第三話『はじまりの街・シンフォニア』
オレはこの辺で一番高い塔に見当をつけて、そこに向かって走っていた。事故に遭って半年、久し振りに走る途中もさまざまな格好をした人を見た。鎧や狩人のような服装、綺麗な女性が腰に剣を提げていたり、騎士みたいな格好をした男子集団が談笑しながらすれ違っていく。
とにかく普段では絶対に見られない人々がいた。例えるならハロウィーンの仮装だったり、ミュージカルの衣装を着た役者だ。そんな街中を横目にオレはそれとおぼしき塔の真下に着いた。塔の真ん中を見てみるとローマ数字の時計が据え付けられていることを確認できる。
「浩介!どこだよ!」
指定の場所と思われる時計塔の真下にある噴水広場で大声を張り上げるオレを周りは怪訝な表情で見つめていた。恥ずかしさのせいか顔が熱くなるのを感じたが、見つけなければどうにもならないのでひたすらに叫んでいると、
「おい、その名前で呼ぶなよ!」
「浩介か? 良かったよ。オレ……」
突然後ろから聞き慣れた声。すぐに浩介と分かったオレは名前を呼びながら振り向くと、
「ふげっ?」
変な声が出てしまうほどにその姿は浩介とは程遠いものだった。身長こそ同じだが、顔つきは普段のスポーツ少年というよりは精悍な戦士の顔の赤髪の少年だ。背中に槍を担ぎ、比較的軽装な深紅の鎧を身に纏っている。その姿は騎士というか、戦士にも見てとれる。
「お前……本当に浩介か? 」
しどろもどろなオレの問いに相手は無言で首を縦に振る。つまりは浩介なのはわかったのだが、
「何だよその姿は……」
普段とはまるで違う見た目に、オレは何を言えば良いのか分からず、その言葉を境に声が出なかった。そんなオレを見た浩介は不思議な顔をすると、困っているのか頭の後ろをかく。
「何だよ昨日フレンド登録しただろ? 俺のアバターだよ。それよりさ、お前だって自分の服装を鏡で見たのか?」
「なんだこれ? 服装昨日ヘッドギアで見たオレのアバターそのままじゃないか」
この状態でそんなこと頭に無かったオレは噴水に自らを映すことでようやく気が付いたのだ。背中には鞘に入った剣まで吊り下げられている。
初めて自分の服装を確認してみてびっくり仰天のオレに、浩介は顔を近付けてきた。
「それと、今はここで俺の本名を言うなよ。ここでの俺は"コーネリア"だからな!」
そう釘を刺してから自信ありげに胸を叩く浩介、もといコーネリア。そんな自信満々な様子に何も理解できなかったオレはただ唖然としていた。
「どこだよここは? 家は? 学校は?」
「まぁまぁとにかく腹減ったろ。メシ食べたか?」
堰をきったように溢れ出す不安の言葉にコーネリアが割り込む。そう言われたからか、突然腹の虫が騒ぎだした。ここで朝食をまだ食べていないことをオレは思い出したところで、
「じゃあ、飯にするか!」
そう言うとコーネリアはオレの襟を掴んで「止めろよ!」と抵抗するオレを無視して陽気に歩き出した。
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「メダリオンの世界?」
「メールでもそう書いたろ? ここははじまりの街シンフォニア。ゲームを始めた新規のプレイヤーはここの中央広場からゲームが始まるんだ。でも俺みたいなここに居なかったプレイヤーも自動的にワープしていたんだよな」
突拍子も無い言葉にオレの声も大きくなっていた。
「そんなシンフォニアにどうしてオレらが居るんだよ? ゲームなんか起動していなかったぞ?」
朝食のハムエッグとトーストを食べながらオレは問いかける。ゲームの中のせいか決して旨いとは言えなかったが、食べられないほどの物ではない。それとお金はコーネリアが先に払ってくれていた。
「分からない……。けどここは間違いなくメダリオンの世界が現実化しているんだ。しかもログアウトのできないフルダイブモードというオマケ付きだ」
コーネリアと再開した後、彼からゲームを終了するためのログアウトの項目が消えている事を聞いた。やたら狼狽えた様子のプレイヤーが多いのはそれに起因しているのだろう。
そしてコーネリアはナイフで切り分けたハムをフォークで刺して持ち上げて見せる。
「このハムエッグも以前だったら味のしない満腹度を満たすだけ。しかも一瞬で無くなるはずなのに、こうして俺らは食事しているし、噛んで飲み込みお腹が満たされる感覚もある。味は微妙だけどな……」
「…………」
何も分からないオレは微妙ながらも気にせず食べているコーネリアが理解出来なかった。それでも背に腹は変えられないので、ひとまず食べ終えてから質問することにした。
「うはぁー! 案外満腹感ってリアルだな。俺ここで腹一杯飯を食ったこと無かったぜ」
