第十九話②『走れ!イーヤ!』その2
夜風を身に纏いながら草原をひた走るイーヤ、空は新月で月が無く、星明かりだけを頼りにするしかなかったが、彼女にはそれをカバーするスキルがあった。
今、イーヤが見えている景色は真っ暗な闇ではなく夏の風に揺れる背の低い草地と蒼い弓を抱えて必死に逃げるネズミの姿。
スキル『暗視』は大気に満ちたマナの力で暗い場所でも良く見通せるようになるスキルだ。熟練度が上がれば、真っ暗な洞窟内でも敵の姿がハッキリ見えるようになるほどくの有用性である。
逃走するネズミは足こそ速いものだが、体長の倍はあるグレースの弓を担いだせいか、どこかよたよたとした走り方になっている。
しかし、追いかけてくるイーヤに向けてネズミは何やら紫色の液体が入ったビンを投げてきた。
「わっ!」
間一髪かわした先にあった岩にビンがぶつかり、中にあった液体がベットリと岩に掛かると、そこから煙を上げ始めたのだ。
『酸・・・ですかね?』
そう予測したイーヤはネズミが再びビンを取り出したところを見計らってから体勢を低くすると、
「ふっ!!」
鋭く息を吐きながら手近にあった石ころを拾い、ネズミがビンを投げつけると同時にそれを投げたのだ。
放物線を描きはじめたビンに対してイーヤの投げた石ころはピンポイントで命中し、液体がネズミの背中を掠めた。
「ギッ、ギィー!」
短い悲鳴が響き、ネズミは足をふらつかせるが速さを緩める事は無い。
『ラット・オブ・シーフ』はゲーム内の設定は、一度目をつけた獲物は絶対に諦めない、というものらしい。
それ故にグレースの弓を捨てて逃げてしまえば、おそらくはイーヤから逃げ切れるはずであったのに、ネズミは諦める事無く一心不乱に走り抜けた。
草原から徐々に背の高い木が増え、イーヤの視界は森の様相へと移りつつある。このままではどこまで追いかける事になるか予想もつかない。
しかもネズミのねぐらは森の奥深くにある上に群れを成している。イーヤ一人で太刀打ち出来る数では無いはずだ。
『時間もありません、このまま逃がしませんよ』
イーヤは得物の二刀の短刀を構えると、一気に足元の草を踏み出し、静寂の中を飛翔する。
空中でネズミの位置を把握しながら両手の短刀を逆手に持ち替えると、体を右に捻りながら右の短刀を構えた。すると短刀が白色に輝きだし、辺りの景色を明るく照らし出す。
「---っ!!」
無言の気合いを吐き出し、彼女は左手を器用に使いネズミの進行方向に着地すると、右の短刀を下から上に一気に切り上げた。
「グギーッ!!」
最初等の短刀スキル『ダガー・スラッシュ』がネズミの正中線をなぞるように剣筋を残していく。
威力は高くない短刀だが、スキルを喰らったネズミはノックバックでグレースの弓を夜空に放り出したのだ。
「どろ、ぼうは、ダメ、ですよ」
片言の日本語を呟くイーヤは再び空へと飛び出し、弓を回収しようとしたその時、
「クケーッ!!」
鳥の鳴き声がイーヤの更に上から襲いかかってきた。夜行性の鳥モンスター『ナイト・イーグル』が急直下降の強襲を敢行してきたのだ。
『ナイト・イーグル』は黒い鷲の姿をしたレベル20のモンスターだ。イーヤはそれを認識した時に苦戦を想定していた。しかし、それは杞憂に終わる。
「イーヤちゃん!!」
突然現れたグレースが栗色の髪を揺らして、手のひらから魔法を飛ばしたのだ。その中級魔法『アルス・ウィンディオン』のバレーボール大の圧縮された風の弾は黒い鷲を直撃し、隙をつくりだした。
「ぐ、グレース!?」
少しの間の後に参戦したグレースは、すぐに空中でイーヤから蒼い弓を受け取ると、一呼吸置いてから矢をつがえ、スキルが発動した事を確認してから闇の中に矢を撃ち込んだ。
「ギャアッ!」
「ギギーッ!」
二体のモンスターの断末魔が聞こえてくると、風に吹かれて光の粒が蛍のような淡い光を放ちながら流れてきた。
「ふうっ!助かったわ、イーヤちゃんすごく速いのね」
取り戻した蒼い弓を我が子を慈しむように撫でて自分となんら変わらない速度でダッシュをして見せたイーヤにお礼を言った。
そんなグレースにイーヤはいつもの弾けるような笑顔を見せると、右手の上で器用にダガーを回して腰のホルダーに納める凛々しい姿にグレースは拍手していた。
「こんなに扱いが上手いなんてね、それ、そんなに練習していたの?」
イーヤは初めはキョトンとしていたが、ダガーを指差されたところで質問の内容を理解したようで、ニコニコ笑顔でうなずいた。
「さてと、そろそろ戻らなくちゃ、男たちが心配しちゃうわ」
「あっ、はい、そーですね」
最後の言葉は何となくしか分からなかったが、『戻る』の意味を理解していたイーヤは先に歩くグレースの後を追っていった。
