえるよ! やったね!」

「忘れたい思い出としてね!」


 弟が必死の形相で説得しても、姉は一歩すら引き下がる気配を見せない。

 ここまで我が道を征ってくれると、逆に畏敬の念を抱いてしまう。なにを言っても勝てる気がしない。もう好きにしろというほかない。


 よって“この女は無視”との結論に至り、話が通じそうな弟くんの方と自己紹介をし合うことにした。とりあえずこちらから声をかけて、強引に話の流れを変えてみる。


「えーと、きみきみ、きみの名前はなんていうの? 私はシルギットだよ」

「あっと、そうだ、言ってなかったや。えと、僕はリュートっていいます。ここでお世話になってます。で、こっちはカレンで僕の姉さんだよ」

「どうも、よろしくね」


 笑顔での会釈をしあったあと、相変わらずブランコですっ飛びまくっている妹に目をやる。すでに百回以上やってるけど、よく飽きないものである。


「向こうで遊んでるのは私の妹だよ。まだ名前はわかってないんだけどね、へたにあだ名をつけたりするとあの子に怒られるから気を付けてね」

「うん、その話はちゃんと聞いてるからだいじょうぶ。気を付けるよ、まだ死にたくないし」

「その一言は余計でしょ……」


 と、普通のやり取りを交わす横で、姉のカレンが側で所在なさげにウロウロしているのが見える。

 会話の主導権を奪われたためか、妙な目つきで様子をうかがい続けているが、口を開くことはない。静かなのはいいことである。

 見た感じまだ興奮しているようなので、落ち着くまではそうして黙っていてほしいところだ。


「ところでさ、きみ、なんでうちのとこのお手伝いさんの恰好してるの?」

「ん? これ?」


 ぱっと思いついたことをリュートに問いてみると、彼は自らの青い作業着を指先でつまんでみせる。

 以前に迷惑をかけたと思い込んでることについて謝るためにやって来たのはわかったけど、屋敷の関係者の制服を着込んでいることの意図が不明のままなのだ。


「もちろん、昨日からここで働くことになったからだけど。ここでお世話になるって言ったよね」

「いや、だからなんで。きみはどう見ても働ける歳じゃな」

「それはですね! 私た」

「あーあー、僕がヴァラデアさんに引き取られることになったから、ここに引っ越してきたんだ。ご飯とか出してくれる代わりに、ここで手伝いの仕事をすることになってね。それで、『きみらの世話をしなさい』って言われてるんだよ」


 リュートがぱっと右手を挙げて姉の熱烈トークを華麗にさえぎってくれる。この若さにして見事な気の利かせよう、本当によくできた弟さんだとほめてやりたくなる。


「引き取られた? そういえばきみ、前会ったときは親がどうのこうのって言ってたっけ。じゃあ親御さんは……いや、いいか」


 そこまで言いかけたところで、彼が家庭にいろいろと問題を抱えていて、ヴァラデアに無理やり解決してもらうことになったという経緯を思い出して止める。ちょっと触れてはいけない話題だった。


 では、どんな話題を振るべきか。

 話したさそうにうずうずしている挙動不審のカレンを視線でけん制しながら次の話を考えていると、ふと急速に迫りくる“何か”の気配を捉えた。


 足元の本を素早く拾って、一歩だけ後ろに下がる。

 三拍ほど遅れて、姉弟(きょうだい)が見事にシンクロした動きで後ろに跳んで、ネットのふちの丸太部分に立つ。


 数瞬のち、ブランコ遊びをしていた砲丸が降ってきた。

 硬めのネットを大きく揺らしながら一度跳ね、二度跳ね、次の跳ねが来ることなく揺れが収まる。

 人間の姉弟がネット上に戻ろうと足を動かし始めたところで、妹は仰向けのまま呼びかけてきた。


「なにしてるのー。遊ぼうー遊ぼうー」

「この人たちと話をしてるんだよ、あとでね」

「えーー」


 おねだりをやんわりと断ると、妹はまん丸な青い目をとても不機嫌そうに細める。そんなお目々を不機嫌の原因たる人間の姉弟に向けて、低い唸り声をあげる。『失せろ、殺すぞ』とでも言いたそうな、強い敵意に満ちた眼差しである。

