第十話『脱出劇』
「正直に言って、この状況で僕だけだとデモリテには勝てない」
脱出の段取りを話す前にフーリエさんが真剣な表情で話す。オレにとっては気落ちするような報告だったが、隣で回復ポーションを飲んで「うう、微妙ねこれ……」と文句を垂れながらも回復していたグレースは理由の見当はついてた。
「使えるマナの量……ですね?」
「マナ?」
空っぽになったポーションの瓶が光の粒になって消えていくのを見ながらグレースは根拠を述べる。そしていかにも分からない表情をしていたオレにも分かるようきちんと説明してくれた。
「簡単に言うと魔法とかを使う元になるエネルギーみたいなものよ。主に自分の体か、周りの大気から取り込んで使うけど、使う魔法によってどれを使うのか変わってくるの」
「ほ、ほぉー」
「君……分かってないよね?」
オレの返事から完全に分かっていないことを見透かされてしまった。
「今の君が理解しなくても問題は無いわ。私が状況を理解していれば対応は可能だもん」
そう言って愛用の蒼い弓のチェックをしながらフーリエさんとサポートのパターンについて色々と考えていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「テメェ……何者だ?」
高威力の鉄球スキルを水の防御魔法で防いだフーリエさんがオレらの前に出ると、デモリテの表情が一変したのが見えた。
「お前……確かフーリエって奴か?」
「僕の名前を知ってもらって光栄だね」
さっきも見せてくれた優しい笑みを見せるフーリエさん、その笑みに一体どれだけのポテンシャルを持つのか? それに対するデモリテの今までに見せなかった動揺に、そんな考えが芽生えていた。
「何でウンディーネのテメェが……」
そう呟いて少しの間黙るも、何かを思い出したのかフーリエさんに向けて指を突きつける。
「なるほど……そういや確かお前、元居たギルドを裏切ったんだよな? だから一人でこんな所に居るんだろ?」
その言葉にグレースも何か気が付いたような顔を見せる。周囲からも騒ぐような声が立ち上がり、徐々にその大きさが増している。増援がこちらへと向かっているのだろう。
「フーリエさん……いきますよ!」
すぐに表情を引き締め直すと、空に弓を構えて三発の矢を放った。それを見たフーリエさんも合図を理解したのか杖を空に向けて突き上げた。
「ああ、分かった……。ルネ、おいで!」
誰かを呼ぶフーリエさんは蒼空に向かって大きく声を張り上げた。すると上空を切り裂く三本の矢の周りを雨の粒がまとまりはじめ、大きな水の塊へと成長していく。そして塊は少しずつ形を成していき、
『キュオオオン』
甲高い鳴き声を発したのは水の塊が犬のような獣の姿を模した時だった。水の獣の体内には中心になった三本の矢があったが、それが光の粒になって消えるのと同時にフーリエさんが杖を南側に向けた。
「二人とも!僕の合図で門まで走るんだ!」
対するデモリテは右足をズンと地面がひび割れる勢いで踏み込んだ。
「こんな魔法……俺様のパワーで……」
鉄球を自らの上で振り回すと、鉄球が藍色に瞬いた。さっきと違うスキルだ。
それでも攻撃を迎え撃てないオレと、そもそも近接相手に弓など通用するのか分からないグレースはフーリエさんの合図を後ろで待っている。
「今から僕が出す魔法の後ろに付いて行くんだ!」
その言葉と同時に水の獣が雄叫びを上げてデモリテへと目掛けて突進していく。対するデモリテも頭上で大きく鉄球を振り回している。どうやらスキルの予備動作なのだろう。
「うおおおっ!」
水の獣に負けず劣らずの雄叫びを上げて鉄球を獣に放った。雨粒と空気を押し退ける轟音を
スキルと水の獣が衝突した瞬間、爆音と水煙が石畳の道を包み込んだ。それと同時にオレとグレースは一気に前を突っ切った。
周りは見えなかったが、フーリエさんを信じてただひたすらに前へと走ると、少しずつだが煙が薄くなって前方が見えてきた。
「門が見えてきたよ!」
雨煙に紛れてまだよく見えなかったがそれも数秒のもので、すぐそこに高さ五メートルはある門が現れた。とうとうアレスティアと外をつなぐゴールに到達したのだ。
後ろを振り返ると、フーリエさんとデモリテは水煙の中で戦っていたのか、互いに傷を負ったような赤いエフェクトがチラチラと見えている。
「フーリエさん!」
オレの気遣いにもフーリエさんは心配ないと言わんばかりに、外に向けて指を指す。
