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あいだけに  作者: huyukyu
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いろいろがんばる藍ちゃん

 始業の鐘が鳴ると、担任の鈴見台先生が教室に入ってきた。いくつかの連絡事項を告げた後、今日からはすべての授業時間を使って文化祭準備が行われる旨をクラスのみんなに改めて伝える。

 それから、「怪我だけはするなよ」とひどく落ち着いた声音で言って、教室から出て行った。

 必然的に、わたしと斎藤君がその場の指揮を任されることになる。


「大体の流れは、昨日と同じ感じでお願いしたいと思います。班ごとに分かれて作業、です。雑用係の人は料理班の方で一緒に。何かあれば斎藤君か、家庭科室にいるわたしに連絡してください」


 人前で声を張るのにも大分、慣れてきた。

 前もってこれから何をするべきかを想定して心の準備をしておけば、そう緊張することもない。みんなは思ったよりも素直に指示に従ってくれて、実行委員に志願する前に何となく想像していたよりも十倍くらい楽にやれている気がする。もちろん、文化祭一週間前を迎えた今日からがむしろ本番なのだということはわかっているのだけど。


 昨日の実行委員会で共有されたもろもろの注意事項などをみんなに伝え、それから各班での作業に移ってもらう。

 授業が一切なく文化祭準備のための一日がこれから一週間続いていくこともあって、クラスメイトのみんなの表情は明るい。

 わたしだって、勉強に気を回さずにこっち(実行委員での仕事)やそっち(涼をクラスになじませる関連)のことに注意を向けていられるので、とても楽になる。


「藍ちゃん、今ちょっといい?」

「……あ、うん、大丈夫だけど。どうしたの?」


 さて、じゃあ、また試作品を作らなきゃ、と。

 料理班の面々と一緒に家庭科室に向かおうとすると、ももちゃんから呼び止められた。

 まあ、作らなきゃ、と言っても、まず材料がないからどうしようか、というところから始めなきゃなんだけどね……。


「当日班なんだけどさ」

「うん」

「緋凪から提案したいことがあるらしいんだけど」

「緋凪さん?」


 名前を出されて彼女の姿を探すと、教壇の近くで腰に手を当ててこちらを見据えている彼女と目が合った。

 そんな風に自然体でいる立ち姿がなんだかモデルみたいで妙に様になってるなあ、なんて場違いな感慨を抱く。何より、単に頷くだけではなく何かと意見を出してくれる彼女の存在がそろそろありがたく思えてくる頃合いでもあった。