 そんな妹の冷たい態度にめげることなく、攻める機会をうかがっていたカレンがついに始動した。


「おおおおー! きみが妹さんだね! さすが双子さん、そっくりですごいなぁー! 違うところは……この首輪だね。うんわー、なにこれ! きれいな赤色だー、こんな色初めて見たよ! とっても似合ってるねー! でも、その空色の体もすらっとしててステキ! それなのに引き締まってて、とっても力強そうで、それにそれに!」


 四つん這いの不気味な動きで妹のもとに這い寄って、どこかで聞いたことがある内容の誉め言葉を展開する。襲撃を受けた妹はぴくりと尻尾を揺らしただけで、体勢を変えずにカレンを見つめ続ける。

 妹も怒涛の勢いで押し寄せる言葉の濁流に巻き込まれてびっくりしているのかと思ったら、なんか知らんが嬉しそうにえへえへ笑っていた。というか、『もっと褒めろ』とか抜かして話の続きを催促している。

 カレンもそれに応えてさらなる称賛を行うという、謎の儀式ともいえるやり取りが続いた。


 妹の気持ちが理解できない。軽薄な称賛などが心に響くものか。そんなものはただ寒々しく気味悪いだけだ。


「なんであんなんで喜べるんだ、あの子は……」

「あ~あれだ。ドラゴンに気に入られたいときはとにかく褒めちぎろう。そうすれば喜んでくれる……らしいよ」


 知らずにこぼした疑問に答えるのは、すぐ隣に腰を下ろしてきたリュートくんだ。

 なんとも妙な論法を聞いて、意味が解らず反射的に聞き返す。


「は? なにそれ?」

「きみらドラゴンは褒められると、どんな内容でも喜ぶ習性があるんだって。だからあいつはああしてるんだよ」

「なにその頭カラッポなの」


 初耳なうえに突っ込みどころの多い情報を食わされて、ちょっとだけ頭がついてこなかった。

 爪先でこめかみを突っついて精神を統一することで、がたつきかけていた頭の血の巡りを整える。


「えーと、ええ……ね? あの、私たちってそういうものなの? 全然ピンとこないんだけど」

「うん。ドラゴンとの付き合い方についての本があってね、それに載ってたんだ」

「そんな本があるんだ」


 彼は乱れているが意外とつやのある赤毛を控えめに揺らして、きまり悪そうに笑いながら事情を説明してくれた。

 確かにまあ、ドラゴンと人間は長く関りあってきているから、そういった本があってもおかしくはないのだろう。


「でも本当なのかな? 確かにあの子は喜んでるみたいだけどさ」


 けれども、いまいち信用できない話だ。妹は知らないけど、この姉は褒められたらすぐ喜ぶような単純脳ミソではない。というか、『あなたはこういう習性の生き物です』と決めつけられるのも、なんだか見下されているようで気に喰わない。

 著者はどんな礼儀知らずな輩なのだろうか、そのご尊顔を一度拝んでやってみたいものである。


「その本を書いたのきみのお母さんだから、たぶん本当」

「ちょっ」


 リュートは胸ポケットから板状の真新しい端末を取り出すと、件の本とやらの画像を見せてくれた。


 『ドラゴン分析本』というタイトルのその本は、確かに著者がヴァラデアだった。その表紙頁にも、なんか暗いところにいるヴァラデアが大げさに手振りをしながら、スポットライトの下でそれっぽく語っている雰囲気の写真が載っている。

 大した自己分析ぶりである。そんな本を自分で書いてて疑問に思わなかったのだろうか。


 きっと思わないのだろう。それがヴァラデアというドラゴンだ、その精神構造は一般論で語れるものではない。


「あーうん。あのカレンって人が私を褒めちぎってきたのも、この本を読んだからかな?」

「半分くらいはそうかも」

「半分かい」


 一心不乱に褒め言葉を並べ立て続けるカレンを見て、それを飽きずに聞き続ける妹を見て、それからリュートに目線を合わせると、彼は肩をすくめながら弱々しくほほ笑む。

 『なんというか、お互い大変だね』。そう思いながら笑ってみると、彼も同じように苦笑いを浮かべる。変な姉や危ない妹を持つ身として、どこか心が通じ合った気がする瞬間だった。


「そういえばきみ、まだ赤ちゃんなんだよね……?」

「やかまし」


 それを言うんじゃないと尻尾で軽く引っぱたく。子どもらしくなりきれないところは気にしているのだ。


 それからは彼と二人で、カレンと妹が満足するまでの暇つぶしとして、ドラゴン分析本を読んでいた。

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