第3話
今日は、僕の小隊は一日待機。
つまり休養日だ。
団長のヘリオトロープ様は、いつも言う。
「休むことも任務だ」
だから今日は、少しだけ朝寝坊をした。
目を覚ますと、昨日残しておいたパンが目に入る。
「やっぱり残しておいてよかった」
少し硬くなっていたけれど、それでも十分おいしい。
昔から、この癖だけは治らない。
食べられる時に全部食べる勇気が、どうしても持てなかった。
パンを食べ終え、朝食をもらいに外へ出る。
「お、起きてきたか」
炊事担当の同僚が笑った。
「もう日は高いぞ。それでも今日は早い方だけどな」
そう言って、大盛りの皿を差し出してくる。
「ほら。今日は休みなんだから、しっかり食え」
「ありがとう」
こいつは昔から世話好きだ。
いつも少しだけ多めによそってくれる。
そんな小さな気遣いがうれしい。
第二騎士団には、こういう人間が多い。
だから好きなんだ。
休養日の過ごし方は、人それぞれだ。
剣を振る者。
昼寝をする者。
洗濯をする者。
腹を空かせた連中は森へ狩りに行き、肉を焼いて宴会を始める。
僕は、何もしない派だ。
ぼんやり仲間たちの話を聞きながら、ご飯を食べる。
それだけで十分幸せだった。
すると、不意に隣のテーブルが騒がしくなった。
「聞いたか?」
「何を?」
「第三騎士団が帰ってくるらしいぞ」
その一言で、思わず箸が止まった。
「え?もうか?」
「新聞に載ってた。予定よりずっと早く討伐を終えたらしい」
「相変わらず化け物だな」
「ウィスタリアの剣だぞ」
「第一騎士団でも真似できねえよ」
笑い混じりの会話。
だけど僕だけは笑えなかった。
第三騎士団。
その団長の名前を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなる。
クラレット。
赤い髪の幼なじみ。
勇者ごっこで、何度も勇者役を取り合った相手。
孤児院では、毎日のように一緒に遊んでいた。
あの頃は、ずっと一緒にいるものだと思っていた。
15歳で騎士団へ入るまでは。
だけど、僕には魔力がなかった。
だから剣しか磨けなかった。
一方でクラレットは違う。
剣。
魔法。
統率力。
すべてが飛び抜けていた。
第三騎士団が新しく創設され、その団長に選ばれた。
今では、ウィスタリア聖教国最強。
英雄。
誰もが憧れる存在だ。
「・・・・帰ってくるのか」
思わず、小さく呟いた。
もう一度。
前みたいに話ができたらいいな。
そう思う。
でも――
きっと無理だ。
僕は第二騎士団の平騎士。
向こうは国中の英雄。
帰還すれば王宮で祝勝会。
貴族たちが列を作って迎える。
もう、
「幼なじみだから」
なんて理由だけで会える相手じゃない。
「・・・・ずいぶん、遠い存在になったんだな」
誰にも聞こえない声で呟き、僕は冷めかけたスープを静かに口へ運んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2日後。
ぼく、クラレットは第三騎士団を率いてウィスタリア聖教国へ帰還した。
国内最大級の魔物討伐。
予定よりも早い帰還ということもあり、王都は大きな歓声に包まれていた。
そして、その夜。
王宮では第三騎士団の戦勝を祝う祝勝会が開かれることになった。
出席を許されたのは、第三騎士団の幹部、高位貴族、第一騎士団の団長と副団長のみ。
国都中心部。
王宮大広間。
大神官が長々と祝辞を述べている。
ぼくは笑顔を作りながら聞いていた。
・・・・
長い。
本当に長い。
ようやく祝辞が終わり、歓談が始まる。
ぼくは誰にも聞こえないよう、小さく息を吐いた。
「やっと終わった・・・・」
長い遠征。
大勢の魔物との戦い。
その方が、よほど気が楽だった。
ぼくが欲しいのは、こんな華やかな祝勝会じゃない。
会いたい人がいる。
赤い石をくれた、あの幼なじみに。
ホワイト。
今も第二騎士団で戦っていると聞いている。
無事だろうか。
怪我はしていないだろうか。
ちゃんと、ご飯は食べられているだろうか。
心配ばかりが浮かんでくる。
本当なら、今すぐここを抜け出して会いに行きたい。
だけど、それは許されない。
「クラレット団長」
また一組の貴族が声をかけてきた。
「このたびはご武勲、誠におめでとうございます」
夫人が優雅に一礼する。
隣では令嬢が頬を赤く染め、ぼくを見つめていた。
「ありがとうございます」
笑顔で返す。
けれど心はここにはない。
夫人は娘を一歩前へ出した。
「ぜひ今度、我が家にも――」
来た。
まただ。
遠征から帰るたびにこれだ。
派閥への誘い。
婚約の打診。
ぼくは女性への対応が得意じゃない。
曖昧な笑顔を返すことしかできず、内心では困り果てていた。
その時だった。
「クラレット」
聞き慣れた声がした。
第一騎士団団長、サンドベージュ。
その隣には、副団長ラベンダーが立っていた。
助かった。
ぼくはすぐに夫人へ頭を下げる。
「失礼いたします。騎士団同士で打ち合わせがありますので」
そう言って、その場を離れた。
大広間の隅まで来ると、大きく息を吐く。
「助かったよ」
思わず本音が漏れる。
「魔物退治より疲れる」
サンドベージュは吹き出した。
「そんなことを言うのはお前くらいだ」
「まあ、気持ちは分かるがな」
その隣でラベンダーが優しく笑う。
「クラレットくん、お疲れさま」
「怪我はなかった?」
「心配してたのよ」
「ありがとう」
自然と笑顔になる。
ラベンダーとは孤児院時代からの幼なじみだ。
そのせいで恋人同士だと噂されることもある。
もちろん違う。
ラベンダーには昔からずっと想い続けている人がいる。
ぼくも、それを知っている。
だから、お互い気楽に話せる。
少し雑談をしたあと、ぼくは時計へ目を向けた。
まだ終わらないのか。
早く終わってくれ。
休暇さえもらえれば、真っ先に第二騎士団へ向かう。
ホワイトに会いたい。
それだけだった。