「提案って?」

 少し声のボリュームを上げて本人に問うてみると、意外そうに片眉を上げた彼女がこちらに近寄ってくる。


「……提案ってか相談なんだけど……」

「うん」

「店のレイアウト考えるにしても、実際使う屋台の骨組みとかわからないとどうしようもなくね? っていう話」

「……ああ」


 当日班の方には、どういった飾りつけをするかといったところも含めてまず最初に店の外観を考えてもらうよう頼んである。

 けれど、たしかに実際にどういう大きさや形のものを使って骨組みを作るのかという根本的なところがわからないと、検討のしようもないかもしれない。


「うん。わかった。去年の文化祭の写真とか、生徒会の方でたぶん保管してあると思うから、それを貸してもらえないか頼んでみる。それでいいかな?」

「……あー、なるほど。実際組んでみるよりそっちの方が手っ取り早いか」

「組んでみようと思ってたの?」

「まあ、それしかないかと思ってた。九々葉って意外と頭回んのね」

「……え?」

「……じゃ、頼むわ」


 小さく手を上げた彼女が当日班の人が集まっている窓際の方へ戻っていく。

 その後ろ姿。長い赤茶色の髪から除く形のいい耳が赤く染まっている気がしたのはわたしの見間違いだろうか。ううん、たぶんきっと、そうじゃない。

 しばし呆然と彼女の後ろ姿を見つめていると、ぽつりとももちゃんがつぶやいた。


「あの女、腹割って話せば、意外と話わかるんだよね。考え方、合理的だし」

「……ももちゃん?」

「……藍ちゃんの真摯な姿勢が少しは響いたんじゃないかってこと」

「そうなのかな……」


 というより、初めから彼女に敵対されていると無意識的に考えていたわたしの認識が間違っていたような気がする。

 言葉は鋭く刺さったけれど、そう深い悪意も、彼女にはなかったのではないだろうか。


「まあ、話せばわかる奴はまだましだよ」

「他に、話してもわからない人がいるの?」

「さあてね」


 ぼやかすように言った彼女もまた作業に加わっていく。

 わたしは教室の隅で眠そうにあくびをかいていた斎藤君を呼びつけて、生徒会に言って去年の文化祭の写真を貸してもらってくるようにお願いした。




 家庭科室。


「え……、うちのクラスのだけない……」

「あ、うん、そうなの……。今朝美月ちゃんがみたときにはなくなってたって……」


 冷蔵庫を開けた料理班の面々が面食らっている。

 そういえば、その説明をきちんと行っていなかったな、と自分自身の連絡不足を反省した。


「どうするの……? これじゃあ、何も作れなくない?」

「……涼」


 やや呆然とした様子でつぶやく柏木さん――緋凪さんの友人、に対して答えるより先に、わたしは小さく彼の名を呼ぶ。

 冷蔵庫を囲む人垣の向こうで、なんだか興味なさげにぼうっと虚空を見つめていた涼は、その小さな声に反応して、わたしの方に焦点を合わせる。


「……なにか僕にできることある?」

「悪いんだけど、また買い出しに行ってきてくれる? 今度は自転車で」

「りょーかい」


 投げやりに答えた言葉とは裏腹に、家庭科室を出た涼が全力で走っていく足音が聞こえた。

 ……廊下を走ったらダメ。

 何を買うべきかをわかっていないとも思えないけど、一応、念のため、買うべき材料をメッセージで飛ばしておく。

 顔を上げると、班員のみんなの困惑顔が見て取れた。

 放っておいたら、なんとなく不毛なことになってしまう雰囲気を感じ取ったわたしは、誰かが口火を切る前に釘を刺しておくことにした。


「……どうしてなくなっちゃのか、とか、またしまっておいてなくなったらどうするの、とか、皆言いたいことはいろいろあると思うんだけど、買い出しに行った涼を待っている間、とりあえず、今はできることをしよう?」

「できることって?」

 かなちゃんがいつも通りの鋭い視線でわたしに問い、それにわたしは答えを返す。

「とりあえずは、みんなでメニューを考えよう?」

 こくりと幾人かが頷いてくれた。




 むしろ試作品を作る前にメニューの検討を済ましてしまう方が先だったかもしれない。

 意見を出し合って議論を交わすうち、取り組むべき順序を間違えていたことに気付いた。

 でなければ、無駄に材料を使い潰すだけで、あまり実際のメニュー作りには役立たなかったかもしれない。

 それに気づけたのも、材料が突如消えてなくなったからで、こういうのを怪我の功名と言うのだろうか。怪我の光明とも言える気がする。


「最近だとサラダ系とかあるけど……」

「ああいうのあたし無理だわー、生地が甘いのがもう……」

「生地焼くのだけでもけっこう大変だしさ。普通にデザート系だけでいいんじゃない?」

「まあねー」

「いくつぐらいメニュー作る?」

「五、六個あれば十分じゃね?」


 わたしが仕切りをするような余地もなく、いろいろな意見をみんなが出してくれる。

 まとめる必要があると思っても、やはり柏木さんが何かと要所で意見を統一してくれるので、特にわたしがやることはなかった。


「九々葉さん」


 女子の間で盛んにクレープ談議が花を咲かせる中、この場に残された唯一の男子日和君が、間に座っている絹川さんを挟んで、わたしに声をかけてくる。ちなみに、家庭科室のテーブルを囲むように腰を下ろした状態でアイデア出しを行っていて、わたしの右隣にはかなちゃん、その横に美月ちゃん、わたしの左隣には絹川さん、その向こうに日和君、テーブルを挟んで向かい側にそれ以外の料理班の五人の女子、という並びで話し合いを行っている。


「さっきの話を蒸し返すことにもなるんですけど」

「うん、なに?」

「相田君が買い出しに行って材料を調達してきてくれたとしても、今日の準備を終えて、また冷蔵庫に入れておいたら同じことになる可能性もありますよね? その分、無駄に経費がかかってしまうわけですし」

