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目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道がわかりません  作者: 相内 充希
第三章 天空都市でメイドに就職して頑張ります

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80.大きな力に

 八月も半ば。

 萌香はラピュータの東にあるミモリ家にいた。


「もえかぁ、まだあそぶのぉ!」

「いっちゃ、やーだ!」


 べそをかいた顔で必死に手を伸ばす幼児たちに、萌香は目を細める。

 まだここに来て四日間だが、とっても懐いてくれたこの子たちはアルバートの姉、ミモリ・カルラの子だ。子守り兼教育係のメイドが体調を崩して休暇中の上、カルラも夏風邪をひいて寝込んでしまったので、クリステルに救援要請が入ったのだ。元々九月から一ヶ月だけ手伝いに行けるかと聞かれていた萌香だったが、少し前倒しで出張に入ることになったのである。

「また明日来ますよ。それまでいい子にできますか?」

 かがみこんで視線を合わせると、お兄ちゃんで三歳のロヴィーは唇をキュッと結んでこっくりと頷き、二歳のマルクは親指をしゃぶったまま目に涙を浮かべている。


 ――ううっ、可愛い!


 ここが日本で、かつこの子たちが身内なら、むぎゅっと抱きしめているところだ。さすがに日本ではない上、これは仕事なので控えるが、正直身もだえするほど可愛い。

 初日はかなりてこずったものの、体力勝負で遊び倒したことが功を為したようで、今ではべったりである。


「ロヴィー、マルク。あまり萌香を困らせてはダメよ」

 さっと二人まとめて抱き上げたカルラは、ごめんねと言うように苦笑した。もうすっかり熱も下がっているが、出産間際の妊婦だ。幼児二人の相手は大変だろう。

「すみません」

 ここに来てから三日間は泊まり込みだったのだが、今日は今から出かけるため、一度ダン家に戻ることになっている。元々は通いの予定だったのだが、状況的に泊まりが無難と判断したため、かなりの超過労働だったのだ。本当なら明日明後日は休暇をもらえるところだが、カルラの夫の仕事にトラブルがあり、今夜は戻ってくるものの明日も仕事。ということで萌香も休日を返上することにした。

 こういうことに苦に感じないのは子どもたちの愛らしさと、萌香の日本人的気質のせいかもしれない。代わりに来週五日も休みをくれるとあって慌てたくらいだ。メイドとはいえ、階級のせいかかなり優遇されているように思う。


 その時執事が客が来たことを告げ、間を開けずのそりと大柄な男性とアルバートが入ってきた。

「すまない、少し早く着いたみたいだな」

 大柄な男性がまだメイド姿のままの萌香を見て頭の後ろをかいた。事実迎えに来るという約束の時間までは、まだあと三十分ちょっとあった。


「うちの子たちが萌香を離さなくて。ごめんなさいね、萌香。支度してきて」

「はい」

 あわてて一礼をして、あてがわれている部屋に駆け込む。


 ――びっくりした。


 アルバートと会うのは、ほぼ一か月ぶりだ。

 まだ一言も話してないが、目があった瞬間、一瞬だけふわっと目元だけで微笑まれた。不意打ちすぎて心臓がうるさく騒ぐ。

「今日はお仕事だからね。うん」

 自分に言い聞かせ、頬に集まった熱を冷ました。

「結婚だの恋人だのは、アルバートさんの中ではもうなかったことになってるはず……よね?」

 間違いなく、この一か月でしっかり冷静になっていることだろう。毎日送ってくれるカードにだって、書かれているのは日常のちょっとしたことだ。

 だからほかの人の前でこんなことにならないよう、気を付けて仮面をかぶる。

 今日は「アウトランダーの萌香」として、異変調査員であるアルバートとその上司の方と話をすることになっているのだ。名前は確か、オース・パウルだったか。


 すぐに着替えたいところだが、超特急でシャワーを浴びることにした。あてがわれた部屋はこじんまりとしているが、シャワーがあるのがありがたかった。


 ――子どもたちと遊んでいたから、ぜったい汗臭いもんね。


 待たせる気はないけれど、約束の時間までなら許されるはず。

 着替えもメイクも超特急だが、元々身支度は早い。ガッツリメイクをするつもりもないので、ささっと最低限のメイクをし、髪をハーフアップに整えてアルバート達の元に戻った。時間ぴったりだ。


