誘拐犯との戦闘
樹とルフィーナは、取り囲む誘拐犯たちの人数を数えながら、リチャード少年が連れてこられるのを待つ。
誘拐犯の数は徐々に増えていき、10人以上で取り囲まれた。
人質がいなければ、樹とルフィーナにとって何てことない人数だが、少年の無事を考えたら迂闊なことはできない。
樹はともかく、ルフィーナは武装さえしていない状態なのだ。魔法で戦うしかない。
ルフィーナの体をニヤニヤしながら見ている誘拐犯たち。樹は自分たちを無事に帰すつもりはないことを確信した。
樹は背中に隠れているルフィーナに、こっそりと合図を送る。
人質を助け出したらすぐに攻撃という合図だ。予め決めていた合図の1つだった。
誘拐犯たちに対する行動を決めた2人の耳に、泣きじゃくる子どもの泣き声が聞こえた。
子どもを泣かせる誘拐犯たちに、樹は内心激怒していた。普段は落ち着いた男だが、女性と子どもを傷付ける悪党は許せないのだ。
「大人しく付いて来ねえか! 金持ちのクソガキが!」
「ううっ……こわいよ……パパ……ママァ……」
涙でグシャグシャになった顔を見て、ルフィーナの顔も歪む。
背中のルフィーナの様子にも気付かず、樹は怒りに燃えた目で誘拐犯を睨んでいた。
「乱暴はするな。身代金は用意したんだ。リチャード様は無事に返して貰うぞ」
屋敷で見たことのない2人に、リチャードは不思議そうな顔を向けるが、余計な口を開く前に樹が交渉を始めた。
「金さえ貰えればガキに用はないさ。無事を確認したんだから金を寄越しな!」
「リチャード様と交換だ」
樹はバッグを開けて、中身を見せる。
「おおっ!」
「これでしばらく遊んで暮らせるぞ!」
「酒も女も買い放題だ!」
バッグいっぱいに詰まった金貨に目が眩み、誘拐犯たちの意識が逸れた。
その一瞬の隙を突き、樹はバッグの中身を誘拐犯たちにぶちまけた。
金貨が誘拐犯たちに当たりそうになり、顔を腕でガードする。
リチャードにも金貨が軽く当たっているが、怪我をするほどの勢いではない。あくまで誘拐犯たちの視界を塞ぐためだ。
樹がリチャードに向かって走り出し、ルフィーナは魔法を撃つために魔力を溜めた。
突進してきた樹を見て、リチャードを人質にしていた男が一瞬迷う。
その一瞬で充分だった。振り下ろされた短剣がリチャードに届く前に、樹がリチャードに刺さるはずだった短剣を背中で受けた。
抱き込むように自分を守ってくれる樹の腕の中は、リチャードにとって何よりも安心できる場所に思えた。僕はもう大丈夫なんだと。
背中に短剣が刺さりながらも、樹は怯むことなく反撃に移る。
致命傷ではないが、もう戦えないだろうと油断していた誘拐犯は、振り向き様に振るわれた拳を顔面に受け、憐れにも鼻が潰れて面白い顔になってしまった。
いきなりの事態に硬直していた誘拐犯たちは、ルフィーナの魔法の餌食となっていく。
炎や雷に身を焼かれ、のたうち回る仲間の姿に恐怖を覚える男たち。
樹も銃を抜き、次々と手足を撃ち抜いていった。リチャードは樹の腕にしがみ付き、涙に濡れた顔を樹の体に押し付け、安心した気持ちで戦いが終わるのを待っていた。
僅か1分ほどの間に、すべての誘拐犯たちが倒された。
酷い火傷をして気絶している者や、樹に撃ち抜かれて地面で呻いている者。どちらが幸せかは分からない。
起きるまで痛みを感じずにすむのが幸せか、痛くても醜い顔にならずにすんで幸せか、どちらにしても誘拐犯たちは、事情聴取という名の拷問付きの死刑になってしまうので関係ないが。
「う、うぇ……ありがとう」
しゃくり上げながら礼を言うリチャード。樹の執事服が涙と鼻水で汚れたが、借り物なので樹は気にしない。やりたいようにさせていた。
「リチャード。怖かっただろうけど、もう大丈夫だからな」
リチャードの頭を撫でながら慰める。
