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物語が始まった 番外編  作者: TYOUKO
紅玉の章

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14/35

守護者の帰還

 

 その日は朝から慌ただしかった。

 日の出と共に診療所で働き始めるために少し早めに到着したルーベラは怪我人が次々に運び込まれくるのを見て少し戸惑う。

 夜のうちに東の都市から南に向かった隊の者が西の都市に情報を持ち帰ると共に負傷した者たちも運び込まれてきていたのだ。

 作業の合間に、交わされる会話を聞きながらルーベラも事態を把握し始める。

 どうやらリガトルの軍は想像以上に大きく、東から向かった兵士の中の一部の者たちは最初に戦った隊の様子を見て早々に敵う相手ではないと判断したらしい。隙を見てこの都市を目指して撤退を始めたようだった。

 今朝早くからこの都市の南側ではその情報を受けて、まだ生き残っているかもしれないと思われる部隊のための加勢にと出陣部隊が用意を整え、出て行く合図を既に待っている状態なのだとか。

「ザイラ、この患者の世話はしばらく変わりますから君はルーベラと一緒に朝食をとってきなさい」

 アルフォンスの言葉にルーベラが顔を上げてザイラの腕を掴む。

「ほら、ザイラ、行きますよ! あたしお腹空きました」

 アルフォンスの言葉を聞いてルーベラは、はたといつもならもうとっくに朝食のための休憩を済ませている時間であることに気づいてちょっと焦った。

 ちらりとアルフォンスの方に目をやると、こんな忙しい事態だというのに「行っておいで」と優しく目配せされる。

 ザイラのもう片方の手は意識のない患者の額に浮かぶ汗を拭っておりその患者は運び込まれた時の大きな傷を衛生兵に手際よく縫合されているところだ。

「あ、うん。……分かったわ」

 ザイラがルーベラの言葉に顔を上げ小さく笑う。

 今日は朝から大怪我をした人が立て続けに運び込まれていたのでついそれに集中し過ぎて朝食のための休憩時間はいつもより遅れていたのだ。

 それでも休憩は大切。きちんと休憩をとることで仕事の効率を上げるというのが責任者でもあるアルフォンスの考え方だった。


「……ルビィ、あんなの見た後でもちゃんと食べられるようになったのね」

 ザイラがルーベラの持ってきたサンドイッチを食べながら微笑んだ。

 ここに詰めっぱなしのザイラの朝食は彼女の行きつけの食堂で、ルーベラが自分の分と一緒に買ってくるようにしていた。

 そもそもこうやって一緒に食べる口実を作らなければザイラは食事のための休憩さえとらないのでルーベラは家で食べてくる事をあえて放棄して朝食を持ち込むことにしたのだ。

「あはは。そうですね。もう慣れちゃいました」

 ここに来たばかりの数日間は、傷を負った人たちの処置を見た後に食事なんかできそうもないと思っていたものだったが……気づくとこうやって普通に食事ができるようになっている。

 というより、食べておかなければ体が持たないのだが。

 医務室の棟と呼ばれている建物を出て、その入り口の階段に腰を下ろして休憩しているのは今のところ二人だけだ。

 普段から皆、手の空いた者からタイミングを見計らって休憩をしていた。患者の様子が刻一刻と変化し、いつどこから怪我人が担ぎ込まれるかわからない現状では決まった時間に休憩を取ることがほぼ不可能なのだ。

