勝利の報酬
オーガロードを倒した樹に、冒険者や兵士たちが駆け寄る。樹はマグナムを消して、彼らを迎えた。
「すげえな、兄ちゃん! 怪我は大丈夫か?」
「大丈夫だ。あれくらいで怪我はしない」
実際には大怪我をしていたが、すでに治っている。しかし、それを知られると面倒そうなので、樹は黙っていることにした。
「あの攻撃をくらって怪我もしねえなんて頑丈だな。不死身かよ」
「さあな。自分でもどのくらいの攻撃で死ぬのか分からないからな。死んでみるまで判断できん」
「そりゃそうだな。でも助かったぜ。冒険者に命を懸ける義務はないんだが、俺たちはこの街に家族がいるからな」
この場に駆け付けた冒険者以外は、街の人間と一緒に避難していた。
ギルド職員も避難誘導を手伝っているので、冒険者ギルドの評判は落ちないだろう。
「なんにせよ、家族が無事でよかったな。犠牲になった兵士は気の毒だが」
死体となった兵士を見て、樹の顔が歪む。
「それが連中の仕事だからな。兄ちゃんが気にすることはねえよ」
樹の肩を叩き、慰める。
樹は日本人としての良識を持っているので、人の命が安い世界とは価値観が合わない。善良な人間が死ぬのは気分が悪いのだった。
「そうだな。ありがとう。確かにオレが気にして生き返るわけじゃないからな」
気持ちを切り替えて兵士に向き直る。
「街を少し壊してしまったが、何か罪になるか?」
「そんなわけありません。逆に街を救った報酬が出るでしょう。報告するのでお名前を教えていただけますか?」
樹が自分の素性がバレてしまうのではないかと逡巡していると、冒険者の中に樹を知っている者がいて、結局は名前を知られてしまった。
「冒険者のイツキ殿ですね。上司に報告して報酬が出るように掛け合います」
幸運なことに、樹の名前は知られていなかった。王に名乗っていないのだから当たり前だが、他の街や村では名乗っている。そこから知られる可能性はあった。
「冒険者ギルドからも素材の報酬が出るな。しばらく遊んで暮らせるぞ」
「そうだな。船旅でもするか」
なんとなく有名になりそうだったので、樹は隣の国に逃げることを考えた。
冒険者が協力して、オーガロードの死体を運んでくれる。
そこで樹はふと疑問に思っていた。オーガロードを撃った弾から不審に思われないかと。
こちらの世界にある武器ではないので、国が知ったら利用されるかもしれない。
樹はそう思っていたが、樹の出す武器は魔力で作った物なので、弾も消えていた。
樹は自分の能力を疑問に思っていなかったが、ここにきて不思議に思い始めた。
「なあナレーション。オレの武器って他の人に不思議に思われないか? 弾の始末なんてしてないぞ」
小声で尋ねる。
『大丈夫でしょう。理解できないですし、こちらには魔法がありますから、魔法の武器くらいに思われるのでは?』
ナレーションも全てを知っているわけではないし、未来が予知できるわけでもないので、少し頼りない言葉だった。
しかし樹は安心したようで、何かあったら魔法で押し通すことにした。
冒険者ギルドに着くと、職員は避難していていなかったが、ギルドマスターは避難せず、受付に座っていた。
「ギルドマスター……いたのか。戦えないんだから避難すればいいのに」
ギルドマスターは冒険者上がりなどではなく、普通に事務能力を買われての抜擢だった。
そのため、体は小さく不健康そうな見た目だ。見た目に反して度胸はあるようだが。
「ギルドに所属する冒険者が戦うのに、サポートするべきギルドが逃げるわけにはいきませんよ。職員は逃がしましたから、私くらいは残らないと」
樹は感心したような顔で見ている。
『樹は権力者のくせに腐ってないと、不思議に思っている』
「な、なんの声だ? 精霊かなんかか?」
いきなり聞こえたナレーションの声に、ザワザワしだした。
「あ、いや。オレの連れの声だ。姿は見えないからオレもよく分からん奴だけど、害はない」
「そ、そうですか。イツキ君は不思議な仲間を連れてるんですね」
腐ってないと言われたからか、ギルドマスターは嬉しそうだった。
「あと報酬とランクアップをしたいんだけど、レベルはいくつかな? あちらで聞こう」
ギルドマスターは樹を部屋へと連れていく前に、冒険者たちに職員を呼び戻してくれるように頼む。
2階に連れて行かれ、奥の部屋へと2人は向かった。
「わざわざすまないね。改めまして、ギルドマスターのフランクです。よろしく、イツキ君とお連れさん」
ソファーに座るように促しながら名乗る。
樹も対面に座り、改めて自己紹介をした。
「活躍はポーラさんから聞いてます。いくつも巣を潰してくれたと。私からもお礼を言っておきます。ありがとうございました」
単独で巣を潰せる冒険者は貴重な存在だ。樹のことに注目していても不思議はない。
「オレも仕事ですから、気にしないでください」
「いえいえ。危険な仕事をしてくれているのですから、ギルドとして感謝するのは当然です」
腰の低いフランクは、ペコペコ頭を下げた。
「それでランクアップなんですが、功績としてはCランクまで上げられます。現在のレベルはいくつですか?」
ランクは功績とレベルによって決まる。
「レベルは19ですね」
オーガロードで数レベル上がっていた。倒したあとに確認していたのだ。
「……そうですか。そのレベルでオーガロードを倒すなんて、普通はありえないことです。ひょっとして召喚者ですか?」
召喚された人間は、凄まじい力を持っているのでバレたのだろう。
「変に隠す気もないんで言いますが、そうです。王に殺されそうになったので逃げてきました」
隠しても疑われてしまうと考えた樹は、正直に真実を告げた。
「そうですか……なんと愚かな王だ。召喚者は例外なく素晴らしい力を持っているのに」
「そういうわけで、オレは隣の国に行くつもりなんです。戦って勝てない相手じゃないけど、街を戦いに巻き込むつもりはないので」
何より、樹が戦えば、この街の兵士たちも取り押さえないわけにはいかない。
街を救った英雄を、無実の罪で捕らえたがる兵士はいないだろう。
樹がこの街に残ることで、樹も兵士たちも不本意な戦いを強いられるだけだ。
「私たちも国と争うのも君と争うのも困りますね。残念ですが引き止めるわけにはいかないようです」
樹のレベルが少し足りないので、Dランクということになった。
「それと素材の売却ですけど、全部で150万オーロ前後になると思います。担当の者が帰ってきたら、査定させます」
樹は査定が終わるまでは街に留まることにして、ティナたちを迎えに行った。
「お帰りなさい。どうでした?」
ティナがニコニコしながら聞いてくる。無事だったのが嬉しいのだろう。
「オーガロードが暴れてた。もう倒したから帰っても大丈夫だ。といっても住人は避難してるから、宿が再開するのは数時間後だろうけど」
「オーガロード……」
「あたい、ダンナの言うこと聞いてよかった」
「オーガの中で最強」
「私、見たらチビっちゃいそう」
オーガロードだと聞いて、4人とも恐怖に震えていた。
さりげなく樹に抱き付いてくるところが、女性のしたたかさだろう。樹は嬉しいので気にしないタイプだが。
5人は宿に帰ることにして、フロントで待っていた。2時間くらいして、宿の人間が帰ってきたので、鍵を貰って一休みする。
そして夕飯を食べ終わったら、樹の部屋に集まった。今後のことを話しておこうと、樹が呼んだのだった。