第十九話① 『走れ!イーヤ!』その1
昼過ぎの刺すような陽射しの下、ぎこちない日本語を話す1人の少女がいた。
「わたし・・・は、イーヤ、と、いいます」
「そうそう、上手いよ」
片言ながら一文を唱える少女に、水色髪をしたウンディーネの魔法使いのフーリエがニコニコしながら手を叩いた。
しかし、誉められたはずの銀髪の少女、イーヤは不満そうに頬を膨らませていた。
「これ、くらい、できますよ?」
イーヤはロシア人のプレイヤーだ。3日前からセイリア達と行動を共にし、現在はコミュニケーションの練習として、ロシア語を含めたいくつかの外国語に通じているフーリエが日本語の先生を買って出ている。
「イーヤちゃんって日本語勉強してたの?ちょっとは話せるみたいだけど」
セイリア、イーヤと同じヒューマン族であり、『蒼弓』と呼ばれるアーチャー、グレースが持ち前の栗色の髪を指に巻き付け質問する。
しかし、イーヤは銀髪を揺らして首をかしげる。その分かっていない様子にフーリエがすぐさま通訳に入る。
「ああっ!そう、ですね、んー、すこ、し、ですね」
グレースの言葉の意味を理解してパッと表情を明るくしたイーヤは指をわずかに開いて見せる。しかし、その後は困り顔に変わるとフーリエに通訳を頼んでいた。
「彼女、最近親の仕事の都合で日本に来て、学校に通うために自己紹介の練習と少しの会話を勉強していたようだね」
「へぇ、それならセイリア君が相手をしてあげたら?」
「なっ、何でだよ?」
「イーヤちゃんにできた初めての日本人のお友達でしょ?私も手伝うから、ね?」
「・・・分かったよ」
今日泊まる宿までの道中、セイリアはグレースの助けを得ながら、イーヤの日本語練習の相手をすることになった。
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午後6時、空が紫紺色から濃紺色へと変わりつつあるなか、街灯も無い次の町への街道をせかせかと歩く一行。
目標の時間までにマップに表示された宿に辿り着けなかったのだ。理由は簡単だった。
「うう、ごめんね、みんな・・・」
うなだれて最後尾を歩くグレース、3時過ぎに立ち寄った雑貨屋らしきお店で買い物をしていた時に見つけた毛むくじゃらの犬と遊び呆けてしまい、かなりの時間を潰してしまったのだ。
「だい・・・じょーぶ!」
1つ前にいたイーヤがグレースに振り向いて笑顔でピースして見せた。
「まぁ、グレースの動物好きはオレもフーリエさんも分かってるからな、別に心配しなくてもいいよ」
「とりあえず、安全に宿に着けば問題ないよ」
セイリア、フーリエの両名からも励ましの言葉をかけられ、返す言葉の無いグレースだった。
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午後6時30分、何とかモンスターに遭遇することなく宿屋に到着することができた。
他の旅人のいない殺風景なものではあったが、この辺りは近くに町どころか農村さえもない超過疎地域だ。その上、モンスターの類いも出る、と昨日立ち寄った村でそのような情報を仕入れていたのだ。
「何とか日没までに着いたね」
早速注文した牛乳をあおるフーリエ、隣に座るセイリアもほっとした様子で白パンを口一杯にほおばり、牛乳で一気に流し込む。
「本当にすみません、柄にもなく遊んじゃって・・・」
「グレース・・・」
しょんぼりする栗色の髪をイーヤは、かいがいしく撫でている。そんな妹のような姿にグレースは微笑んで「ありがとね」とお礼を呟いた。
「こうしてみると二人って姉妹みたいだよな」
セイリアがぽつりと溢した言葉はグレースに1つの疑問を抱かせた。
「私とイーヤちゃん、どっちがお姉ちゃんだろ?」
「気になるのは良いけど、ゲームの中でリアルの事を聞くのは良くないんじゃなかったか?」
スープまで飲み干したセイリアは自身の持ち合わせている数少ないオンラインゲームのマナーを口にする。すると、その会話を訳してもらったイーヤがフーリエさんを介してあることを伝えた。
「イーヤさんは14歳みたいだよ?」
その言葉にセイリア、グレースの両名は凍りついた。グレースは分からないにしても、セイリアの年齢も14歳の中学二年生だったからであった。
「おっ・・・オレ、イーヤと同い年だ」
「わっ、私だってそうよ!イーヤちゃん、小学校の高学年くらいと思ってた・・・」
2人の告白にイーヤ、フーリエの両名は目を丸くした。かたや自身に歳が同じ仲間が出来たこと、かたや自身がこの中で最も歳上だと気付いたことによるものだった。
「これは・・・ここにいる全員が未成年とはね、普通なら有り得ないけど面白いじゃないか?」
未成年、思わずフーリエが呟いた言葉は自らがまだ子供であることを示していたのだが、他も事実を目の当たりにした激しい衝撃に誰も追求などしなかった。
「・・・??」
そして、通訳を忘れられていたイーヤがこの事実を知るのは4人の間からこの驚きが冷めた後、ちょうど夕食を終えた後になる。
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時刻は午後11時、そろそろ翌日の為に寝なければいけない頃に1つの事件が起こった。
それはグレースとイーヤが泊まる部屋でグレースが荷物の整理をしている最中に起こったのだ。
「ふん♪ふん♪ふーん♪」
鼻歌混じりにグレースがアイテムのチェックをしていると、ふと整備の為に窓の近くに出していたグレース愛用の蒼い弓を肘で小突いてしまったのだ。
「あちゃー、取りに行かなきゃ・・・」
幸いにも下は夜露に濡れた柔らかい草地、弓もキズは付いていないようで、彼女はふぅと胸を撫で下ろしたところに、
「キキィー!」
闇を切り裂いて現れたのは二足歩行のネズミ、『ラット・オブ・シーフ』レベル10のそこまで強くはない敵だが、このモンスターにはある恐ろしい特性があるのだ。
「ちょっ!嘘でしょ!?」
そのモンスターを知っているグレースの顔から血の気が引いていく、ネズミは二足歩行とは思えない速さで真っ直ぐグレースの弓に近付くと、
「キッ、キキィー!!」
残りの小さな2本の腕で器用に、自分の体長の倍はあろうかという蒼い弓を持ち去っていったのだ。
そう、『ラット・オブ・シーフ』はその名の通り、物を盗むネズミで、強くはないが武器さえも盗んで逃げてしまう。そして、メダルの武器であっても見失えば最後、二度と戻ってこないのだ。
メダルの武器はこの世界の中でも新たに買える事は旅の中で分かってはいた。
それでもグレースの通り名『蒼弓』を支えてきたRメダル『疾風樹の弓』を蒼くカラーリングした、この世にたった1つの相棒に代わる物など無いのだ。
「絶対許さない!」
怒りを込めた呟きと共に装備を寝間着からいつもの物に変更したグレースは窓枠に手を掛けようとしたその時、
「まか・・せて!!」
銀色の髪をなびかせて夜の闇に先立って飛び出したイーヤ、草の上で星の光を受けて輝く水滴を飛ばしてふわりと着地するその姿は、まるで妖精のよう。
そしてネズミが消えていった草原を睨む銀色の妖精が後を追って行くのを、グレースも見失うまいと全力疾走で追いかけていった。




