46 ダンジョン解放とパーティ解散
装備を一新してからの数日間は、言葉にし難い経験になった。
早さと効率を追求しながらのダンジョン探索。特に調査が終わってからの周回量は常軌を逸していた、と表現しても間違いではないだろう。
ダンジョンボスがドロップするレアアイテムは大抵5、6種類。どのダンジョンでも5種類まではコンプリートできた。市長からの公表がある月末までになんとかレベル25までの情報を集めきったのだ。ちなみに、一日に何周したかは覚えていない。ギルドの鍵の在庫がほぼ無くなった、という辺りで察してほしい。
そんな彼らは、市長の公表があるその日にとある酒場にやってきていた。
昼からお酒を嗜むことができ、かつ、中央都市でも少々お高めの高級酒場だ。
通常の勤め人であれば、昼間から酒場にいるなど言語道断だろう。しかし、この日のためにリリィたちは休みをとったらしい。というか、仕事内容を知る同僚にとらされた。アルナスルに至っては市長から直々にたまっている有給を消化しろと言われたのだとか。ついでに、今回の任務の打ち上げでもしてこい、とボーナスまで貰ったのだ。
そんなわけで、普段は足を踏み入れない高級酒場に三人が集まっている。
「えーと、皆さん本当にお疲れさまでした」
一応はパーティリーダーという位置についているルチアが微妙な表情で労いの言葉を口にする。こういった経験はさっぱりなれないのだ。仕事上の付き合いの飲み会と言えば、いかに存在感を消すかという点を重視していたのだから。
それが今は率先して挨拶なんぞをしているのだから、世の中どうなるかわからない。そもそも世界が違うのだから、そういうこともあるのかもしれないが。
「何を言えばいいのかわかりません!
とにかく乾杯しましょう!」
「なんだそれは…」
「まぁまぁ。冒険者風にってことで…私もよくわかりませんけど」
「だってー。こんなときになに言えばいいのかなんてわからないですよー。
しかもここ最近ずっと一緒にいたメンバーですし」
「それもそうか」
茶化すような言葉はあれど、わきあいあいとした雰囲気だ。
それなりに色々あったが、このパーティはかなりいいパーティだったのではないだろうか。普通であればあの鬼のような周回は付き合いきれないだろう。
先日の夜にお茶会をしたテルースは「アルナスルとリリィがルチアの鬼周回に感化されちゃった…」とのたまっていたが。ごく普通のギルド職員だったリリィも今ではいっぱしの冒険者に、アルナスルは三次転職ができるレベルにまでなっている。
「ほぼあんたらの貸しきりみたいなもんだから、ゆっくりしていくといいよ。
もちろん料理は手を抜かないから安心していいよ」
声をかけてきたのは酒場の親父さんは柔和そうな男性だ。良い意味で高級酒場を切り盛りしているとは思わせない感じの人である。
「とりあえず乾杯するならお酒ですよね。何飲みます?」
「ビールで」
「私も一杯目はビールで」
「えっじゃあ私もビール」
この世界でも最初の一杯はビールが多いようだ。元々の文化が日本ベースになっているのだろう。ルチアはアルコール全般が得意ではないものの、やはりこういうのは付き合ってしまうのが元社畜の悲しいサガだ。
注文してほどなくジョッキに注がれたビールが出てくる。
「えーとそれじゃあ、乾杯!」
慣れないながらも音頭をとって乾杯する。
「あ、美味しい。これなら普通にいけるかも」
「ビールは苦手だったのか?」
「ビールといいますか、アルコール全般といいますか…」
「あら、そうなんですね。でもご安心ください。先日錬金スキルのレベルをあげてきました!