「すみません、お待たせしまし……た?」

 部屋には予想外の光景が広がっていた。

 ロヴィーはパウル性に肩車されて大はしゃぎしており、マルクはアルバートに高い高いをされて笑いが止まらないといった感じだ。


 ――さすが男の人の遊び方はダイナミックねぇ。


 天井が高いからできることとはいえ、萌香が同じことをするより、高さも力強さも段違いだろう。二人とも萌香に行くなとぐずってたことをすっかり忘れているように見え、萌香はクスッと笑った。


「おじちゃん、もっと!」


 舌足らずにアルバートに手を伸ばすマルクに噴き出しそうになり、萌香は慌てて横を向いた。たしかにマルクにとってアルバートは叔父だ。間違ってはいないが、なんだかめちゃくちゃおかしい。


「ん、また明日な。いい子に待てるか?」

 最後にポンと放り投げてキャッチするという荒業の後、アルバートはマルクの頭をガシガシ撫でた。

「うん、ぼくいい子」

「よし、えらいな」


 パウルのほうもロヴィーを下ろす。頭をガシガシ撫でまわされてロヴィーも嬉しそうだ。カルラもニコニコとそれを見ていることに気付き、そういえば彼も遠い親戚だと言っていたことを思い出した。

 

「じゃあ行くか」

 大股で萌香のほうにやってきたパウルが、突然ひょいっと萌香を抱き上げる。まるで高い高いをするような勢いだが、突然急に持ち上げられたことで萌香は「ひっ」と息を飲み真っ青になった。

 子どもたちが萌香も高い高いされているとはしゃいだことにも気づかず、恐怖に硬直する。

 大きな力に急に引き上げられる感覚。

 それは萌香が一番怖いことで――。

 何か記憶の奥に引っかかったものが見えそうだったが、気が遠くなる寸前に床に足がつく。アルバートが「やめてください」と萌香を抱き下ろしたのだ。だが萌香はそれに気づかず、命綱のようにアルバートにしがみついて小刻みに震えた。


「萌香、大丈夫か」

「げっ、真っ青じゃないか。いや、すまん」

「パウルさん、何してるのよ! 萌香は小さな子どもじゃないのよ」

「いや、軽そうだったんでつい」


 そんな会話も耳に入らない萌香の背中を、アルバートがあやすようにぽんぽんと叩き「大丈夫だ」と繰り返す。子どもたちがキョトンと見上げる中、萌香はようやく落ち着いて目を開けた。左のほうへ目をあげると、パウルが申し訳なさそうにこちらをのぞき込んでいるのが見え、急にデジャブに襲われた。

「ごめんな。大丈夫か?」

 少しかがんで目線を合わせるパウルの顔を見、次にツンツンしたその髪を見、萌香は微かに首を傾げた。

「……肩車……ウー兄さま?」

 自分でも無意識でこぼれた言葉に、萌香自身驚いて口元に手を当てる。

 ウー兄さまって何?


 突如、頭の奥のほうでベールがはがれるように思い出が浮かび上がる。

 まだ三歳か四歳くらいの頃、肩車をしてくれるお兄さんがいた。周りの子が肩車を喜んでいるので萌香もねだるものの、実際に肩に載せられると怖くて泣いてしまった。そんな萌香を助けてくれた小さい方のお兄さんが大好きで、金魚の糞のようについて回っていた……。


