隣国へ
「ええぇぇぇぇぇ! なんでですか?!」
エイダの声が部屋に響く。残りの3人は予想していたのか、耳を塞いでいた。
樹だけは平然としていた。可愛い女の子の声を聞くのも好きなのだ。
樹がそろそろ隣国へ行くつもりであることをティナたちに告げると、納得のいかないエイダが騒ぎだしたというわけである。
もちろん、他の3人も納得しているわけではなかった。
「なぜ唐突に隣国へ行くのですか?」
「そ、そうですよ! せっかく英雄になったのに」
代表するようにティナが切り出すが、エイダも騒ぎだす。1番若いので、感情の抑制が下手なのだ。
「エイダ、まずは話を聞きましょう」
「だってティナさん……」
「仕方ないでしょう? イツキさんは保護者ではないんだから」
まだ納得はしていないようだが、エイダも黙って話を聞く姿勢になった。
ティナでさえ落ち着いているように見えて、プルプル震えているのだから仕方ないが。
「それじゃ事情を話すぞ? 簡単に話すと、この国の王に狙われててな。有名になりそうなんで、そろそろ隣国に逃げようかと思ってな」
かなり省略しているが、要点はしっかり伝えている。
「イツキさんくらいの力があれば、国が召し抱えようとするのも分かりますけど、逃げなくてもいいのでは?」
「普通ならな。城から逃げる時にちょっと兵士たちと戦ってるから、まずいんだ。殺してはいないんだけどな」
樹はちょっと困った顔をした。あの時は頭にきていたので、出会う兵士を片っ端から倒してしまったのだ。
「王様ってそんなに横暴なんですか?」
「人を人とも思ってない感じだったな。オレが望みの人材じゃないと分かったら、いきなり殺そうと攻撃してきたし」
あまりの酷さに、質問したエイダも絶句した。
「私たちも活動する時は、目を付けられないように気を付けましょう」
「あたいなんか、絶対に失礼なことをして処刑されるよ」
ティナもアビーも冒険者としては堅実だ。
「とにかく、そんなわけで危ないんだ。負ける相手じゃないんだが、命令に従ってるだけの兵士とは戦いたくない。報酬を貰ったら隣の国マーレイ王国ってとこに行くつもりだ」
樹がそう告げると、4人は俯いた。
「私のお小遣いじゃ、船代は出せない」
「アイラ、行くとしたらパーティー予算で出すわ。船代は無理だから意味ないけれど」
樹は今回の報酬があれば、自分と4人の船代くらい出せるが、お尋ね者の自分に付いて来させるつもりはなかった。
彼女たちはこの国、マリスハイト王国に実家もあるのだ。一緒に指名手配でもされてしまったら、帰郷が難しくなってしまう。
「そう寂しがるな。生きてればまた会えるだろう。どのみち、オレと一緒に国を出るのはやめたほうがいい。活動場所を変えるにしても、別々のタイミングで移動しないと、オレの一味だと思われて、指名手配されるかもしれん」
「そっか……王様が酷い人みたいだし、お父さんたちが捕まっちゃうかも」
エイダも最悪の可能性を想像し、顔を青くした。
樹の複雑な事情と立場を理解した4人は、さすがにワガママを言わなかった。
それでも寂しさは我慢できず、4人とも何かに急かされるような焦燥を感じていた。
別れる前に何かしないと……そんな気分に追われるように、ティナがいきなり脱ぎだした。
「ティナさん!? 何やってるの!」
「イツキさんにお礼をしないと! イツキさんのおかげでレベルも上がりましたし、お金も少し貯まりました! でもお返しする物がないから、下着姿を見せれば喜んで貰えるかと思って……」
ティナも勢いでやってしまったと思っていた。これではたんなる痴女である。言い訳にも力がなくなっていた。
「ティナはいつも抜け駆けしようとする。イツキさんを誘惑したらダメ」
アイラに冷静に突っ込まれて、ティナは真っ赤になった。
樹は楽しそうにティナの裸を見ている。まったく隠さないオープンスケベだった。