二日酔い防止薬なるものを作れるようになったんですよ。これでつぶれるまで飲めます!」
「つぶれるまでは飲まないからね!?」
そんな会話をしながらいくつかの料理を注文する。
高級酒場だけあって、中央都市ではあまり見ることのできない魚介などのメニューもあった。
「ここのお魚新鮮ですねぇ」
「だろう? このために専用の輸送ルートを維持しているんだ」
専用の輸送ルートを維持するための経費が値段に反映されているということだ。もちろん、料理を作る親父さんの腕もかなりのもののようだが。
「それにしても…もうこのパーティも解散ですねぇ」
「そうですね。私は明日以降解禁になるダンジョン担当になるんですよー。部下もできたので出世と言えるかも…」
「そうなのか。おめでとう」
「それはめでたいですね! たくさん飲まないと!」
「えぇ、もちろん市長のおごりみたいなものですからたくさん飲みますよ! そのために薬も作ったんですから。あ、酔っぱらう前にお二人にも渡しておきますね」
言葉通りリリィは結構早いピッチでビールを開けている。
ルチアは早めにビールを離脱して、親父さんにおすすめしてもらった蜂蜜酒のカクテルを舐めている。アルコール度数も抑えられているのでとても飲みやすい。
「それでお二人はどうするんですか?」
「私は市長に一度報告してから商業都市に向かおうと思っています。
一度行ったんですけど全く観光する暇もなかったですし」
「あー…あの時はほんとよく生きて帰ってこれましたよね」
「何があったんだ?」
そういえばその頃はまだアルナスルと出会っていなかったか、と思い簡単に経緯を説明する。
「…そんなレベルのときから無茶を重ねていたのか」
「もっと言ってやってください、アルナスルさん」
「なんで!? 無茶したのはそれくらいですよ?」
そんな出会う前の昔話に花を咲かせる。
この三人で飲むのは、恐らくこれが最後になるだろう。ダンジョンは一般にも解放され、リリィはダンジョンに潜ることはなくなり、アルナスルも普段通りの警備の仕事に戻る。
これは、お疲れさまを兼ねたお別れ会でもあるのだ。
「今日のダンジョン解放で、冒険者がこの町に戻ってきてくれるといいねぇ」
「戻ってきてくれないと困りますよ。折角ダンジョン担当っていう新部署を立ち上げたのにそこが閑古鳥じゃあ格好つきませんし」
「今回の市長の公表後、ギルドでも冒険者相手に何らかの動きは見せるんだろう?」
「ギルド内にお知らせを貼ったり、声かけをする程度ですけどね。
冒険者が多く滞在している魔法都市や工業都市はやっぱり中央からは遠いですから、無理強いはできません」
(移動費ねぇ…都市間移動ができれば楽なんだけど。あのクエストはやっぱり放置されてるのかな? でも誰かがクリアしててもおかしくないと思うんだけど…。
もしかしてまだテルースが本調子じゃないからかな?)
「どうした、ぼーっとして」
ゲームとの相違点をぼんやり考えてると、アルナスルに声をかけられた。
考えていたことをそのままを口にすることはできず、適当に話題を探す。
「あ、いえ。えーと、アルナスルさんはこのまま元の都市の警備に戻るんですか? レベルかなり上がったのにもったいないなぁって」
「あぁ、そのことか。
それは少し考えがあってな。まだ確定していないのでなんともいえないが」
含みを持たせる言い方が気になったが、どうやって指摘していいかわからない。思っているよりも大分頭にアルコールが回っているようだ。
「結構酔っているんじゃないか?
この辺りでお開きにするか」
「そうしましょうか。
でもちょっと意外です。ルチアさんにも弱いものがあったんですねぇ」
ルチアの倍以上のピッチで飲んでいたはずのリリィはピンピンしているようだ。アルナスルもそれほど酔いが回っているようには見えない。こちらも相当飲んでいたはずなのだが。この世界の人間はもしかして酔わないようにできているのだろうか。
「お会計は私がしておくんで、アルナスルさんはルチアさんを宿に送ってもらえますか? この分だと道端で寝そうですもん」
「市のアドバイザーが道端で泥酔は外聞が悪いな。
星屑亭だったか?」
「そうでーす。じゃあ、お願いしますね」
そんな会話が遠くの方で聞こえる。ゆらゆらした視界の中アルナスルに手を引かれて帰った。
「おい、立ったまま寝るなよ。
…うまくすれば、そう遠くないうちにまた組むことになるかもな」
宿への道のりで、そんな言葉を聞いた気がした。
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