その間にルフィーナが樹の背中に刺さった短剣を抜き、誘拐犯たちを縛り上げ、バラ撒いた金貨を集め直していた。高貴な少女にしては気のつく、よくできた女性だった。
「……お兄ちゃんたちは僕を助けにきてくれたの?」
ようやく泣き止んだリチャードが、樹にしがみついたまま尋ねる。
「お父さんとお母さんに頼まれてな。すぐに家に連れて帰ってやるからな」
「うん。ありがとうね」
リチャードを抱き上げ、ルフィーナに渡す。
「先に馬で連れて帰ってくれ。オレは誘拐犯たちを連行するから」
「イツキも早く帰らないとダメよ。背中の傷は応急手当てしかしてないのに」
樹の怪我を心配するが、すでに治っている。
「大丈夫だ。もう治ったから」
「そんなわけな――ほんとに治ってる……」
傷のあった場所を見せると、ルフィーナもリチャードも目を丸くする。
「どんな体をしてるのよ」
「お兄ちゃんすごい!」
ルフィーナのほうは呆れたような、リチャードは英雄でも見るようにキラキラしている。
「オレは不死身なんだよ。大丈夫だから両親を安心させてやってくれ」
「わかった。すぐに迎えに来るから、街道から外れないようにね」
ルフィーナは馬にリチャードを乗せ、子どもでもつらくない速度で駆け出した。
樹が誘拐犯を引きずって歩いていると、夜にも拘わらず馬を飛ばしてきた。
明かりもない所で危険なことだが、ルフィーナは樹に早く会いたかったのだ。魔法の明かりを頼りに無理をして迎えに来たのだった。
「イツキ!」
「ルフィーナ!」
馬から降りたルフィーナが樹に向かって走る。樹も縄を放してルフィーナに向かった。
抱き合う2人は、たかだか数時間しか離れていないのに、まるで数日ぶりに会う恋人のようだった。これで付き合っていないのだから、不思議な2人だった。
「あの~。お忙しいところ申し訳ありませんが、誘拐犯たちの引き渡し手続きをお願いします」
お互いの温もりを確認し合うように熱烈に抱き合う2人に、兵士たちはお前が行けよと押し付け合い、同僚に酒代を借りていた兵士が声を掛けることになったらしい。
ちょっと照れたようなルフィーナは、ごめんなさいと兵士に謝る。
樹は馴れたもので、まるで照れた様子もなく手続きを進めた。
誘拐犯たちを馬車に積み込んだのを見届けて、樹たちは先に街に帰ることにした。
「早く家に帰って、ルフィーナの作ったメシが食いたいな。疲れてるところ悪いけど」
街に着いた樹が、ルフィーナに頼む。
「そんなに上手くないのに……すごく嬉しい。でも先にバクスター家に行かないと。お母さんが号泣して、どうしてもお礼を言いたいって」
「仕事だから気にしなくていいんだが」
「リチャード君もイツキに庇って貰ったって大騒ぎしてたから、ご両親、凄く感謝してるみたいよ」
「親子水入らずで過ごせばいいのにな」
渋っているが照れ臭いだけだと理解しているので、ルフィーナは樹を連れてバクスター家に向かった。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
屋敷に着いた2人の前に現れたのは、玄関で土下座をするバクスター夫妻だった。
2人とも涙で顔がグチャグチャで、樹とルフィーナは少し引いた。
「まだ泣いてたんだ……」
ルフィーナが苦笑するように呟く。
使用人たちも主人の態度にオロオロしていた。
「とにかく立ってください。オレたちは仕事だったんだから当たり前です。2人とも疲れてるでしょうから、話は後日にして休んでください」
樹はルフィーナの手料理が食べたかったが、どうしてもと引き止められて、バクスター家に泊まっていくことになった。
庶民が数年は食べていけるような食事を出され、1本で20万オーロ。日本円にして200万円ほどのワインを、潰れるまで呑まされた樹たちは、翌日二日酔いに悩まされることになった。
どうしても筆が進まず遅くなりました。申し訳ありません。




