ルフィーナとの生活
家に帰ってきた2人は、ベッドの上で正座して向き合っていた。
しかし2人の表情は違う。樹は困惑、ルフィーナは恥ずかしげな表情だった。
「なんで一緒のベッドに入るんだ?」
「え? だって一緒に寝たいって言ってたじゃない」
樹がルフィーナの香りに包まれて眠りたいと言ったのを、真に受けてしまったようだ。彼女は育ちがいいため素直だった。
「そ、そうだったな。ルフィーナは優しいな。オレの軽口、じゃなくて望みを叶えてくれるなんて」
「恥ずかしいんだからね! 同居するから特別。将来の練習にもなるし。結婚できたら夫と一緒に寝たいから」
樹としてはムラムラするので遠慮したいところだが、ルフィーナの勘違いを指摘するのも恥を掻かせるのでやめておく。
「なんか眠れない」
「無責任に手を出したりしないから、ゆっくり眠ってくれ」
「手を出されなくてもドキドキするわ。いちおう勉強はしたんだけど……実際に男の人と同じベッドに入るのは恥ずかしい」
何度も寝返りを打ち、結局は樹の顔を見ていることにしたらしい。
樹と見詰め合いながら、なんとか慣れようとしているようだが、ルフィーナの顔から熱が引くことはなかった。
「明日、というか今日の話なんだが、欲しい家具があるなら買いに行こうか?」
「え? 家具ならあるじゃない」
照れていたことも忘れ、きょとんとした顔で聞き返す。
「あるけど、備え付けの家具だしな。女の子なら自分なりの部屋にしたいんじゃないかと思ってな」
樹は同棲したことはないが、恋人が樹の部屋にいろいろ小物や服を置いていったりしたので、女の子には部屋に対する拘りがあるのだと思っていた。
「それならベッドを変えたい。一緒に寝るんだしもっと可愛いのがいいわ」
広さも微妙なので、樹も納得した。
「それから、食器とかも足りてないし、料理道具も買いましょう」
やはり買い物は楽しいのか、恥ずかしさなど完全に忘れて、樹の腕にくっついて子どものようにはしゃいでいる。
「他に必要な物は?」
「いっぱいあるわ! 食材だって買わないといけないし、服や下着だって足りないもの。男の人と暮らすんだし、ちゃんとしないと」
男と暮らすことを再び自覚して赤くなる。しかしルフィーナは樹の顔をじっと見詰め、樹もルフィーナから目を離さない。
樹の穏やかな目に見詰められて安心したのか、撫でられる頬が気持ちよかったのか、ルフィーナは目を閉じて眠りについた。
なんだかんだで疲れていたのだろう。海賊と戦ったのだし無理もない。
樹もルフィーナの頬を撫でながら、明日のために眠ることにした。
「あっ、おはよう」
地味なカーテンの隙間から当たる朝日に、樹が目を開けると、ルフィーナの顔が見えた。
寝ぼけた頭で昨日のことを思い出す。ルフィーナと同居したことを思い出した樹は、すぐに返事をした。
「おはよう」
樹はまだ寝ぼけているので、彼女と寝ていた時のように、ルフィーナを抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと! 朝から恥ずかしいじゃない!」
樹の腕の中で身をよじる。
「ん? そうだった。ルフィーナは恋人じゃないもんな。すまんすまん」
「別に謝らなくてもいいけど……でもいきなりは恥ずかしいから」
「わかった。今度からは抱き締めていいか聞いてからする」
「なんでよ! そんなのムードがないし、いいよって言うのも恥ずかしいでしょ」
抱き締められること前提ならいいじゃないかと思うが、ルフィーナは恋愛に夢を見たい年頃なのだろう。
「それなら抱き合うムードを作ってからにするか」
一応は空気の読める男なので、ルフィーナの希望を理解した。
「ルフィーナ……今日も綺麗だ。愛してる」