「君たちがここから出られれば問題ない。さぁ、早く!」
そう言われてオレとグレースは門の上へと登り始めた。その様子を見たデモリテは歯軋りをすると、
「逃がすかよ……」
こちらに向かって猛然と向かって来たのだ。今までにない圧力にオレの背筋が凍るような感覚に囚われた。
デモリテの鬼気迫る様子にオレらの危機を感じ取ったのか、フーリエさんはそれを食い止めようと、
「ルネ! あいつを止めるんだ!」
そう水の獣に命じて追いかけさせるが、
「させるかよぉ!」
「てめえらはここで潰してやる!」
とうとう増援が十名ほど到着し、多対一の状況になったフーリエさんもオレらの方へのサポートに水の獣をコントロールすることもできずに防御へと徹する事しか出来なかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お前ら、覚悟はできてんだろうな?」
憤怒の形相でこちらに迫るデモリテ。オレよりレベルが高いグレースはステータスアシストで軽々と門を登り切り、既に天辺でオレを待っていた。
「セイリア君! もう少しだから早く登って!」
肝心のオレは手間取ってしまい、まだ頂上まで二割ほど残した状態だった。壁を蹴って登るとか、人間離れした跳躍力で一気に跳ぶといったことはできず、ひたすらに木登りをするしかなかった。
グレースはそんなオレを助ける為に、門のすぐそばまで詰めよって来ていたデモリテを牽制するために矢を放ってはいたが、
「そんなヘナチョコ玉効かねぇよ!」
あっさり鉄球で弾き飛ばして壁の真下に辿り着くと、見かけによらないスピードで壁の凹凸に手を掛けてをよじ登って来た。
「くっそ……」
オレはこのままだとあいつに追い付かれると察して、それならと、ある賭けに出てみることにした。
手近にあった頑丈そうでありながら、しなやかそうな木の枝に両手で掴み、体重を掛けて枝をグッとしならせ……。
「グレース、後は頼むぞ!」
枝をバネにしてオレの体は全力の叫びと共に宙に飛び出した。
「うおおっ!?」
ロケットのように雨を切って突き進むオレは勢い余って、壁よりも高く飛んでしまった。これが失策だった。
「逃がすか!」
壁のふもとから約一メートル上の地点、デモリテは壁のくぼみに足を引っ掛けると、オレと同じように飛んで来たのだ。しかもスピードはオレよりも速い。グレースもスキルを使って黄色に輝く矢を五発一気に放つが、デモリテの腕一振りで弾かれるだけだった。
「あいつマジかよ……」
オレの位置は壁の上空から一メートル、対するデモリテの位置は丁度壁の天辺ほど、デモリテが手を伸ばせば届く距離寸前だった。
「オラァ! 捕まえたぞ……」
デモリテが勝利を確信した笑みを浮かべたその時、オレは体勢を空中でちょうど逆さまにしてからあいつに向けて左の手のひらを向けた。勝ち誇った様子のデモリテはオレの行動に対して何の警戒も見せていない。
「ウィンディオン!」
オレの叫んだ言葉は手のひらから風の球を創り出すと、きっかり手のひらの文字通り、目と鼻の先にいたデモリテの太い右腕を弾くと顔面の目前で破裂する。こちらまで届くような瞬間的な突風に不意を喰らったデモリテは「むぐぅ」と息を漏らし、オレに迫っていた手は空を切った。
そして、オレはグレースのナイスキャッチで門の上に着地し、デモリテはバランスを崩してそのまま落下を始める。
「ぢぐじょぉおお……」
悲痛な叫びを残し、雨に煙る闇にその巨体は消えていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「まさかフーリエさんの最後の助言がこんな所で役に立つなんてね」
ここではどうだか知らないが、現実では体重六十キロはあるオレを簡単に受け止めたグレースは一息ついて不敵な笑みを浮かべた。
「最後にだけど、セイリア君のスキルは片手直剣技ともう一つは何だい?」
作戦会議が終わって脱出直前、フーリエさんはオレのスキル構成を訊ねてきた。オレはすぐにメニューを開いて取得スキルの欄を確認した。
「えっと……基本体術ですね」
そう答えるとグレースが「ええ?」と外に聞こえないようにしながらも仰天の表情を見せた。
「それ、熟練度上げてないと攻撃技使えないわよ?」
その言葉にオレは一度役に立たないスキルを設定させたコーネリアを恨んだが、フーリエさんはグレースの言葉に異を唱える。