 こんな場所ではせめて都市の中の出陣の慌ただしさから切り離して患者さんたちに安心感を与えてあげたいな、なんてルーベラは思う。

 それと同時に、戦いに出て行く友人を思い、神妙な気持ちにもなっていた。

「そういえばルビィ、あなたの部屋ってリョウのいた部屋なのね」

「……へ?」

 思いがけないザイラの明るい声に、ルーベラが顔を上げる。

「……あ、そうか。知らないわよね。えーと」

守護者(ガーディアン)のリョウさん! ここの二級騎士だった!」

 説明しようと考え込んだザイラの隙をついてルーベラが口を挟む。

 そういえば、ここに来てから聞いていた幾つかの情報をつなぎ合わせると、たぶんそういうことになりそうだったのだ。

「そう! あら、よく知ってたわね!」

 ザイラが口元に笑みを作った。

「勘です! 隊長からも少し聞きかじってたし……ザイラはその守護者(ガーディアン)とはお知り合いですか?」

「ふふふ……お知り合いどころか! 彼女、あたしの親友よ」

 満面の笑みで答えるザイラにルーベラの視線が釘付けになる。

 なんて誇らしげな、素敵な笑顔なんだろう。

「いいですね! 守護者(ガーディアン)が親友なんて素敵!……あれ? じゃあザイラってレンブラントともお知り合いだったり、しますか?」

「え?ええええええええええ!」

 ここで再び思いがけない名前を聞くザイラが驚いて仰け反るのは言うまでもないことで。

 ルーベラは、レンブラントと知り合った経緯を話さざるをえなくなる。

 これはきっと、ザイラの気遣いなんだろうな。

 なんて思いながら。

 こんな風に怪我人ばかりを見ていると戦いの凄惨さを思い知らさる。ただでさえ明るい気持ちを維持するのは難しいのだ。それならいっそ自分が戦いに出かけてしまいたいと思ってしまうくらいだ。

 そこに持ってきて、敵の軍の強さがはっきりした今。

 これから出陣する者たちの武運を願うこと自体が、とても刹那的な気持ちにさせる。

 それを見抜いたザイラが、ここでの仕事を続けられるように明るい気持ちにさせてくれている。そんな気がした。

 しばしの休憩を経て。

 雑談に花を咲かせた二人は思いの外長く時間を取ってしまったことに気づいて慌てて医務室の棟に戻る。

 ほんの少しの間いなかっただけでも状況は変わっていたりするのだ。

 ルーベラは手近のベッドで苦しげにうめき声をあげている者の苦痛を和らげるために出来ることをしようと駆け寄り、ザイラも奥のベッドで休んでいる先ほど傷を処置していた者の様子を見にいく。

 その間にも部屋の中は少しづつ騒がしくなってきており、どうやら運び込まれた者の数がベッド数を超えてしまったようだ。

「アル! 患者の数が多すぎて収容しきれない! 軽傷者は自宅に帰らせるか?」

「バカなこと言わないでください! ここでいう軽傷者は一般レベルの軽傷者じゃない! 二階の資料室を使いなさい。今役立ちそうにない資料は給食部門に持って行って焚き付けにでも使って貰えばいい」

 そんなやり取りが飛び交う。

 この駐屯所に三つある建物はすでに一階部分は患者の収容のために使われているのだ。

 怪我人が上の階に上がることの困難さから二階と三階はまだほとんど以前のままに使われていたり一階にあった物を運び込んでいたりもしていた。

 二階の資料室を空けるようにとの指示が出たことを考えると……その不要な資料を運び出すのに人手が必要よね。

 なんて考えて立ち上がったルーベラの耳に。

「アル! お客さんです!」

 なんて声が耳に入る。

 ……声の主は。

 あ、知ってる。シン、とかいう若者だ。騎士でありながら医学の知識もあって衛生兵から頼りにされている子。……でも、なんかちょっと抜けているというか……たまにその発言に肩透かしを食らう子だ。だいたい、こんな事態において「お客さんです」は無いわよねぇ……。

 なんて思いながらルーベラが苦笑していると、やはりアルフォンスが怒ったような返事を返しているのが耳に入る。

 と。

「お客って……守護者(ガーディアン)のリョウさんです!」

 そんなシンの一声にルーベラが思いっきり顔を上げる。

 視線の先に、背中まで伸ばした黒髪を揺らしながら歩いて行く一人の女の後ろ姿が目に入る。

 髪を束ねていないので騎士ではないのだろうとすぐにわかるが、服装そのものは騎士を思わせる。

 深みのあるえんじ色の上着は戦闘の実用性に優れているように見えるが、簡素でありながらも品のいい縁飾りがあり身分のある者であるかのように見える。そして腰には剣を差していることからもその女がたった今まで戦闘に加わっていたことがうかがえる。

 そんなことを観察しながら見守るルーベラの視線の先で彼女はアルフォンスの方向に向かって勢いよく歩いて行き、顔を上げたアルフォンスが驚いたように立ち上がった。

 ルーベラの居る場所まで二人のやりとりは聞こえないのだが、しばらくの後、すぐ近くで作業をしていたザイラが立ち上がり会話に加わる。


 ふと見ると、周りの何人かの衛生兵や、警護の騎士たちも作業の合間にチラチラと目を向けているのがわかる。

 それを見て。

 ……近くまで行って挨拶したいなぁ、なんて調子のいいことを考えてるのは自分だけでは無かった……!ということにルーベラが気づき、それと同時に今はそんな時ではない、と気持ちを引き締めて作業に専念しようとした矢先。


 警笛が鳴った。


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