満たされたお腹をさすって水を飲み干すコーネリア。ようやく色々と聞き出せるチャンスが来たことを察したオレは早速知りたいことを聞いてみた。
「これからどうすればいい? 具体的にはログアウトできるまで」
「は? そんなの俺が分かるかよ。このゲームに何があったのかは分からないし、それよりも今はお前の今後の方が問題だろ?」
急に真面目な顔をしたコーネリア。真剣な様子に友達を見つけてほっとした気持ちも吹き飛んでしまった。
「何だよ、急にそんな顔しやがって」
いつものどこかおちゃらけた様子は微塵もない。オレはいつもと違うコーネリアに不安を覚えた。
「全くのゲーム初心者がこのゲームでどう生きてくんだよ?」
「うっ……」
的を得た発言だ。どうにもならない状況の上にこのゲームはおろか、ゲームそのものをまともにしたことの無いオレが何をどうすればいいのか分かるわけもなかった。そんなオレが不安そうな表情をしていたのかコーネリアは席から立ち上がる。
「とにかく、まずは買い物だな……」
そう呟いて、戸惑いの抜けないオレを引っ張って歩き出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うわっ、ここすごいな」
コーネリアが連れてきたのは先程の噴水広場の近くにあった大きな建物の中だった。
「ここはこの街の市場だ。装備一式はメダルで揃えられるから、ここでは主に武器調整や消耗品、例えば回復ポーションなどの補充とか生活品の購入だな」
「生活品?」
「ああ、このゲームでは基本的に体力のHPに技や魔法を使うためのスキルポイントSP。他に満腹度だったり、風呂に入ると回復する清潔度、更には睡眠値といった現実生活と全く同じようなパラメーターが色々と備わっている。それらの為に生活品が有ってかなりリアルな生活が出来るわけだ」
「それも人気の一因なんだな。まさしくもうひとつの現実世界か……」
周囲は大勢のプレイヤーが多数の生活用品を買い込んでおり、中には売り切れになっているものすらあった。
「こういったリアルさのせいで、本来の現実世界からこの世界に現実逃避する人も大勢いたみたいだな。本当にメシを食べる時とか、生活に必要なだけゲームから落ちて、終わればまた戻る。廃人は恐ろしいな……。まぁそれが爆発的人気の元なんだけどな」
コーネリアが両手一杯に歯ブラシだとか、石鹸だとか薄い衣類だとか多様な商品を抱えている。そんな様子にオレは恐る恐る質問してみた。
「そんなに買うのはいいんだが、お金はどこにあるんだよ?」
オレは買い物の為に財布を探していると、コーネリアがニヤリと笑みを見せた。
「今のお前は初心者だからな。三千エピスしか無いだろ? それにさっき分かったが財布は無いぞ。メインメニューの左上見てみ?」
「メインメニューなんてどう出すんだ?」
あれやこれやメニュー的なものが無いか探し回るオレに、笑いを堪えながらコーネリアがオレの肩を叩いた。
「説明書ちゃんと見ないんだな。左手の人指しと中指を出して横に手を振ってみろ」
――そもそも今日初めてこのゲームをするのだが。
そんな不満を飲み込みつつ言われたようにやってみると、二本の指が通過した後に青の線が出てきて、それが上下に分かれることでメインメニューの水色のプレートが現れた。
左側には自身のステータスや装備品について、そして右には一通りのメニュー、装備品一覧やクエスト、フレンドリストなどなど。そして左上には探していた所持金の欄が三千エピスと表示されている。
「三千エピスって何が買えるんだ?」
少ないのか多いのか全く分からない。買い物を終えたコーネリアは品物をメニューの水色プレートに投げ込んでからお店の品物をあちこち見つつ答える。
「まぁ始めて必要な物くらいは揃うかな。例としてはさっきのトーストとハムエッグのセットが三百エピス。大抵は現実世界と相場は変わらないな」
「そこまでいっぱい物を買うのか?」
「現実生活と同じって考えれば良いと思うよ。歯磨きとか、風呂とか、最低限の物なら初期の所持金で買えるさ」
歯ブラシや簡単な衣類といった当面の生活必需品を買うと、残りは百エピスしか残らなかった。
先ほどのコーネリアに倣ってメインメニューを開いてからプレートに買い込んだ品物を置くと、淡い光を発してあっという間に消えている。確認してみるときちんとアイテムの項目に品物があった。
「こんだけのお金で宿屋に泊まれるのかよ?」
「そこに関しては宿屋は百エピスあれば泊まれる。多分初心者やお金の無くなった人への救済措置だろうな」
「なるほど……」
「外でモンスターを狩ればここら辺ならゲーム中の一日に必要なお金は速攻で稼げる。今日は俺の奢りで宿と飯の用意はするけど、明日からは一緒にお金を稼ぐぞ。お前をニートにするわけにはいかないからな」
