第2話
俺の名はヘリオトロープ。
ウィスタリア聖教国・第二騎士団団長を務めている。
夕日が森を赤く染め始めた頃、俺は空を見上げ、小さく息を吐いた。
――頃合いか。
夜の瘴気の森は危険だ。
魔物は活性化し、視界も利かなくなる。
戦果より、生還。
それが第二騎士団の鉄則だった。
「討伐はここまでとする」
俺の号令が森に響く。
「暗くなる前に撤収だ。しんがりは第五、第六、第七小隊。ほかの小隊は訓練通り撤退を開始しろ」
「了解!」
返事が重なる。
誰一人慌てない。
誰一人勝手に動かない。
長年積み重ねてきた訓練の成果だった。
魔物を倒すことより、生きて帰ること。
それを何より優先する。
第二騎士団はそういう部隊だ。
やがて最後尾を務めた小隊も戻ってきた。
俺は人数を確認する。
一人。
二人。
三人――
全員いる。
「・・・・よし」
胸の奥に詰まっていたものが、ようやくほどけた。
今日も、全員生きて帰ってきた。
それだけで十分だった。
俺は団長になってから、この瞬間だけは何度味わっても慣れない。
野営地へ戻ると、団員たちは鎧を外し、夕食の支度を始めていた。
鍋から立ち上る湯気。
肉を焼く匂い。
笑い声。
疲れ切った兵士たちの顔に、少しずつ笑顔が戻っていく。
その様子を見て、ようやく俺も肩の力を抜いた。
「今日も重傷者なし、か」
思わず笑みがこぼれる。
それが何よりうれしい。
王宮では、今日何体魔物を討伐したか。
予定より何日遅れているか。
そんな報告ばかり求められる。
だが、俺が見ているものは違う。
大事なのは、何体倒したかじゃない。
何人生きて帰ってきたかだ。
期限など、どうでもいい。
死人が出れば、その団員の時間はそこで止まるのだ。
だから俺は、団長になった日から決めている。
勝つことより、帰ること。
それが第二騎士団だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕は満腹のまま、自分のテントへ戻った。
「今日のシチュー、おいしかったな」
毛布へ潜り込みながら、思わず笑みがこぼれる。
第二騎士団では、遠征中でも腹いっぱい食べさせてもらえる。
足りない分は、自分たちで狩りをする。
ウサギ。
シカ。
野鳥。
時には川魚。
町から食料を奪うことだけは、絶対にしない。
それが第二騎士団だった。
「腹いっぱい食べろ」
「生きて帰れ」
団長はいつもそう言う。
そんな当たり前の言葉が、僕には何よりうれしかった。
養父母の家では違った。
食事は最低限。
殴られ、働かされ、生きているだけだった。
だから15歳で第二騎士団へ配属された時、初めて思った。
ここなら、生きていける。
ここなら、笑える。
ここなら――
家族として、生きていける。
目を閉じる。
外では仲間たちの笑い声が聞こえていた。
心地いい。
僕は安心して眠りについた。




