第四話『ポーショントラブル』
やってきたのは市場の中央にどっしりと構えられた道具屋の屋並ぶ一角。周囲には一際大勢のプレイヤーが長蛇の列を作っている。
「ものすごく並んでいるけど、ポーションって具体的にどんな扱いなんだ?」
それを聞いたコーネリアは「実際に見せてやるよ」と言い、水色のメニューを操作すると右手に一本の瓶が現れた。中には赤みがかったサラサラした液体が入っている。
「ポーションなどの回復アイテムといったものは必需品で、ランクがAからEの五つが存在する。Aが最も高いランクだな」
説明を終えると、メニューを開いてポーションをストレージに投げ入れるという一連の動作を、片手で二秒程というタイムで済ませていた。
「それでコーネリアのレベルだとどのランクを買うつもりだ?」
「そうだな……。手頃かつ、そこそこの回復が可能なCランクが一番コスパが良いと思う。お前の場合はEでも十分……というかそれより広く出回っている回復薬とかでも余裕だろ」
「コスパも考えるのか?」
「高価なポーションは回復量も高いけど、一個あたりが重くなるし金額も相応に高くなるからな。こういったゲームだと持てる量に限度があるし、使いすぎれば当然コストも高くなる」
現実世界では宿題を見せてくれとオレに泣きついてくるコーネリアなのだが、ここでは完全に立場が逆転しているのがオレには癪に障る。
「今の状況だと、プレイヤーはこの世界で生活する基盤造りをしないといけねぇ。お前と会う前に運営にメールを送ったが何にも応答無し。だったからな……」
遠い目で小さく呟いたコーネリア。オレと会う前に既にできることはやったようで、これからの事を既に考え始めていたのだ。
オレもゲームの事は全くと言っていいほど無知なので、今後の事もどうすれば良いのか全く見当も付かない。
「その後、お前には対人における基本マナーを教えておかないといけないし……」
「マナーって、ゲーム独特のマナーもあるのか?」
オレはコーネリアが言った言葉に首を傾げる。それを見たコーネリアはため息をついた。
「当たり前だろ? 他人と協力する時に分かってないと、滅茶苦茶迷惑になるからな」
「マナーは確かに大切だな」
「生活するためのお金稼ぎが必要になっている可能性も高くなっているし、運営が元の世界に戻れるようにするまでの時間はちゃんと俺から勉強しとけよ?」
荷物を整理するコーネリアは、メニュープレートを指でなぞりながらオレに釘を刺した。
「……分かった。大事な事だもんな」
真剣に語るコーネリアにオレはただ頷くばかりだ。そう、今の状況はイレギュラーなのだ。
いつ運営がこの状態を解消してくれるか分からないから、この世界で安定して生活する基盤を組み立てなければならないし、最悪運営が何もできなかった場合には脱出に繋がる方法を探さなければならなくなるかもしれない。
どちらにせよ、今はどうしたらこの状況から抜け出せるのか分からないのは事実であるはず。
「どうしてこんなことになったんだか……」
戸惑いながらもオレはコーネリアの後をついていった。
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探険に必要な品物が並んだ場所に着くと、同じような事を考えているのか多くの人で道具屋の売り物の前でごった返していた。あまりの混雑さにオレは言葉も出なかったが、コーネリアは別の理由から難しい顔をしている。
「まずいな……。道具屋のポーションは販売数に限りが有るんだよ。他にプレイヤー商人のとこで買えるけど、この状況だと絶対高く買わされるな」
「それなら急がないと」
深刻な表情のコーネリアにつられ、オレが慌てて客の列に駆け寄ろうとしたときコーネリアに肩を掴まれた。
「いや、まだ大丈夫だ」
「……は?」
「いやぁ、このゲームだと現実世界を再現してるのか、NPCの店の売り物はどれも一日の販売数に限りがあるんだ。無くなればその日は終わりだから人気な物、特に冒険に必須な回復用のポーションとかはよく売り切れになるんだけど、お金のある中、上級者が初心者に品物が回らないことにならないように、購入する数は各々守りましょうって暗黙のルールができているんだ」
「それならまだ買えるってことか?」
「……多分」
頼りない返答だが、ここはコーネリアを信じてオレはこのゲームの基本情報を読み込むことにした。
ちなみに、上級者ほどギルドに所属するなど、誰かしらと付き合いがある人も多くなるらしく、そういったプレイヤーは生産職で作ったものを買うようにするようで、上手く初中級者への配慮がなされているみたいだ。