本当にいとおしそうな表情で、ルフィーナを優しく抱き締める。さすが女好き。流れるように自然に抱き締めた。
「あっ………………って、よく考えたら昨日初めて会ったばかりじゃない!」
うっとりして大人しく抱き締められていたルフィーナだったが、昨日の今日で愛されるわけがないと正気に返った。
「まったく……油断も隙もないわ。その軽さだけは何とか直してよね」
「オレはいつだって美女相手には本気だが」
そんな言い分が通るはずもなく、ルフィーナは着替えをするからと、樹を部屋から追い出した。
樹も別室で体を拭いてから、ラフな私服に着替えた。
「朝御飯はどうする? オレは近所の店でいいと思うんだが」
「パンを買ってきてくれる? あたしは玉子とソーセージを焼くから」
竃に火を入れているルフィーナが、樹に頼む。
「任せろ。買い物くらいならオレにもできる」
この世界ではパンが主食だ。毎朝主婦が買いに来ている。
自分で焼く人もいるにはいるが、買ったほうが安上がりなのでパン屋は繁盛していた。
パンを並んで買うと、すぐに家に帰る。
台所でソーセージと玉子を焼いているルフィーナに渡し、樹は大人しく待つ。
「できたよ~。ちょっと焦げたけど」
持ってきた皿を見てホッとする樹。焦げているとは言っても大したことはない。
「これくらい焦げた内には入らないって。わざわざ作ってくれてありがとう」
「こんなの作ったって言わないわよ。でも喜んでくれてありがと」
確かに料理と言うほど難しくはないが、お礼を言われたルフィーナは嬉しそうだ。
まるで付き合いたての恋人同士だが、樹のチャラさとルフィーナの素直な性格のおかげで成り立っているだけである。
食事を終えたので皿洗いを2人でする。樹がやると言ったのだが、花嫁修業だとルフィーナが譲らず、結局2人で洗うことになった。
井戸から水を汲んでこなければならないので、皿洗い1つとっても日本より労力が必要だ。
「意外に家庭的だよな」
「家事もしない女なんて、結婚して貰えないもん」
「オレは気にしないが、世の男たちはワガママだな」
この世界の男からすれば、自分が働くのだから家事くらいはやって欲しいと思うのも当然だ。
機械がない世界だ。男の仕事はきついので、女性に仕事が回ってこないのだから、家事をしない女性が敬遠されるのも仕方ない。
「そうでもないと思うけど、イツキは家事も手伝う変な男の人だと思うわ」
「どうもオレの感覚とは違うようだな。女性に不満がないなら別にどうとは言わんが」
納得はいかないものの、この世界では理解されないと判断した樹は、自分が引いた。
「家事も終わったし、買い物に行こうか」
「ほんとにいいの? 家が狭くなっちゃうけど」
夜は楽しそうに買い物について話していたのに、急に不安そうになる。
婚期を逃しかけているので、自信がないのだろう。不安定だった。
「一緒に暮らすんだから遠慮はなしだ」
ルフィーナは嬉しそうに笑って、樹の腕を取って歩き出した。
樹も慣れたもので、自然に腕を出す。恥ずかしいような嬉しいような、そんな表情をしているルフィーナを、優しく見詰めていた。
2人とも街に詳しくはないので、人に聞いて店を選んだ。
ルフィーナは予算と相談しながら、3つのベッドで悩んでいる。
「これが実家で使っていたのに似てて、1番好きなんだけど、高いなぁ」
天蓋付きベッドが気に入ったのだが、財布を見てやめる。
残り2つもそこそこの値段だが、天蓋付きベッドよりはかなり安い。
「別にオレが払うからいいぞ」
「それはダメ。あたしが欲しいんだから、自分で払うわ。この2つなら買っても痛くないし」
「海賊の宝を売れば大丈夫だろ?」
「あれは結婚資金にする」
意外にしっかりしている。
散財するクセがある樹がルフィーナと結婚すれば、確実に財布を握られるだろう。樹は少し逃げたくなった。