「そう言えば私、まだイーヤちゃんにプロフィールカードをあげてなかったわね」
そう言いながらメニューを操作してプロフィールを送った。その後に後ろで銀髪を揺らしながらメニューを操作するイーヤから同様のものが送られてきた。
『レベル18!?私より全然低いじゃないの・・・』
あれほどの身のこなしと短刀の扱いの上手さからプレイスキルはかなりの物だとは思ったが、セイリアの倍のレベルでしか無かったとは・・・
『これって将来性、ホントにすごいんじゃあ・・・』
自分と同い年でありながら、まだあどけないあの表情の中にどれだけのポテンシャルを秘めているのか・・・
日をまたいだ草原を戻るグレースはそんな思考を胸に星明かりの下を銀髪の長い髪を揺らめかせる少女と共に歩くのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
宿屋の食堂、女子陣はまだ眠そうな様子で朝食のパンをちぎって食べる。
結局、帰ってきたのは夜中の2時を回り、起床時間の6時まで4時間弱しか眠れなかったのだ。
「ふわぁーあ」
あくびをしながらご飯を食べきったグレースと、皿の上にまだジャムを塗った食パンが乗ったままこっくりと船を漕ぐイーヤの様子を見ていたセイリアとフーリエは不思議そうにその様子を見ていた。
「何があったんですかね?」
「さぁ?」
食事を済ませてから出発する頃にはなんとか目が醒めていたようだったが、
「二人とも、ホントに大丈夫か?」
「うん、でもイーヤちゃんの綺麗な戦闘技術見れたし良かったわ」
昨晩のネズミ退治をグレースは追い付いて見ることができたのだ。
「オレもサハギンと戦った時も見たけど、本当に動きがすごいよなぁ・・・」
先日のウォルリーネでのサハギン襲来時に見せたイーヤの動きを頭の中で再生させるセイリアにグレースは顔をしかめて忠告した。
「ハッキリ言ってね、君一番このパーティーの中で弱いと思うからちゃんと練習とかレべリングしておきなさいよ!」
「分かってるよ・・・」
辛辣な忠告にセイリアは肩を落として歩き出す。しかしグレースはそんなセイリアにも、もちろん期待していた。
『君だって頑張っているのは知ってるよ。私を助けに来てくれた時も、旅の途中に頑張って特訓している事も、ウォルリーネで頑張ってモンスターを引き付けていた事も。だからこそ、皆の前に立って引っ張るような存在になってほしいのよ』
そんな期待と願望を胸にしまいこんでグレースは歩き出した。
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そして、ヒューマン族の領土の旅を始めて間もなく二ヶ月が経とうとしていた。
まだセイリア達が立ち寄っていない火、土、光のホームタウンも一通り滞在した。
水の里の領主である聖騎士『セシリア』に頼まれていた外交も上手く取り付けながらの旅もここで一つ、大きな節目を迎えようとしていたのだ。
真剣な目でワールドマップを睨むフーリエ、確認を終えたところで顔を上げると、
「皆、ここからついに『ケットシー』の領土に入るよ!」
季節はそろそろ秋になる頃、ついに旅もケットシーの領地へと足を踏み込むのだ。
「ここまでかなり長かったですね・・・」
「そうね、私たちが風の里を出てからほぼ二ヶ月経ってるもの・・・」
セイリアとグレースが呟く重たい言葉。
それは、ヒューマン族の端っこにある風の里からケットシー族の領地までに掛かる時間が二ヶ月というかなりの時間を要する事が分かったからであった。
このままでは単純に全種族のホームタウンを徒歩でまわる事になれば年単位の時間が必要になる事は容易に予想がつく。
ワープ転送などの高速で移動する手段が無い現状、これでは全プレイヤーが協力した上で脱出できるまでに一体何年掛かるのだろうか?
「でも、一つ、進みました!」
彼女が加わっておよそ一ヶ月半で片言ながらも簡単な会話をマスターしたイーヤが前向きに発言する。
「そうだよ、この二ヶ月で初心者のセイリア君とイーヤさんもレベル20を越えた。皆確実に成長しているよ」
フーリエが二人を見て微笑んだ。そう、レベル1でスタートしたセイリアはもちろん、全員がはこの世界で少しずつだが進歩しているのだ。先輩のフーリエとグレースもそれをひしひしと感じ取っていた。
「あと少しでレナちゃんにも合流できる・・・」
グレースが嬉しそうに言葉にしたこの旅のもう一つの目的、グレースの所属するギルド『クリスタルローズ』のギルドマスター、レナとの再会と今後の目標の決定。
まだまだやるべき事が山ほどあるこの旅、それでも着実にセイリアをはじめとした、このパーティーの全員が脱出の為の一歩を歩んでいる事を認識してケットシー族の領地に足を踏み入れたのだった。




