第四十五話 『因縁』
「済まない……まさかこんなに強敵だなんて思わなかったよ」
肩で呼吸するフーリエは、前に並び立つ三人に支援魔法を掛けるべく杖を上げようとすると、フレリアの手に杖を止められる。
「その魔法はあとに来る三人に掛けてちょうだい。今からあの二人と戦うのに、そんなの見逃してくれないでしょ?」
「……そうだね、分かったよ」
杖を控えるも、フーリエには女性との面識は無かった。それなのに彼女から放たれた雰囲気にはえもいわれぬ重圧感を感じていた。
――あの人は一体誰なんだ?
見たことのない人物にフーリエの目が細くなる。その正体を見定めようとチェックカーソルを合わせるも、見知らぬ女性の情報が何一つ現れない。プレイヤーにせよNPCにせよ、何かしらの情報は見えるものなのに。
「何も分からない……そんなことどうして?」
フーリエはゲームとしてのシステムで知ることができない女性の後ろ姿を目に焼き付けていた。どこから助っ人に来たかは分からなくても後々聞けば良いことだ。
前に立つ三人が剣を構える。それを見た少年はケラケラと両腕を広げて高らかに笑った。
「何だい何だい、女三人でボクらを倒そうってかい? ばっかだねぇ、ひ弱な女がこの大魔導師の『トリトン』をどうやって……」
トリトンと名乗った黒衣の少年の言葉はそこで途切れる。少年の胸には細身の刀身、そして目の前にいたのは黒の猫耳を持ち対を成すかのような白いコートを纏った女性だった。
「話、長すぎにゃ。嘗めてかかるくらいにゃら……とっとと……」
「殺してしまえ……かな?」
「にゃっ!?」
エレノアが突き刺したはずだったトリトンが巨漢の後方、三メートルに立っている。目を細めてトリトンだったものに視線を戻すと、そこには木偶人形が立っているだけ……
「全く、地属性の使い手かにゃ。メンドーな魔法を使ってくるもんだにゃ」
一息に剣を引き抜くと、人形はあっけなくおがくずへとその姿を変えていく。
「エレノアさん! 私も手伝い……」
「レナっちはフーリエくんたちを守るのにゃ! あのデカブツは……んにゃっ!」
エレノアは巨漢が立っていた場所を指差すも、その目立つ姿は既に霧散、そして辺りを強大なプレッシャーがのし掛かる。
「二対八だ。私も馳せ参じるとしようか」
気が付けば巨漢はフーリエたち五人のすぐそばで、得物と思われる大人の背丈ほどもあろうかという巨大な斧を振り上げていた。
「こんなっ、スピード……」
それでもレナの目は巨漢の動きを捉えていた。振り上げる斧が落ちるよりも速く、その著大な体の懐へと青いスキルエフェクトに包まれたレイピアを目にも止まらぬ速さで突き出す。
中級レイピア剣技『フェザー・スリップ』は、消費SPが多い代わりに技の後の硬直時間がかなり少ない連続剣技だ。
初撃の胸への突きから始まり、右への中段横斬り、背中に回り込んでからの袈裟斬り、最後に正面に戻って上段からの縦斬りという相手を一周しながらの四連撃となっている。
一連の流れの早さと剣撃の滑らかなテンポは名前の通り、『羽の滑走』らしい動きである。
「せっ……やああっ!」
レナの技の完成度はどれも格段に高い。巨漢への一周の攻撃を一瞬のうちに終わらせ、止めの縦斬りを与える。巨漢は巨大な斧で斬撃の一つ一つを受け止めるも、最後の一撃は一メートルほど後退りせざるを得ないほどの威力だった。
「ほぉ、中々の太刀筋だ。この私も受けるのがやっとだったぞ……」
「そのわりに楽々と斧で受け止めたじゃないの。それ、かなりの重量に見えるけど?」
「そうだな。お互い様子見の攻撃と見えるが、なるべく時間は掛けたくはないものだな。これ以上は増援は厄介だ」
互いに苦笑を見せ、レナは巨漢の男の次の一手への対応のために剣を構えて挙動の一つに集中する。
すると巨漢はリリヴィオラ側から増援が来ないか確認しようと視線を変えたその時、それを見逃さなかったレナの姿が視線を遮るように飛び出していた。
「あんたの相手は私よ、よそ見厳禁なのに良い度胸ねっ!」
スキルの無い横一閃の斬撃を体勢を低くすることで避け、お返しとばかりに斧を振り上げる巨漢の男。
刃に込められた威力は甚大でレナの細身のレイピアではとても受けられそうにないそれを、彼女はブーツの踵で刃を蹴ることで軌道をずらして避ける。
