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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第三章 天空都市でメイドに就職して頑張ります

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82.お好み焼き

 簡易ドアがスーッと開き、今度は年配の男性がワゴンを押して入ってきた。

 三人の前にそれぞれお好み焼きの鉄板皿が置かれる。

「こちらはお好み焼きという料理です」

 男性はそう言うと、ウスターソースに近いようなさらりとしたソースを刷毛で塗り、ヘラで縦横に切れ目を入れてくれた。


 食べてごらんとパウルに言われ、萌香は小さなヘラで一口大のお好み焼きを口に入れる。当たり前のように慣れた動きで珍妙なカトラリーを使う萌香を、アルバート達がじっと見ていることには気付かなかった。

「おいしいです!」

 懐かしい味。本物のお好み焼きだ!

 目を輝かせた萌香に、男性はニコニコと笑う。

 パウルがここの店主のクライフ・カイ氏だと教えてくれ、萌香は会釈した。日本人ぽい感じの男性だ。六十代後半くらいだろうか? 日に焼けて髪は真っ白で深いしわもあるが、姿勢がよく体もがっちりした感じで若々しい。

 もしかしたら日本から来たアウトランダーの子孫かと思うと親近感がわいた。

「シーフードミックスですね。生地がふんわりカリッとしてて、すごくおいしいです!」


 ――それにしてもびっくり。お好み焼きが食べられるとは夢にも思わなかったわ。具はキャベツとシーフードかな。本当に美味しい! ううっ、お出汁とソース、分けてほしい。どこに売ってるんだろう。


「あとはマヨネーズがあれば完璧なのに」

 ボソッと独り言つ。

 萌香の叔父は、自称「関西と沖縄のハイブリッド」という関西出身者だ。

 お母さんが兵庫で、お父さんが沖縄出身ということで、かなり顔も性格も濃い。叔母と並ぶとまさに美女と野獣!

 今は埼玉在住だが、遊びに行くといつもたこ焼きやお好み焼きを作ってくれたし、萌香自身粉物は大好きだった。


 そんなことを懐かしく思い出していると、ふとパウルたちがカイのほうを見ていることに気付く。萌香も見てみると、カイは目を見開いて萌香を凝視していた。

「あの?」

 なにか? と、問おうした萌香の手を男は突然ガシッと握り、

「そう! マヨネーズだよ! マヨネーズ、ほしいよな! おねえちゃん、わかってるなぁ」

 と破顔するので、萌香は唖然として目をぱちくりとさせる。


 ――えーっと、ヘラを持ったままだからソースが手につきますよって、言ってもいいのかな?


 首を傾げると、アルバートがそっとカイの手を離し、

「何か思い出されましたか?」

 と言った。

 不思議に思ってアルバートを見ると、カイは記憶がないが、もしかしたらアウトランダーかもしれないのだと教えてくれるのでビックリする。

「もしかして日本人ですか? 大阪の方?」

 店の名前から短絡的に萌香が訊くと、カイは一瞬眉を寄せて萌香を見た。

「にほん……?」


 そう呟いたあと

「えー、あー……。次のを用意してきますね」

 と一礼して部屋を出ていく。そんなカイを見送り、萌香は呆然とした。

「私以外にも、いたんですね……」

 それも日本人なんて。


「彼は四十年近く前に現れたらしい。ただ、以前はヒィド(下民)に近い町のギートゥ(中流階級者)にいたことと、妙に町に馴染んでたらしいことで報告が上がらなかったらしい。彼の妻の一族が作るソースはバーディアの特産なんだが、この変わった料理が出ても特に目立たなかったみたいなんだ」

 そう言ってパウルはパクっとお好み焼きを口に放り込む。

「やっぱりうまいな、これ」

「あの男は、萌香の国の人間だった可能性が高いか?」

 アルバートがそう訊くので頷く。


「はい。お好み焼きは日本の料理です。お店の名前もオーサカ屋だから、大阪という町の出身なのかもしれません」

 四十年も前に、萌香の知る日本から来たかもしれない男性。

 そのことにドキドキした。

 自分が呼ばれた理由の一つはこれかと納得もする。


 しばらく大阪について話しながら食べ進めると、食べ終わったころを見計らったように今度は麺料理が運ばれてきた。「焼きそばです」といわれたが、雰囲気としては細めの麺のソース味の焼うどんといった感じだ。ただしこちらの麺は短いものが一般的にもかかわらず、萌香の前に置かれた小皿の麺は、ふつうに見慣れた長さに見えた。白身がカリッと焼けた黄身が半熟の目玉焼きが乗っていて、すでに腹八分目状態だったはずの萌香の喉がこくりとなる。

 ヘラで黄身が割られ、とろりと麺に絡むさまは凶悪においしそうだ。

「おねえちゃんには、こっちのほうが食べやすいんじゃねえかな」

 そう言ってカイが差し出したのは箸だ!


「はい! ありがとうございます!」

 大きめのスプーンですくうように麺類を食べるのではなく、箸で食べられる!

 久々の箸で焼うどんのような焼きそばを食べると、思った通り

「おいしい!」

「うんうん。そうやろ、うまいやろ。うまそうに食べてもらえると俺も嬉しいわ。あ、兄ちゃんたちも食ってくれな」


 萌香の使う箸を興味津々で見つつも、アルバート達が大きなスプーンで短い麺の焼きそばを食べる。スプーンと言っても、先のほうが割れてフォークのようになっている変わった形のものだ。

 パウルが「うう、酒がほしい」と呟き、アルバートも小さく頷いたので萌香は思わず吹き出した。


 ――焼うどん、もとい焼きそばってお酒に合うのかな?