「オレは嬉しいから、お礼にはなってるぞ。良いものを見せてくれてありがとう」
樹があまりにも堂々としているので、他の3人もこれでいいのかな? などと思い始めていた。初心な4人である。悪い男に騙されそうだ。
どうにか4人を納得させた樹は、冒険者ギルドに顔を出していた。
1番は受付嬢のポーラにお別れを言うことだが、報酬が用意できたと連絡が来たからだ。
樹はギルドマスターの執務室に呼ばれ、領主の代官から報酬を受け取った。
オーガロードの売却報酬もギルドから払われ、船代としては充分すぎる貯金ができた。
「領主様のほうからも、勧誘をしたいので1度会えないかと言われております。出発を遅らせることはできないでしょうか?」
樹が他国に行くと聞いた代官は、熱心に樹をひき止める。
しかし樹は、この国の権力者に関わるのは遠慮したいと思っていたので、丁重に断った。
かなりの報酬を払っているので、罠だとは思っていないが、念には念を入れてのことだ。
途中でバレて面倒になる可能性もあり、樹が会うのは危険だろう。樹のためにも領主のためにもならない。
受付に戻ると、ポーラが嬉しそうな顔を向けた。
樹はそれを見て、苦い顔になりそうな自分を抑えていた。
今から言うことは、ポーラにとって好ましいことではないのだから。
「イツキさん、次のお仕事はどうしますか? 疲れてるでしょうから、何日かお休みにしたほうがいいですよ?」
「今日は依頼の受注に来たわけじゃないんだ。オレは隣のマーレイ王国に行くことを告げに来た」
ポーラは少しの間、頭が真っ白になって返事ができない。
えっ? えっ? と繰り返し、まるで助けを求めるように先輩受付嬢を見た。
「落ち着いてくれ。オレは冒険者なんだから別におかしなことじゃない」
「そうですけどっ! こんなに早くお別れなんて……」
気の毒なほど慌てているポーラを、先輩受付嬢も心配そうに見ていた。
冒険者たちも静まり返り、2人を興味深そうに見学している。
「すまない。オレも事情があってね。早い段階でお別れするのは決めていたことだ」
「……なんとなく気付いていました。だってキスもしてくれませんでしたから。でも、もっと先のことだと思っていました……」
「悪いな。大事な女の子に、遊びで手を出すのはオレの美学に反するんでな」
樹は軽く見えて、手を出すならきちんと交際してからと考えている。
そのうえで理由があり別れるのは仕方ないが、始めから別れることが決まっているのに手を出すような不誠実なことはしないのである。
「据え膳を食べないのは男の恥ですよ……手を出してくれてもよかったのに……」
小声で呟くポーラの言葉を、樹は聞こえないふりをした。
「とにかくオレは隣国へ行く。理由はギルドマスターに聞いてくれ。しょーもない話なんでオレから伝えるのもな……」
「また会えますよね? イツキさん不死身って言われてますし」
樹は冒険者の間で、オーガロードの攻撃が直撃しても怪我さえしないと恐れられていた。
誰が呼び始めたのかは知らないが、不死身のイツキと呼ばれている。
「問題が片付いたら会いに来るよ。オレよりいい男でも見つけておいてくれ。悔しがるから」
「絶対悔しがったりしないですよね?」
樹の冗談に少しだけ笑い、ポーラは切ない目を向けて樹を見送った。
知り合いに別れを告げた数日後、船の出航の日がやってきた。
乗船した樹は、港に見送りに来ていたティナたち4人組と、ポーラや樹に救われた冒険者と兵士たちを見る。
船員が慌ただしく走り回る中、樹は手を振る知り合いに手を振り返した。
港から離れて行く船に向かって、大勢の人が叫んでいる。
そんな騒がしい中でも、樹の耳にはしっかりと届いていた。その言葉に樹も言葉を返す。
「ああ。必ずまた会おう」
樹の言葉も届いたのか、ティナたちもポーラも安心したように微笑んだ。