 ――あれはトムお兄様じゃない。あの頃のお兄様は少しやんちゃでちょっぴり意地悪で……。


 ふっと、アルバートにしがみついたままだったことに気づき慌てて離れる。

「ご、ごめんなさい」

 恥ずかしさと混乱で頬を手で押さえると、パウルが「エリカ?」といぶかしげにつぶやくのが聞こえ、目をあげる。視線がぶつかるとパウルはニッと笑った。

「パウルお兄様、だろ? なんだ、エリカのほうだったのか?」

 いやぁ、忘れてたな。そうだそうだ、昔こんなことがあったなとパウルが笑い、カルラも「そう言えば」と懐かしそうに笑った。


「エリカ?」

 アルバートが訝しげな表情でつぶやくが、「時間だ、早く行こう」とパウルにせかされ、とりあえず萌香たちは出かけることにした。


   ◆


 今日の移動は自動車だった。

 アルバートが車のハンドルを握ってるのが不思議な感じで、後部座席から見ているとミラー越しに笑われる。

「自動車なら平気なんだろう?」

「あ、はい」


 バイクではないのは萌香のためではないと思うが、アルバートの運転は滑らかで安心感がある。こちらの自動車は、宙に浮くせいか振動がなくて乗り心地がいい。それとも運転手によって変わるのだろうか?


 店の駐車場につくと、萌香はジッとドアを開けてもらうのを待った。

 後部座席に乗った時は、自分でドアを開けないのがマナーなのだが、いまだに慣れないことの一つだ。

 なぜか助手席にいたパウルではなくアルバートがドアを開けてくれ、降りるのに手を貸してくれる。差し出された手を握るのは……


 ――お嬢様みたいで慣れないわ。いや、今はお嬢様なんだけど。そうなんだけど。やっぱり恥ずかしいのよ!


 心の中で葛藤しつつ、「ありがとうございます」と微笑んだ。

 右手をアルバートに預けたまま店を見て、思わず目を見開く。建物自体は普通だ。ラピュータによくある明るい茶色の壁のヨーロッパチックな建物。だがその入り口には紺色の暖簾がかかっていて、こちらの文字で「オーサカ屋」と書かれているのだ。

 ドキドキしながらドアをくぐると、懐かしい甘辛いソースの匂いがして、思わず口の中につばがあふれる。席は普通のテーブルだが、お客さんの元に運ばれる皿は鉄板で、あれはどう見ても「お好み焼き」だった。


「いらっしゃいませ。ご予約のオース様ですね。奥のお席にどうぞ」

 ねじり鉢巻きをした三十歳くらいの男性に声をかけられ、奥の席に通される。そこは簡単な個室のような作りになっていた。

 引いてくれた椅子に萌香が腰を掛けると、アルバートとパウルが向かい側に並んで腰かける。萌香は目だけでキョロキョロ周りを見渡した。


 ――うん、おしゃれなお好み焼き屋さんって感じだわ! えっ、なに? 昔のアウトランダーが残したとか、そんな感じ?


 思ってもみなかった店にドキドキし、懐かしさと美味しそうな匂いにワクワクする。

 メニューはお任せだが、もしかしたら日替わりか一品だけなのかもしれない。


「エリカ、気に入ったか?」

 パウルがニンマリ笑って声をかけるので、萌香はにっこり笑った。

「はい、楽しみです。珍しいお店ですね?」

「先週開店したばかりなんだよ。ちょうど今いる調査地区にここの本店があってね、祝いもかねて食べに来たんだ」

「そうなんですね」

 はじめにお茶と、野菜を使ったつまみのような料理の小皿が運ばれてくる。料理(メイン)は出来上がりに時間がかかるということで、いったん部屋のドアが閉じられた。


「萌香?」

「はい」

 少し不思議そうな声のアルバートに返事をすると、彼は少し首を傾げ「もう大丈夫か?」と気遣ってくれる。それにパウルが再び謝罪の言葉を述べ、萌香にエリカなのか萌香なのか尋ねてきた。

 こんなに早くこの話題になると思ってなかった萌香は少し目を伏せた後微笑む。

「どちらも正解です」


 まだこのことは、萌香の家族とクリステルしか知らない。カルラにも、萌香はエリカの仕事用の名前だと説明してある。

 アルバートには自分から伝えるつもりだったが、パウルはアウトランダーのプロでアルバートの上司だ。話しても問題ないと聞いていたので、萌香はそっと深呼吸をした。

「私はイチジョー・エリカで、同時に恵里萌香です」

 そして、さっきエリカの記憶が蘇ったことで、少しだけ地に足がついたような気がする。

「アルバートさん。もう、絵梨花のことは探さないでください。――私が、エリカです」

ショックで幼いころの記憶が少し戻った萌香でした。

次は「はじめましてから始めよう」です。

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