「たしかにそれはそうかもね」


 朝からその対策については考えていた。

 偶然にしても、誰かの意思にしても、再発の危険性がある以上、対策は打っておくべきだ。


「だから、毎回わたしが家に持って帰って、自分の家の冷蔵庫にしまっておこうかなって」

「え……、た、たしかにそれなら、誰の仕業にしても材料がないっていう状態は避けられるかもしれませんが……」

「毎朝、運ぶってけっこうつらくない? クレープの材料って言っても、果物とかそれなりに重いし……」


 日和君の言葉の先をわたしを挟んで反対側にいるかなちゃんが引き取った。


「って言っても、五日間だけだよ? それにわたしの家近いし。そんな負担にはならないと思うけど……」

「藍ちゃんの細腕にはきついんじゃないかなあ……」


 それとなくわたしの手を取り、手首の辺りを掴んでかなちゃんが言う。


「……じゃあ、わたしも運ぶの手伝おうっか?」

「……え?」

「は?」


 これまた反対側の絹川さんがぽつりとつぶやくように提案する。

 それにかなちゃんがドスの利いた低い声で反応した気がしたのは気のせいだろうか。


「えっと、絹川さんは家近いの?」

「徒歩二十分ぐらい?」

「そうなんだ……。わたしは五分くらいのところかな」

「めっちゃ近いね」

「うん、だから、朝はぎりぎりまで寝てられるよ」

「いいなー」

「徒歩ニ十分だって、十分近いと思うけど」

「まあ、そうね」

「……ほんとうに手伝ってくれるの?」

「うん。九々葉さん、めっちゃがんばってるし、応援したい」

「……ありがと」

「……っ」


 頭を下げてお礼を述べると、絹川さんが頬を赤く染めた。恥ずかし気に目を逸らす。感謝されることにあまり慣れていないだろうその反応は、ももちゃんみたいでちょっとかわいかった。


「……あのさあ」

「なに? かなちゃん」

「わたしもそれ行っていい?」

「……それ、って言うと?」

「だから、藍ちゃんのお家から材料運ぶの手伝うって話」

「……かなちゃんも家近いの?」

「近くはないけど、自転車で三十分ぐらいのところだから、手伝えるよ」

「でも、悪いし……」

「……絹川はよくて、わたしはだめなの?」

「ち、ちがうよっ! そういうんじゃなくて……!」


 慌てて言い募ろうとすると、絹川さんに先を遮られた。


「……二人いれば十分だと思うけど?」

「……は?」


 ぼそりと口にした言葉に、かなちゃんが敏感に反応する。

 わたしを挟んで、二人が睨み合うように目を合わせる。表情が明らかに険しかった。絹川さんの隣にいる日和君は苦笑いをしているし、かなちゃんの隣にいる美月ちゃんはあわわと口に手を当てている。

 ……なんだろう。なんでこの二人はこんなに敵意むき出しなの……?


「自転車で三十分ってけっこう遠いでしょ? 無理しなくていいよ」

「歩きで来たって大して役に立たないじゃん。わたし、かごつかえるから」

「なにその意味不明なアピール」


 睨みつけるような二人の視線は射抜くように鋭い。

 茶色がかった絹川さんの瞳はさながら殺気だった猫みたいに獰猛に見えるし、深い黒色をしたかなちゃんの瞳は冬の夜空のように冷え切っていて温度を感じられない。


「あ、あの……、二人とも……」

「……」

「……」


 無言で睨み合う二人になんて声をかけていいか悩む傍ら、早く涼が返ってこないかな、と待ち望む。

 けれど、自転車とは言っても、買い出しのお店は遠いので、もう少し時間はかかりそうだ。

 最終的に助け舟を出してくれたのは苦笑いを深めた日和君だった。


「交代でやったらいいんじゃないですか?」

「……あー」

「……んー」


 確かに、こんな風に顔を合わせれば二人が険悪な雰囲気を放出してしまうというのなら、その方がよっぽど都合がいいかもしれない。


「絹川さんも、かなちゃんも、そ、それでいい?」

「……まあ」

「それなら」


 恐る恐る尋ねると、どちらからも渋々と言った返事が返ってきて、わたしはほっと安堵した。


「九々葉さんって、けっこう女性に好かれるタイプなんですね」


 とつぶやいた日和君の声が聞こえて、わたしは小さく首を傾げた。

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