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番外編5 ソフィア

 世界から音が消えた。


 目の前で崩れ落ちるクロフォードがスローモーションで見えた。


 クロフォードが地面に倒れるのと同時に、ソフィアの顔に生暖かい血飛沫がかかる。

 クロフォードがこちらを見て何か言っている。


……泣かないで

 

 音は聞こえないのに、はっきり聴こえた。

 胃の底から、頭のてっぺんまで震えが走ったのを感じた。





「……フィア、ソフィア!!」


 レオナルドが腕を掴んでソフィアをクロフォードから引きはがす。

 すかさず、ほかの騎士がクロフォードの止血に入った。


「泣いている場合か! 一気に片を付けるぞ!」


 そう言われて初めて、自分が涙を流しているのに気が付いた。クロフォードに縋り付いて泣くとは。

 ……自分の気持ちはコントロールしていたはずだったのに。



 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 ソフィアは幼い頃から活発で、普通の令嬢なら叱られそうなこともたくさんした。父や母は、末娘であるソフィアを叱ることはなく、


「ソフィアは、筋がいいな。動きに無駄がない」


 と笑うばかりだった。


 ソフィアの家は一代限りの准男爵や騎士爵を多く叙勲してきた家で、決して高位の貴族ではなかったが、代々優秀な騎士を輩出する家として名高く、王族直属の騎士も数多い。

 家は年の離れた長兄が継ぐことが早々に決まっていたので、ソフィアは騎士として身を立てるべく、幼い頃から訓練に励んだ。男兄弟に囲まれて育ったこともあり、自身を女だと意識することはあまりなかったし、結婚して家に入るということも考えたことがなかった。王宮勤めの騎士なら引退しても教官になったり、騎士団の事務方になったりで働き続けることができるし、王都に住まいも支給されるので、食うに困ることは無い。親族でも多くの者がそうやって生活していた。


 15で騎士団に入団してからは、めきめきと頭角を現し、17の時には王太子付を拝命した。


 王太子の婚約者に合わせて、歳若い女性である自分が選ばれたことはわかっていた。女であることを利用したと口さがないことを言ってくる者もいたが、近しい仲間たちは皆、祝福してくれた。


 しばらくして王太子の婚約者と共に紹介されたのが、婚約者の兄クロフォードだった。

 初めて会った時、自分のことを綺麗だと言ってくれたクロフォードは12歳とは思えない大人びた雰囲気で、5つも年上のソフィアはあまりの美しさに気圧された。なぜかクロフォードはソフィアが気に入ったようで、それ以降、ソフィアに会うと満面の笑みで話しかけられた。


「やあ、今日も綺麗だね、ソフィア」

「今日はソフィアに会えるなんていい日だな」


 これまで女性扱いをあまりされてこなかったソフィアは、クロフォードの言動に戸惑った。

 12、3の子どもの言うことだ、と自分に言い聞かせてもクロフォードは年より大人びて見えたし、顔が赤くなるのを止められなかった。


 しかし、ソフィアは聞いてしまっていた。


 あれは、いつのことだったか、レオナルドとクロフォードはまだ少年の色合いを濃く残した顔を突き合わせて、王宮の庭の一角でこそこそと話をしていた。年頃の二人には聞かれたくない話もあるのだろうと騎士たちも遠巻きに警護していたのだが、文官がやってきて、王太子に火急の用件があると言う。


「楽しそうだが仕方ないな」


 上官の命でソフィアは王太子たちに近づいた。

 2人は小突き合いながらふざけているようだ。


「……ただのリップサービスだよ」


 クロフォードが言った。


「当たり前だ。本気だったら殴る。でもそれで勘違いする女性もいるだろう」


 レオナルドが窘めていた。


 ソフィアはガンと頭を殴られた気がした。

 自重しているつもりだった。

 しかし気付けば、会うたびに自分を女性として扱ってくれるクロフォードに何かを期待していたらしい。

 

 ーー馬鹿だな。

 

 年齢も爵位も外見も何もかも釣り合わないというのに。

 相手は礼儀として甘い言葉を囁いていただけだったのだ。


 グッと歯を食いしばって何でもない顔を作った。


「殿下、火急の要件との伝言が」


 2人がパッと振り返る。

 ソフィアはどうしてもクロフォードの顔が見られなかったーー。


 それからは、クロフォードが何を言ってきても受け流すことにした。

 よく見れば、クロフォードが「リップサービス」をするのは自分にだけではなかった。


「夫人、今日も素敵なドレスですね」

「今日の髪飾りは流行の一品ですね」

 

 社交界に出るようになってからクロフォードが、様々な女性に言っているのを聞いた。

 

 ーー馬鹿だな。


 クロフォードに会うたび、心が浮き立ちそうになるたび、ソフィアは繰り返しそう自分を諌めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 クロフォードを斬られてキレたレオナルドは強かった。もともと護衛を必要としない実力だ。精鋭の騎士と共にあっという間に侯爵邸を制圧した。


 ソフィアは全く役に立てなかったが、誰も何も言わなかった。

 

 ソラーレ侯爵が違法な媚薬を製造していることは王太子レオナルドによって白日の下にさらされた。しかし、侯爵の処遇を決定づけたのは、クロフォードに怪我を負わせたことだった。筆頭公爵家の嫡男で、将来の王の義兄を害したのだ。侯爵は現在拘束され、王の采配を待っているところだが、良くて流罪、最悪死罪も免れないだろう。