「いや、基本体術は熟練度無くたって敏捷性に補正が掛かる。無駄に攻撃スキルを入れるよりも一つのスキルに集中した方が初心者には戦いやすくなるよ」
前言撤回だ。コーネリアはしっかりオレの事を考えていたのだ。そして何か考えていたフーリエさんはオレに、
「でも、今は基本体術を風属性の攻撃魔法に入れ換えてくれないかな?」
「どうしてですか?」
フーリエさんの突然の提案にオレは自然に疑問を投げかけた。それに対してフーリエさんは、
「単純に自己防衛さ……」
ただの一言で終わらせてしまった。このときオレにはここまでのファインプレーに繋がるなんて考えもしなかった。
デモリテから逃げ切ったのは二度目、両方とも幸運が作用する結果となってしまったが、無事グレースを助けられて本当に良かった。
後はフーリエさんが逃げるだけだが、この事に関してはただ信じるしかなかった。
「フーリエさん……」
オレは先に向こう側へと降りていったグレースの後を追いかけた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「何とか撒いたようだね。良かったよ……」
壁の向こうへと消えていったセイリアとグレースの姿を見送ってフーリエは安堵の表情を浮かべた。
残りHPは半分ほどでSPは四分の一くらい、特にSPの減少が激しいのは、増援が想定よりも強いことで魔法を結構使った結果によるものだった。
相手の数は三人。中級攻撃魔法を同程度の攻撃スキルで相殺出来る事からレベル七十前後だと想定した。
「それなら僕もここには用は無いね……」
そう呟いて杖を構えたその時、
「テメェは逃がすかよ。この俺様のプライドを滅茶苦茶にしやがって……」
怒りを含んだドスの利いた声。セイリアからの想定外の反撃を受け、高所から落下したダメージでHPを半分以上減らしたデモリテが鉄球を引き摺りながらやって来たのだ。
「お前ら、あいつだけは逃がすなよ。絶対に地獄を見せてやるんだからな!」
殺意を濃厚に漂わせた眼光をフーリエに向ける。しかしフーリエは意に介さずに魔法詠唱を始めた。
「リ・アレグロ・ワルプ・アクエンス……」
それを見逃す敵は居なかった。
「お前らぶっ殺してやれぇ!」
四方から一斉に襲い掛かる敵だが、彼らの武器は何一つフーリエに届くことはなかった。
「ゴボッ……!?」
飛び出した四人の足元から水溜まりが持ち上がると、かわす暇も与えずに包み込んだのだ。
そして、詠唱を終えたフーリエが今までとは全く違う冷たい微笑みを浮かべる。
「これはトラップだよ、済まないが君たちとはここまでだ。僕には彼らを導く役割が有るんでね……」
そこまで言ったところで、フーリエのそばにいた小さな水の獣が口から水の輪を吹き出した。それが魔法使いを囲んで姿が見えなくなると、辺りを切り裂くような鋭い破裂音と共に水しぶきを撒き散らす。その量は間欠泉のように、フーリエの周囲を囲む者たちを吹き飛ばした。
「……嘘だろ?」
水が排水溝を通り水煙が風に撒かれた後、フーリエの姿は跡形も無く消え去っていた。その様子を見たデモリテらはあまりに突然の事に絶句することしか出来なかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時刻四時過ぎ。潜入して五時間弱が経過したところでグレースを救出するという目的を見事に達成して、オレらは合流場所に決めていた街の南西にある見晴らしの良い丘の上でフーリエさんを待っていた。
「やぁ、待たせたね」
疲れを感じさせない響きの良い声でフーリエさんが現れた。ダメージを受けた痕はあったが、その佇まいからは苦戦を感じ取らせない。
「フーリエさん……良かったです」
「……あの、ちょっといいですか?」
グレースは眉間にシワを寄せた表情でいきなりフーリエさんに詰め寄る。
「どうして私とセイリア君を助けたんですか? 『精霊獣使い』……いいえ、今は『裏切りの水精霊』って呼ぶべきかしら?」
首を振って呼び名らしきものを語るグレース。その呼び名にフーリエさんは苦笑していた。
「SSRのメダルに選ばれたセイリア君がどんな人物か気になってね……。それと話を訊くに彼は初心者だし、そもそもゲームに閉じ込められておいてあんな傍若無人っぷりを発揮していたデモリテたちに好き勝手させるわけにはいかないと判断したまでだよ」
濡れたライトブルーの髪をかきあげて答えるフーリエさん。それでもグレースは納得していない様子だった。