「戦い慣れしているようだな! 現在の戦士どもは古き世とは異なり、随分と噛みごたえのない連中だと聞いてたがな」
「古き世……あんたたちはいつの時代の人間よ?」
レナの動きに笑みを浮かべる巨漢の男に対して、依然としてレナの目からは剣呑とした視線が贈られる。
そんなレナからの問いに答えることは無く、男は退却を始めていたフーリエたちの前に立つフレリアに視線を向けた。
「そこの剣士だって同様だろう? 『風の剣聖』フレリア!」
その言葉にレナ以外の全員が固まる。巨漢の男と行動を共にするトリトンでさえだ。
「ちょっとちょっとぉ? フレリアってあのフレリアだよね? ボクってアイツはとうの昔に死んだって聞いたんだけど、ガルディルくーん?」
エレノアと戦うトリトンは遠巻きに巨漢の男、ガルディルに指を指す。
「私はその昔に奴から苦渋を舐めさせられている。その時に悔しさというものを初めて味わったものだよ。なにしろ、当時の私は虚無の軍勢に於いて五本の指にいたが……死闘の末に負けたのだよ」
その目付きはレナと対峙していた頃よりも遥かに強く、そして気高いものがあった。
手にしていた斧は小刻みに震え、長年の宿敵との次の世代での再会に心を躍らせるような表情にレナの心に一つの感情を生み出していた。
――この人は……強い……
先程フレリアと戦ったあの一瞬が頭を過る。たった一撃で地に伏したあの時を……その時に感じ取ったフレリアの剣聖と呼ばれるに相応しい剣気というものを、レナは人生で初めて味わったのだ。
――今感じ取ったのも『剣気』ってやつかしら? だとしたら、足がすくむのも無理ないわね……
それを踏まえてレナは強者というものの雰囲気とでもいうか、波動のようなものをおぼろげではあったものの理解しつつあった。そして、ガルディルと呼ばれた男からもそれを感じる。
その時、レナは一つの決心を固めていた。
「フレリアは五人を連れて逃げて……ここは私が食い止めます」
そんなレナの言葉にフレリアはかぶりを振る。
「彼は恐ろしく強いわよ。今は大した力を感じていないけど、レナじゃ荷がおも……」
「いいから行ってください。手助けなら後からでも問題ないようにきちんと粘りますから! それに、あなたはマナが無くなったら……」
その言葉にフレリアが事実を思い出して目を見開いた。そう、あくまでフレリアは魔法でこの世に戻ってきただけで、本来の力が出せないはもちろんのこと、ルルが与えたマナを失えば消えてしまうだろう。
揺るがぬ事実を思い出したフレリアの声が小さくなる。うつむいて肩を震わせるも、無言でレナの言葉に頷いた。
「それじゃ任せるわよ。でも、簡単に負けないで。あなたは彼の、フィルトの……力を受け継いだんだから」
「……もちろんです。私はあなたにリベンジするっていう目標がありますから、簡単にあなたに消えてもらっては困りますから」
その言葉にフレリアは応えることなく、「そっちの四人は私の後に付いてきて、ウンディーネさんはしんがりをお願いするわ」と撤退を指揮し始めた。
「ちょっと、レナっちはずいぶんと冷静なようだけど知ってたのかにゃ?」
トリトンの放つ岩魔法をヒラリと避け、レナの近くに着地したエレノアはトリトンを見据えたままの体勢で問いかけると、レナの頷く様子を捉えられた。
「うーん、知ってた理由は今は問わないでおくけど、ふふーん……これは楽しいにゃ!」
「えっ!?」
想定しなかったエレノアの笑顔にレナは動揺を露にした。
「良いじゃにゃいの、わたしたちにしてみれば素晴らしい助っ人……」
エレノアの声がそこで途切れる。トリトンが大きな岩の塊を五、六個ふわりと投げ飛ばしてきたのだ。ふわりとは言っても質量は莫大に思える直径数メートルだ、レナとエレノアはそれを避けつつも互いの敵を見逃すまいとじっと見つめていた。
「そうら剣聖よ、貴様の息の根はこの私が止めてやろう!」
レナとの距離が開いたことにより、ガルディルの巨体に見合わないスピードがフレリアを先頭とした退却する一団を襲う。しかしフレリアの目には焦りという感情は映し出されてなどいなかった。
「残念ね、今回は私がお相手にはなれないけど……」
そこに一人の少年が飛び出した。フレリアと巨斧を振り上げたガルディルとの中間、少年は片手剣を下段左側に構えている。
