24・白馬の王子ならぬ、灰舟の王子
「あれかな?」
「ま、だろうね。護衛なんぞ引き連れてる馬車なんてそうそういるもんじゃない。金のある奴か偉そうな奴か、そのどちらかさ、アハハハ」
「……徒歩の護衛だけではありませんね。騎兵もいます」
「あー、いるいる。なら偉い人のほうだ。馬車の主はまず間違いなくファルティニア姫とみていいんじゃないかな。違ってたら……グレイン橋までさっさと行って、そこでのんびり本命を待てばいいさ」
「異議ありません」
「あたしも~」
意見が一致した。
なので、様子見のため遅くしていた流水の速度を戻し、石舟をさっさと向かわせる。
陸を走る舟なんてものがいきなり来たら絶対に警戒されるだろうけど……大丈夫だよね?
まさか初手から矢を射かけてきたりはしないよね?
まずは大声で警告だよね?
こちらに構えてる人いるけどまだ射つ気ないよね?
怖いし、一応、水の速度を気持ち遅めにしとこうかな。射たれても聖女と魔女が何とかしてくれると信じよう。
「止まれ! そこの、その……灰色の、舟らしきもの! こちらに近づくな!」
「おかしな真似をしたらすぐさま矢の的になると思え! これは警告だ! 最初で最後の!」
護衛の人たちが動揺しながら声を張り上げる。
後方からよくわからないものが来たので、かなり警戒しているみたいだ。
わかるよその気持ち。
何をしでかすかわからない相手を気軽に近寄らせたくないよね。
二十メートルくらいの距離で水を止め、石舟を動かなくして、
「二人とも待ってて。僕だけ行くから」
「大丈夫かぁ?」
「私たちもついていったほうが……」
「いや、一人のほうがいいよ」
まあ子供三人くらい普通ならそこまで警戒しないとは思うけど、ここまで来た方法が普通じゃないからね。あちらの方々のピリピリした雰囲気をできるだけ刺激したくないんだ。
だから一人で行く。
「パトラさんいますかー?」
十メートルくらいにまで近づいた時、そう、声をかけてみた。
「…………」
無言のまま何も言わず、軽装の美人さんが前に出てきた。
見覚えのある女性。
パトラさんだ。
茶髪のショートに、ツリ目気味の容姿。
皇女のお付き役として現れたときは非武装だったけど、今は背中に一振りの剣をしょっていた。剣の使い手なんだね。
「どーも、お久しぶり」
距離が五メートルを切ったくらいで足を止め、話しかける。
あえて詳しい自己紹介はしない。
代わりに素顔をさらした。
顔や反応からして、どうもパトラさんは僕が第六王子だと気づいている。声でわかったんだろうね。なら名乗ることもない。
「やはり、まぎれもない本人…………しかし、だとしたらなぜこのような振る舞いを? まさか……見送りに来られたのですか?」
困惑。
困ったという顔をしてる。
何が起きているのかはわかるけど、それを上手く呑み込めずに悩んでいる様子だ。
引きこもってた汚水王子が、なぜか街道上を舟で追いかけてきた──って、誰でも困惑するよね。別にこの人に限ったことじゃない。
パトラさんの態度で何かを察したのか。
他の護衛さんたちが、僕に向けていた武器の構えを解いた。
「いや違うよ。ただ、王都からの帰り道で襲われるとあっては、黙っていられなくなってね」
「襲われる……帰り道で? それはつまり、姫さまが危険だと、そう言いたいのでしょうか」
すぐ理解してくれた。
話が早くていいね。
「うん」
その話を聞いていた他の護衛さんたちの間に、緊迫した空気が流れる。
「どうも、そこの馬車にいる皇女さまを暗殺して、王国と帝国の関係を最悪なものにしたいみたいだよ。そっちのタカ派さんたちは開戦がお望みなようだから」
「一部の過激派が暴走でもしましたか」
「そうなんだろうけど、ところがそれは表向きの理由だったりするんだ。裏があるのさ」
「裏……」
「そう、裏」
パトラさんは、しばし考えると、
「つまり、姫さまの命を奪うことそのものが目的──とでも?」
「鋭い読みだね。その通り。人気も実力も兼ね備えてる蒼炎皇女を、守りの手薄なこの機会に消してしまいたい──それが真の目的っぽいね」
「…………継承争い、ですね」