「彼が超初心者って知っていたみたいだけど、彼のメダルを狙ったという可能性は? デモリテたちは酷いことをして他のプレイヤーにメダルを差し出すように仕向けていたのよ?」
「どうやっていたんだい? このゲームは元々オンラインゲームだ。現物のメダルを取る方法なんて無いし……」
「このゲームでデスした時、フルダイブ環境では何とも言えない不快感があります。それがここに来てからというもの、かなり苦しい感覚が強くなっているそうです。死んでからまた外で戦いにいくなんて気軽なことを考えられない位のものだそうですが、デモリテたちはそれを利用して、死んで復活の神殿でリスポーンしたプレイヤーを再び外に追い出し、そこで即体力を全損させて……ということを繰り返したそうです」
そこでオレは最初に南門から逃げ出す直前のことを思い出した。デモリテに立ち向かった鎧のプレイヤーが鉄球に叩き潰された場面だ。一体どれ程の
「それは正しく拷問の二文字がピッタリだと、捕まったときに他の方に聞きました。それをされた男性の方は……かなり疲弊していたそうです」
鋭い目線を浴びせかけるグレースにフーリエさんも真剣な眼差しへと変わる。
「領主という立場は街中でのプレイヤーキルすらも可能に出来るのか……」
「もう一度訊ねますが、あなたはセイリア君に危害を加えないと……保証はできますか?」
「僕が人から物を奪うなんてこと、断じてそれは無い。僕には確かに不名誉な二つ名はあるけど、人から物を奪ったりするようなことは絶対にしないよ」
フーリエさんは強く返事を返した。彼の表情は真剣そのもので、オレの目からはとても嘘などついているようにも見えない。
東の空が白んでいる。互いに真剣な表情で黙りこむ中、そんな静寂を破ったのはグレースだった。
「まぁ完全に信用したとは言えませんが、今回はお礼を言っておきます。フーリエさんが居なければ私もどうなっていたか……」
目を閉じてぽつりと呟いたグレース。そして濡れた栗色ショートボブの髪を揺らして深く頭を下げる
「ありがとうございました……」
「いや、さっきも言ったが困っているプレイヤーを助けるのも僕は嫌いじゃないからね」
グレースをなだめるように両手を振るも、笑顔で返事をしたフーリエさんはオレの方向を向いた。
「最後のデモリテを撃ち落とした魔法、初めてにしては上手かったよ」
褒めてくれたフーリエさんにオレは少々照れくさかったが、
「まぁ、ミスって発射する前に暴発してたけどね……」
そんな批評を下したところで、後ろから何やら「くくっ」と抑えるような声がしたかと思うと、
「ふふっ……あははは! なんかほっとしたら可笑しくなっちゃったわよ」
グレースが突然笑い始めた。何が面白いのかオレには分からなかったが、何故かつられて笑っていた。あんな危機を切り抜けた事で今までに張りつめてきた緊張の糸が切れてしまったのか、なんてことのない会話で笑いが止まらなかったのだろう。
オレとグレースの大笑いが止まったのは、鈴の鳴るような音が大雨の止んだ明け方の冷えた空気を振るわせた時だった。
「ごめんね。私のメールよ」
その音はグレース宛のメールのよるもののようだ。彼女はそのメールを五分くらいかけてじっくりと読んでいた。そしてそれを読み終えると明るい表情で顔を上げる。
「レナちゃんからのメールです! 私達を保護したいらしいのでケットシー族の光の領地『リリヴィオラ』まで来てほしいというメールでした」
嬉しそうに満面の笑みでオレとフーリエさんに報告するグレース。正直言って、彼女の嬉しそうな笑顔は結構可愛らしかった。
「これからの目的は決まったね。僕も出来ることは手伝わせてほしい」
杖を何の原理か、短くして背中に装備してから笑ってみせたフーリエさん。この発言はオレにとってかなり心強い言葉だった。
「本当ですか?」
聞き返すオレにフーリエさんはうなずいた。グレースも始めこそ微妙な顔をしていたが、すぐに納得したのか頷く。
「私もそこまでレベルが高い訳ではないから……。最大レベルの人がいたら色々と安心です」
「それなら当面の目的地はケットシー族、光の領地『リリヴィオラ』だな」
オレが拳を高く挙げたところで、山の稜線から太陽が顔を出し始める。オレとグレース、そして新しく共に行動する事になった水の魔法使いフーリエさんと共に、ケットシー族のエリアを目指した冒険の幕を二日目の朝日が開けたのだった。