「代わりに『私』を受け継ぐ子が相手をしてくれるわ」
遅れること二分弱、セイリアとガルディルとの得物のぶつかり合いによって生まれた衝撃、そして草原を風が駆け抜けた。
風を纏う鉄の剣と、濃密な殺気を孕んだ巨斧が甲高い金属音を上げて二人の戦士を通り抜けていく。
「貴様、マナを纏わせた剣を振るうところからしてヒューマン族だな?」
「……マナを使ったからって、オレがどんな種族かはお前に関係ねぇよ」
セイリアの低いレベルでガルディルの巨斧を受け止められたのは、単にガルディル自身が弱い訳ではなくセイリアがゴーレムとの戦いで得た、マナを利用した剣の扱いによるものだった。
マナの産み出す力は、セイリアが元々持ったレベル三十一の筋力パラメーターに加えて相乗効果をもたらしていた。
「ふむ、この際それは良いのだが、貴様の見てくれからはマナに愛されしヒューマン族のようだ。その上……」
ガルディルの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。その時セイリアの左手に震えが走った。
「我が宿敵であるフレリアが認める若者ならば相手に不足無し!」
何もしていないはずなのに、セイリアは後ろに押されるような感覚を得た。プレッシャーにしては、あまりにリアルに体感したその感覚を名付けることはできない。
「これは……今までに見なかったタイプだな。なんというか、根っからの戦闘狂って感じだ」
セイリアの苦笑混じりの言葉に、ガルディルは短く刈り上げた赤黒い髪を掻き上げて、斧を肩に担ぐ。
「元よりそういう性格だ。凶刃飛び交う戦場で死ぬことを畏れず、日々鍛え上げた体を血で濡らすことを求めていたのだ」
「お前みたいなやつが現実にいたら、警察に職務質問待ったなしだよな?」
「貴様の言葉の意味は分からぬが……本当の心というものは刃を交わして知ることができるものだ!」
刹那の時にガルディルは斧をセイリアに向けて振り下ろす。あまりのスピードにセイリアは剣を構え直すことすらできなかった。
――こんなの……おかしすぎだろっ
刻々と近付く刃はセイリアを真っ二つにするだけに飽きたらず、その下にある草原を簡単に割ってしまう勢い。すぐさま剣を割り込ませようと腕を動かすも、
――間に合わない……
鈍色に輝く刃がセイリアの額に届こうとしたその時、白く光る流星が巨斧の腹を叩くことでガルディルの体勢を崩し、セイリアを僅かに避けた斧は大地を簡単に抉ってしまう。
それを見逃さなかったセイリアがバックステップで一気に距離を取った。
「油断しないで、こいつ私よりも速いかもしれないわ」
光を纏ったレイピアの一閃でギリギリのところでセイリアを救ったのだ。左手を右手で掴み、ほんの一瞬で訪れようとした死への一撃によって見せられた、
「助かったよ……」
小さく言葉を溢すセイリアを見たレナは、震えを抑えようと左手を握っていた右手に自らの左手を重ねる。
思わぬレナの行動に左手だけでなく全身を震わせるセイリアは、後ろに後退り顔色一つ変えなかったレナに指を指す。
「おっ、おい! 今戦っている最中……」
「恐怖を見せちゃダメよ。私も今さっき思い知らされたけど、あの斧使い、ガルディルは本当に強いわ。そんな手練れに恐怖を見せたらその隙を突かれる。だから集中して」
セイリアの黒い瞳を、目をそらすこと無く見据えるレナ。彼女が伝えようとしているものはセイリアにとっても重要なものだった。
だが二人の隙を見逃す訳が無いのが、ガルディルという男である。持ち前のスピードで二人の前に現れたときには、既に斧を左に振り上げて、一薙ぎにしようとしていた時だった。
「何度も通じるか!」
風のマナを帯びる剣が再び斧の刃を迎え撃つと、次はレナが巨斧の刀身に足を掛けて宙にその身を躍らせ、
「光の刃よ、その虚無の者を討ちなさい!」
その言葉と共に白く輝きを増したレイピアが、両手で斧の柄を掴むことで完全に無防備となっていたガルディルの左肩を射抜いた。
焼けつくような音を上げ、レイピアの刀身が鍛え上げたガルディルの巨躯を入り込んでいく。それというのにガルディルはいまだに笑みを浮かべたままだ。
いや、先程よりも爛々と赤く輝く瞳からは一層の高揚さえ見せていた。
「良いぞ……もっと貴様らの力を私に示すがいい」