そしてここにある規模の道具屋なら、数千人は買える在庫があるので心配する必要は無いらしい。
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五分ほど経過してざっと二、三百人はいた行列が瞬く間に溶けていき、オレらまであと五十人位までとなった。
「さすがはゲームのお店だな。商品代金の計算も早いし、これならあと数分と経たずにポーションも買えそうだ」
残り二十人程になって一番前の人の注文する声まで聞こえるようになったとき、全く想定していなかった事が起きた。
それはある少女の順番になった時の事だった。
「あのぅ? あとポーションどれだけありますか?」
残りの数を気にしているようだが、そこまで心配するような状態なのだろうか? そんな思考をでオレは気になっていた。
「へぇ、ウチの在庫は全部で七百ほどありやすぜ」
主人とおぼしき筋骨隆々のヒゲ面おっさんがひげをしごきながらポーションの数を答える。ゲーム中のプレイヤーは定型文を答えるだけ、というオレの想像をあっさり打ち壊すような流暢な喋りだ。
それだけあれば、一人五個計算で百四十人分あるとすぐさま計算し、しっかり足りると分かってほっと一息つくオレ。そして先頭の少女が注文した。
「だったらそれ全部頂けますか?」
その言葉にオレは瞬間意味を理解しかねた。
「一体何を言ってる? ポーションの残り全部?」
オレが中々に大きな独り言を呟くと、コーネリアも声が聞こえたのか表情を一変させた。
「あいつ……何を言ってんだ?」
当然周囲はざわめき立っていた。「何この子?」とか「おいおい、個数守るルールも知らない初心者か?」というにわかに信じがたい様子だ。すると列の前の方から男のプレイヤーが一人、ものすごい剣幕をあげながら少女に近付いていった。
「おいお前! このゲームのルール分かって注文してんのか?」
怯える少女に男性プレイヤーは勢いを落とさずに罵声を浴びせている。正直見ていて同情するが、ゲームに閉じ込められたプレイヤーの心理としてはキレるのも無理は無いのだろう。
「やっちまえー」
面白半分にコーネリアがヤジを投げ飛ばしている間、オレは二人のやり取りを見ていた。
他のプレイヤーたちも騒いでいたために前の声は聞こえなくなっていたが、男性は怒鳴って少女に詰め寄っている様子だ。
「喧嘩になっても大丈夫なのか?」
「ああ、ちゃんとした街の中だったら殴りかかろうが、剣で切りつけようがノーダメージ。むしろ攻撃した側が弾かれるし、あまりにも酷いと犯罪者のマークが付けられてフィールドに強制退去させられる」
更に列の側にいた女の子の一団から、栗色の髪に頭から猫耳を生やした少女が男の方に歩いていった。
「あれケットシーのプレイヤーだな。女の子の仲間か?」
「喧嘩の仲裁にでも入るのかもな」
「そうしてくれると助かる。今の状況でマナー違反はガチの大喧嘩になりかねないからな」
既に興味を失ったのか、コーネリアは何やらメモ書きにチェックマークを付けている。
そうしたまま、一、二分程したときに前の方で変化が起きた。
「あれ、何で戻るんだ?」
先程の男性プレイヤーの怒りの表情から、戻ってくる時には悔しさに満ちた表情に変わっていて、とぼとぼ元居た場所に戻っていくではないか。
そして店の店主が膨らんだ革袋を大量に運んできた。恐らく中身は全部ポーションだろう。しかも猫耳の少女が出てきてからはヤジで騒いでいた列もしんと静かになっていた。
「まさかあいつは……」
「すまんコーネリア。ちょっとオレ行ってくる」
コーネリアには猫耳の正体に心当たりがあるようで思い出そうとうんうん唸るが、オレは胸の中から沸々としていた感情に任せて列の一番前に向けて一歩踏み出していた。
「何でこんな事するんだよ!」
思わず叫んでいた。勝手に体が動いていた。こんな皆が困っている事態の中で、身勝手な行動をするあの少女達が許せなくなったのだ。
そんな無鉄砲に注意しにいくオレの後ろからコーネリアが来るのが横目で確認できた。初心者のオレがいきなり突っ込んでいったのを見てられなくなったのだろう。
「そうだぞ。理由はどうであれ、皆が不安なのに余計に波風を立てるような事をするのは良くないよな?」
冷静なコーネリアの声。その声に反応した二人の少女がこちらを向いた直後、ケットシーの方の顔を見たコーネリアの様子が一変した。
「おいお前……レナか?」