「……助かるよ」
こうしてコーネリアの助け舟によって、とりあえず一日は凌ぐことができた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一通り買い物を終えると、メニューの右上にあったデジタル時計は十三時を過ぎていた。近くで食事を取るために市場から外に出ると、近くの広場の一角に人だかりができている。
「私をギルドに入れてよ!」
「いやいや、俺を!」
その様子を見たコーネリアは大きくため息をついた。
「やっぱり異常事態だし、ギルドへの勧誘や加入申請は活発だよなぁ」
「ギルド?」
オレは人だかりを見つめて呟く。周囲の人も鎧を着込んで強そうな人に群がっている。他の人もその様子を見つめていたことから結構注目されているみたいだ。
「ギルドは種族に関わらずプレイヤーを集めた団体のことだ。こんな訳のわからない事態に、仲間は一人でも多いほうがいいだろ?」
「そうだな……。オレもどっかに入ったほうが良いのかな?」
その言葉を聞いたコーネリアは難しい顔をした。
「普通ならそうだけど、お前のあのメダルを考えると今は俺みたいなリア友と一緒に実力を伸ばす必要があるよなぁ」
「どうして?」
「いや、あのヴァン・フレリアを持ってたら色んな人が寄り付くはずなんだ。そのメダルを狙って近付くやつもな……」
メダルの話をされて初めてオレは朝にデバイスとメダルケースが突然消えてしまった事を思い出した。
「そういえば、ここで目が醒めてゲーム一式がいきなり消えたんだ。お前は大丈夫なのかよ?」
その言葉にコーネリアも共感する反応を見せた。
「それな。俺も同じなんだけど、メニューをいじってみるとな……ほらこれ見ろよ」
同じ目に遭っていたが、やはり経験者としての冷静さでコーネリアが手早く水色のプレートを操作してオレに見せてきた。
「メ、メダルがあるぞ」
そこに現れたのは人を模した絵がある。頭や両腕、胴体、そして、両足、メダリオン装備が付けられる部分から白い線が伸びており、その先にはメダルをはめ込む穴が存在している。
「お前のメニューから『ステータスと装備』の欄からこの画面に入れる。今は一昨日買ったスタートセットに付いてたメダルが、ケースからそこに場所を移しているはずだ。」
早速メニューを操作してみると、確かにオレのメダルが五枚装備欄にはまっていた。更に装備していなかった他のメダルも右隅のメダルのマークにメダルを置くことでメニューウィンドウの中に保存できるようだ。
「これが最新技術の力なんだな……」
「どうだろうな」
こうして突然無くなってしまったトリニティデバイスは、このメニューが代わりを担っていることが分かり安心することができた。この際どんな原理でこんな事を可能にしているのかは、最早どうでもよかった。
問題を処理したことでオレは先程コーネリアが言ったことに話を戻すことにした。
「そういえばメダルを狙って近付くってどういう意味だ?」
それを聞いたコーネリアは眉間にしわを寄せる。きっと大切な事だろう。
「メダルを人から奪うなんてことはゲームのシステム上不可能だけど、今の状態がどんなイレギュラーを生み出すのか分からないからな。なんというか……用心するに越したことはないだろ?」
「そういう風に感じるのか?」
周囲を見渡してみても、もはや本物の景色にしか見えない街並みはゲームの中とは思えなかった。
「ヘッドギアを使って見る景色とは全然違うだろ? 実際にメダルに触れたし、利用するための抜け道とかあるかも……って思ったんだ」
「あの水色プレートの中にあるメダルをどうやって利用するんだ?」
オレはさっきのメインメニューのプレートを思い出しながら問い掛けてみる。それに対してコーネリアは「うーん」と唸るばかりだ。どうやら重要なことを言ったつもりが自分でも考えがまとまっていないようだ。
「こんな事態だから可能性があるかもっていう考えだよ。今まではこのゲームの装備を手に入れるには、現実世界でパックの抽選販売に当たるか、少しステータスが下がってもゲーム中で作らなきゃいけないからな」
オレは一昨日、ショッピングセンターで長蛇の列に並んで拡張パックの抽選販売に参加した事を思い出した。あれは正直二度と参加はしたくないくらいには面倒だ。
「だからこそほとんどこのゲームで見られていないSSR装備を持った人がいるっていい宣伝文句だろ?」
「んー、そういうもんか?」
「まぁそれは後にして、買い物の続き行こうぜ」
重い空気になってしまったが休憩を終えて、次にコーネリアが一番重要だと言う回復用のポーションの補充に向かった。