表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あいだけに  作者: huyukyu
8/180

変わった奴

 いつも通りママチャリを一時間ほど乗り回して学校に着く。

 昇降口で内履きに履き替え、階段を上り、五階にある一年の教室に辿り着く。

 廊下側の後ろから二番目の席に腰を下ろすと、机の横に鞄を引っかけた。


 後ろを振り返るも、彼女はまだ来ていない。

 教室に入るときにすでにわかっていたことだが、改めて確認する。


 早く九々葉さん来ないかなー、とうきうきしていると、クラスメイトの一人がこちらに近づいてくるのが見えた。

 栗色の髪をした柔和な顔つきの女子。セミロングの髪は首元でわずかにウェーブがかかっている。

 名前は憶えていない。

 クラスメイトの男子に人気が高い女子だということは認識していたが、それ以上の情報はどうでもよかった。


「ねえ、相田君」


 そんな彼女が僕の名を呼ぶ。

 陽に生きるようなその女子に、陰に生きるようなこの僕が名前を憶えられているという事実に驚いた。


「なんだ?」

「君ってさ。九々葉さんと仲が良いの?」

「別に。仲が良いってほどじゃない。こないだ頼んで、友達にしてもらっただけだ」

 変に押し隠すようなことでもないかと思い、正直に答える。

 すると、その女子は考え込むように顎に手を当てた。


「わたしさ。九々葉さんに何度か話しかけてみたんだけど、まともな応答をされたことがなかったんだ」

「へえ……」

「しつこく話しかけてたら、終いには『もう関わらないで』とまで言われちゃったし」

「……」

「どうして、君はあの子と仲良くなれたの?」


 ああ、そうか。思い出した。

 入学当初、クラスメイトの幾人かが九々葉さんに話しかけているのを目撃したが、大抵の人間は一度で彼女と関わりを持とうとするのをやめていた。

 そんな中、何度も何度も彼女と会話を試みようとしていた人間がいた。

 それが確かこの目の前にいる女子だったような気がする。

 やはり名前は憶えてないが。


「なあ。その前に、お前の名前ってなんだっけ?」

「……っ……」

「あれ?」

 本当にわからなかったので、素直にそう尋ねると、その名称不明の女子は唇を噛みしめるように表情を歪めた。


「……そっか。そうだよね……」


 そして、何かを諦めたかのようにそう独り言つ。

 その態度に僕が首を傾げると、すぐに彼女は顔を上げた。


「わたしの名前は栗原るり。君にとっては取るに足らない人間かもしれないけど、クラスメイトだし、一応、憶えておいてね」

 栗原というその女子はにっこりと笑ってそう言った。

 それから、どこか切なげに苦笑を浮かべる。


「……ごめん。さっきの質問、やっぱりいいや。なんとなく理由わかっちゃったから」

「……?」

 一人でそう納得したらしい彼女はそのまま、クラスの片隅に集まっていた女子集団の方へ向かっていった。


「……変わった奴もいるもんだな」


 ぽつりとつぶやく。

 拒まれても九々葉さんに近づいていこうとしたこともそうだし、クラス内で孤立する僕にコミュニケーションを取ろうとしてきたこともそうだ。

 けれど、たぶん、これから先、ああいう女子と関わることはほぼないだろう。

 住む世界が違う。

 だから、気にしなくてもいい。


 僕はそう思った。




 机に突っ伏して夢うつつに浸っていた僕は、背後で椅子を引く音を聞いて顔を上げた。


「……おはよう」

「おはよう、九々葉さん」


 振り返って目が合った彼女と挨拶を交わす。

 

「今日も元気?」

「元気だよ。いつも通り」

「そっか。それはよかった」

「一限目の数学の宿題、やってきた?」

「……やってない」

「あ、そうなんだ……。えっと、よかったら、見る?」


 そう言って、彼女が自分の数学のノートを差し出してきた。


「いや、いい。始業までに自分で適当に片付けるから」

「そ、そう……」

 少し残念そうに九々葉さんがノートを引っ込める。

 好意に甘えるのもよかったが、苦手な数学ではあっても、今はなんとなく自分で取り組みたい気分だった。

 始業まで十分はある。頑張れば、まだなんとかなるだろう。

 突っ伏して寝る前にやればいいだろうという話ではあったが、そこはそれ、九々葉さんと挨拶を交わすまで宿題をやろうという気分にはなれなかったのだ。

 朝一番から小難しい数式に向き合うよりも、女の子と挨拶を交わす方を優先するのは男として当然の心持だろう。


 それから、前に向き直って宿題に取り組んだ。


 しばらく経って、予鈴が鳴り、ホームルームが始まる。担任の生真面目そうな教師の話を聞き流しながら宿題に取り組み、次の本鈴と同時に数学担当の初老の教師が教室に足を踏み入れたところで、なんとか宿題は終わった。


 その日の数学の授業では、ボケかけた老人の先生だからなのか知らないが、三度続けて僕が当てられ、宿題の内容を答えさせられた。


 そのすべての解答が単純な計算ミスが原因で間違っていて、ああ、ぎりぎりになって課題やるもんじゃねえな、と僕は思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