 ソラーレ邸での激戦から2週間、クロフォードがベッドの上で体を起こせるようになったとの連絡を受けて、ソフィアは公爵邸を訪れた。

 レオナルドには事前に見舞いに行くことを知らせたが、そうか、と言っただけで特に反応はなかった。


 公爵邸に着くと、妹のグローリアが自ら出迎え、クロフォードの部屋まで案内してくれた。


「ソフィア様、兄の事、どうかよろしくお願いいたします。ソフィア様は、もし万が一、兄が公爵でなくても変わりませんわよね」

 

 縋るように言われる。グローリアの見た悪夢のことはソフィアも知っている。ただ、レオナルドが裏で動いたことは、ソフィアには言っていないので、今回の侯爵家の件が、レオナルドや自身に関係することだとは思っていないようだ。

 残念ながらクロフォードとソフィアはグローリアが思っているような仲ではないのだが、ソフィアは安心させるようにグローリアの手を握った。


「グローリア様、ソフィアは、クロフォード様もグローリア様も尊敬しています。これからもずっと仲良くしてくださいね」


 グローリアは安心したように笑うと、レオナルド様にくれぐれも邪魔をしないように言われているのでと言って、去って行った。


 レオナルド様に? とソフィアは不思議に思いながらも、クロフォードの部屋をノックした。

 

「どうぞ」


 と声がしたので、自らドアを開ける。

 部屋には、ベッドに半身を起こしたクロフォードがいて、やあと笑った。

 ゆっくり休ませようとの配慮なのか、部屋にお茶の用意はされているもののクロフォード1人だけだった。


「悪いけど、もう少し近くに来てくれる?」


 そう言って、クロフォードはベッド脇の椅子を指さした。

 ソフィアは、黙って指示された椅子に座る。


 聞きたいことはたくさんあった。

 この2週間ずっと考えていた。何であんな無謀なことをしたのか。あの場面でも自分の実力なら無傷とは言わなくても致命傷は負わなかった。クロフォードならそんなことお見通のはずだ。

 あんな危ない真似をして。


 期待しそうになる気持ちを何度も打ち消した。

 ーーあれはとっさに体が出てしまっただけ。深い意味はない。


 聞こうとして聞けなくて俯いてしまう。


 その様子を見て、クロフォードはため息のように笑った。


「ーーあんたがいなければ生きてる意味はない」


 その言葉にハッとして顔を上げる。

 いつも涼しい顔のクロフォードが何故だか泣いているように見えた。こんな砕けた口調で話すクロフォードも見たことがなかった。


「俺はあんたを守った。負い目があるから俺の求婚を断れないはずだ。汚い手でも何でも使うよ。これでもこっちは必死なんだ」


「な……んで……?」


「なんで?それ聞く?」


「ただのリップサービスだと……」


「……は?」


 ソフィアは混乱した。

 クロフォードは心底訳がわからないという顔をしている。


「昔、庭園で殿下とそういう話をして……」


「あー」


 ぎこちなくソフィアが頷くとクロフォードは、呆れたように笑った。


「今でも言われるんだよな」


 ソフィアに振り向いて欲しいなら他の女性に甘い言葉を囁くな。レオナルドにもグローリアにもそう言われた。2人のアドバイスは的確だったようだ。


「俺は初めて会った時からずっとソフィアに夢中だ」


 クロフォードは混乱極まるソフィアの手を握る。


「とにかく、公爵家から正式にソフィアの家に求婚の連絡が行くから」


「えっ…?」


「大丈夫。絶対幸せにする」


 クロフォードはソフィアの目をまっすぐに見て力強く頷く。ソフィアは目が離せなかった。いつも自分に笑いかけてくれた貴公子。自分がどんなにそっけない態度を取ったか考えると、恥ずかしくて堪らない。全て自分が傷つかないように逃げていたのだ。

 覚悟を決めたソフィアは、震えながら頷いた。

 クロフォードは、ソフィアが見たことのない晴れやかな笑顔を見せた。


 身体に障るからと部屋を辞して帰路につく。玄関付近でグローリアが待ち構えていた。どうやらここでずっと待っていたらしい。


 ソフィアの顔を見るとぱあと顔を輝かせて駆け寄ってくる。

 何があったかは、顔を見ただけで察したらしい。 


「私、知っていましたもの。お兄様はソフィア姉様と結ばれなければ、ずっと1人ですわ。お兄様に取って必要なのはソフィア姉様だけなのですわ」


 本当に嬉しそうなグローリアにソフィアは笑みを浮かべた。クロフォードが必要としているのはグローリアも同じだ。グローリアが不幸になれば、クロフォードは自分だけが幸せになることを良しとしないだろう。


 だからこそ、ここまで戦ったのだ。

 


 ソフィアは、公爵邸を辞した。


 吹いてきた風に誘われるようにして空を見上げた。久しぶりに見た空は、どこまでも高く、雲ひとつない晴天だった。

これで番外編も終了です。

お読みいただきありがとうございました。


いつか、未来編とか書けたらいいなと思っていますが、しばらく違う作品を書こうと思っています。

ちょっと長めの作品に挑戦しています。公開まで少しお時間頂きますが、よかったらぜひ読みに来てください。


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― 新着の感想 ―
[一言] パズルのピースのように一つずつのエピソードが「ハッピーエンド」となっていくのが微笑ましく、肩に力を入れずに「よかったねー」と読むことのできる貴重な作品、気分爽快に楽しく拝読しました。
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