ぼそりとパトラさんが言った。
言いたくなさげに。
なぜ言いたくないのか。
もしかすると、今回を皮切りに骨肉の争いが始まることになるかもしれない……そんな殺伐として血生臭いことを考えたくもなかったから──そんなとこかな。
でも、そうなるのは避けられないだろうと思う。
僕も一応王子だから人のこと言えないけど、誰からも好かれてない第六と誰からも好かれてる第三では、周囲からの期待度は雲泥だからね。気楽なものだよ。
「これ以上人望が集まる前に潰しておきたくなったんじゃないかな」
「誰の差し金かはともかく、残酷な真似をしてくれますね。身内か、あるいは知人から命を狙われるなど、姫さまが知ればどれだけ心を痛めるか……」
「その辺のケアも気を付けるべきだけどさ、今回を凌がれても黒幕は懲りずに別の手を打ってくるだろうし、これからはくれぐれも用心したほうがいいよ」
「わかりました。重ね重ねの忠告、まことに感謝いたします。それと──もしよろしければ、ひとつお聞かせ願いたいのですが」
「何かな?」
「どうして、それを今更? ただ伝えるだけならば、我々が出発する前にいくらでも機会はあったはずではありませんか? なにも、あのような珍しい魔術を使ってまで追いかけてこなくてもよかったのでは……」
「それはね、まあ、こちらにも都合があってさ。教えようとしたら、教えちゃいけないことまで伝えないといけないというか、なんというか……あまり触れないでほしいな」
「承知しました」
僕がそう言うと、パトラさんは納得して深々と頭を下げてくれた。
護衛の立場で、他国の王族に込み入った事情まで根掘り葉掘り聞くわけにはいかないと、そう判断したようだね。ちゃんとしてる。
「とにかくそういうことだから、グレイン橋の手前くらいで襲ってくるみたいだから気をつけてね。王都に来る途中に大きな橋あったでしょ? あれだよあれ」
「その……暗殺者どもは、何人ほどいるのでしょうか?」
「そこまではわからないな。でも、四人以上はいるはずだよ」
あの建物内でないしょ話していたのは三人。そいつらは、他にも仲間がいるような口振りだった。
なら他の仲間が最低でも一人はいるはず。
だから、三人プラス最低一人で、四人は確実にいることになる。
「大人数という感じではないね」
「なるほど。むやみに頭数を増やすのではなく、少数の手練れだけを集めたのかもしれませんね」
「下手に増やしても皇女さまに焼かれるだけだしね。あるいは僕の水の餌食になるか」
「え?」
「ん? いや、どうしたのその反応。僕が水の魔術使うの知ってるよね?」
僕とファルティニア姫の勝負で審判役してたんだから、知らないわけないのに。
だいたいさっきも見たばかりじゃん、石舟を進ませる流水の魔術。
「いえ、お帰りにならないのですか? まさかとは思いますが……姫さまを守られると?」
「そのつもりだよ」
ここまで来ておいて、伝えるだけ伝えたからハイさよならというのも締まらないもんね。
結末は見届けておきたいし、この人たちが皇女さまを守りきれなかったらせっかくの忠告も無駄骨に終わってしまう。面倒臭いことは嫌いだけどやったことが徒労に終わるのはもっと嫌なんで。
それに聖女ちゃんと魔女さんも乗り気だ。
「ですが、あなたの身に何かがあれば……」
「そこは問題ないよ。むしろ、そうなったほうが喜ばれるんじゃないかな」
汚水王子が王都の外で死んだ。
帝国の皇女もろとも、盗賊に襲われて。
そんなことになろうものなら、王家の血を引く厄介者が消えてくれたと誰もがほくそ笑むんじゃないかな。
なんで第三皇女と僕が一緒にいたのかわからないとは思うけど、そのあたりは、頭の回る人たちが適当に理由をこねくってそれっぽい結論を導き出すだろうね。
「僕は僕で仲間がいるし、好きにやるからさ、そっちは皇女さまのことだけ第一に考えて動いてよ」
「──本当に、よろしいのですね」
「うん。二言はないよ」
言質を取れたことで満足したのか、パトラさんはそれ以上聞いてこなかった。
こうして、話し合いは終わり。
僕ら三人の乗る石舟は、ついに皇女一行と合流を果たしたのである。