 カイから酒もあるぞと言われるものの、「また今度」と二人は断る。そう、一応仕事なのだ。


 食事が終わるころ、店はもう閉めたということでカイが妻と息子を伴ってやってきた。息子は入店したときに案内してくれた男性だ。


「閉店が早いんですね」

 萌香にとってここでの夜の外食は初めてだが、アルコールも出す店としては早すぎるのではないだろうか。まだ八時にもなってないのだ。

「今日はもともと早く閉める予定だったんですよ」

 カイの妻メリがにこやかにそう教えてくれる。そのどこか懐かしい面差しに、萌香はほっと肩の力が抜けるのを感じた。知っている誰かに久々に再会したような気分だ。


 食器が片付けられ、かわりにお茶が用意される。

 そのお茶を飲みながら、メリがカイについて話しだした。


「そろそろ四十年になるでしょうか。私の兄が亡くなったんです。埋葬が終わり一人で泣いていたところ、彼を見つけました」


 墓場のある丘の向こう。林の木に紛れるように倒れたカイは、近所では見たことがないほどきれいな格好をしていたという。だが高熱を出し意識の戻らない青年をメリをはじめとする村人たちが保護したのは、カイの身分がそこそこ高そうだと思ったこともあるが、どこか見捨てておけない雰囲気を持っていたからだと言う。

「高熱が下がらないまま三日がたち、もしや悪い病を持ってきたのでは……そう囁くものも現れました。でも四日目、何事もなかったようにケロッと目を覚ましたのです。――ただ、彼は何も覚えてはいませんでした」

 メリが優しい目でカイを見ると、彼は深く頷く。

「いやあ、目が覚めても自分がどこにいるのかはもちろん、名前も年も分からんかったんですから驚きでした」

 改まった口調で、遠くを見るようにカイはそう言って一口お茶を飲んだ。


 「迷子」を保護したと届け出も出した。

 いい服を着ていたからすぐに身元が分かるだろうと思ったが、何の情報も得られない。

 さぞや不安だろうと思う人々をよそに、カイはまるで昔からそこにいたかのように村に馴染んでしまった。

 まもなく彼が作るようになったお好み焼きと焼きそばは、村特産のソースともよく合い、自然と人々に広がっていった。


「カイというお名前は?」

 萌香が尋ねると、それは亡くなった兄の名前だと言う。ただカイ本人が、「すごくしっくりくる」というのでそのままになったのだと。

 やがてメリと所帯を持ち、女の子と男の子二人をもうけ平穏に暮らしてきたという。


「それがちょうど三か月ほど前でしょうか。突然夫が『あ、俺、カイだわ』と言い出したんです」

 苦笑いのような表情でメリが言うと、カイはニカッと笑った。

「突然降ってくるみたいに自分の名前を思い出したんですよ。自分の名前は熊本(かい)だってね。大阪で生まれ育ったのに名字は熊本というね」

 一人笑うカイに、萌香だけクスリと笑う。

「天草ですか?」

 誘われている気がしたのでつい突っ込んでみると、彼は我が意を得たりとばかりにニヤリとした。

「そうやねん。この肘のあたりにムツゴローがにょこにょこっと顔を出してな……って、うわぁ、懐かしいわぁ、この感じ」

 カイにぶんぶんと手を振るように握手をされ萌香はクスクス笑うが、アルバート達はキョトンとしてるので余計におかしくなる。


「す、すみません。私もなんだか叔父と話してるみたいで懐かしくて」

「へえ、おじさん関西なん?」

 面白そうに目を輝かせているカイは、すっかり言葉が砕けている。

「はい。今は埼玉ですけど、幼稚園から高校までは兵庫に住んでたらしいです」

「兵庫のどこ?」

「尼崎ってご存知ですか?」

「尼崎か! 勿論知ってるわ。俺、一時期伊丹に住んでたんだ。なっつかしいな!」


 つい盛り上がっていたところ、パウルが「いったん話を戻そうか」と間に入った。


「じゃあ、記憶が戻ったのは最近なんですね?」

 パウルが改めて聞くと、カイはそうだと言った。とはいえ、四十年も前なのでかなり記憶もおぼろげだと苦笑したが、萌香と話したことでそれも鮮やかによみがえってきたと嬉しそうだ。

 ここで目が覚めてカイという名前になじみがあったこと、ソースを口にしてお好み焼きを、次に焼きそば思い出したたこと。あとはメリがカイの好みにドストライクだったことを楽し気に教えてくれる。

「今思うとメリは木之元麻衣に似てたんだよ。うんうん、超絶美少女ってやつやねんな」

 その言葉に萌香はドキリとしたものの、薄々気づいていたので動揺を表には出さずに済んだ。

 カイは、萌香の同級生である木之元麻衣がデビューしたときからのファンなのだそうだ。

注)カイ氏の関西弁が怪しいのは、萌香の翻訳機能のせいということにしてくださいm(__)m

余談ですが、ヘラはコテのほうがいいのかと思いつつ、萌香が東京出身なのでヘラにしておきます。

次は「異世界転移したらまずマヨネーズでしょう」です。

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