64話・ドラゴン・たっかっ!
―武元曹駛―
俺は、また様々の人々の色々な視線を受けつつも、なんとか武具屋までドラゴンの死体を運んできた。しかも、報酬として受け取った2000ギジェがこれまた重い。くっそ重い。お金は重いと言うと価値とかそう言う意味にも捉えられると思うが、2000ギジェとなると普通に、物理的に重い。物凄く重い。
その、血まみれなので、最初は、店先にいた若い店員ビビられたのだが、いろんな人を見て来たであろう、お年を召しておられる店長というよりは、裏で武具を作るのを専門にしていそうなお爺さんは、俺を……ドラゴンと多額の金を持ち歩く俺を見て、何かを感じ取ったのか、このまま付いて来いという雰囲気を漂わせてから、店の横の少し広い路地を進んでいった。
俺は、ドラゴンの死体を縦(生きている時のドラゴンから考えると横なのかもしれないが、半分吹き飛んだことによって、手足を下にした時の方が幅広いし、そっちを横として仮定しての縦)にしてようやく通れる路地になんとかして死体を押し込みつつ、そのお爺さんに付いて行った。
すると、その先には、少しの工具と屋根しかない、小さな広場があった。
お爺さんはそこにビニールシートを敷いていたので、そこに死体を置かせてもらった。
「その、さっそくなんですが……」
俺は、このドラゴンの死体を売るために、値段交渉……と言うより、もう面倒くさいのでさっさと定価分お金を貰って帰ろうとした。
「お主、これを一人で殺ったな」
「え、ええ、まぁ……」
ここでも、そんなこと聞かれるのか。
最近になって気づいたんだが、死んでいき帰ると結構疲れる。精神的に……
んで、今日はもう6回死んでるから、かなり疲れている。精神的に……
だから、正直な話、もうさっさと帰って、木尾の晩飯をさっさと作って、さっさと寝たい。
「で、お前は、どんな武器を使う……」
「槍」
と、適当に答える。
あと、なんか武器を作ってくれる雰囲気になってるから、こう付け加えておこう。
「その、武器はもう十分間に合っているんで、今日は素材を売りに来たんです」
「なんとっ……このドラゴンはタイラント型、お主は、それで武具を作りに来たのではないのか?」
「いえ、違います」と、俺は、きっぱりと答えた。
こういうのはきっぱりと断るのがいいんだ。
「それじゃあ、本当に売りに来ただけか?」
「はい」
「そうか……久しぶりに腕がなると思ったのにのぉぅ……」
あ、凄い寂しそう……
なんか、罪悪感を感じる、感じる必要なんかないはずなんだけど……
「えっと、その、あの」
「いや、いいのじゃ……お主の背負っているその盾、槍、それに、身に着けている鎧。全部良く手入れが行き届いておる。つまり、それほど大事な物なのだろうし……それでなきゃダメな理由があるのだろう。それを無理に変えるつもりは流石に儂にもない……」
「じゃ、じゃあ、その、その素材を使っていいんで、別の武器は作れますか? 槍以外で……」
「儂に任せてくれるのかっ!」
お爺さんの顔にぱぁっと笑顔が広がった。
分かりやすいな。感情が顔に出るタイプなのか? 商売には向かなそうだが……って俺も人の子と言えないか。
「その、剣とかって……作れます?」
「剣……剣か……両刃か? 片刃か?」
「えっと……」
たしか、木尾があの時使っていたのは……
「両刃です。両刃の剣です」
「そうか……少し待っていろ、今見立てる……」
お爺さんは、ドラゴンの爪や、牙、骨、皮などの測量をしていく。
それは、意外にすぐに終わり、その辺に座る場所ないかな~と探していた俺が、座る場所を見つける前に見立ては終わったようだ。
「その剣、お前が使うわけではないのだろう?」
「まぁ、そうですね」
「使い主はどんな奴じゃ」
「ごつい大男です」
雑な説明だが、大体あってるだろう。まぁ、木尾だし。
「ふむ……なら、大ぶりのバスタード・ソードが作れるし、それがいいじゃろう」
「お代は?」
「お代……お代、のう……まぁ、余り素材だけでも十分お代になる。正直、タイラント型の素材は高くての……まぁ、無料で、と言うわけにはいかんが……実際余りの素材だけでも製作費におつりが付いてくるくらいなんじゃよ……まぁ、なので50ギジェでよい……本当は、お代を貰うなんて出来ないんじゃが……」
と、何度も言うお爺さん。
まじで……ドラゴンってそんなに高いのか……。
「それと、ドラゴンの肉はなかなか旨いもんでな……食肉店にでも売れば、結構な値が付くし、まず、儂ら武具商には不要な物じゃからな、あとで剥いでお返しするのだが、その肉を少し儂らにくれないか?」
ああ、なるほど、そう言う事か……
お代代わりに少し肉を食わせろと……
まぁ、べつにいいか……正直余るほどあるし。多分、俺と木尾じゃ食い切れないし。今日の晩飯分は取っておくとして、残りは売るか。
「よし、その話、乗った」
「おお、話が分かるやつじゃ、流石強いのは違うの」
「強いって、爺さんまでよしてくれよ」
「はは、そう謙虚にならんでも良い、こいつを一人で倒すとは、人間離れしたもんじゃしの」
「は、はは……そうっすね」
人間離れしたっていうのは、少し笑えないかな。
まぁ、そう思ってしまうのは、俺が、もうほぼ人間じゃないからかもしれない。
「まぁ、お主、血やら汗やらで匂いが凄い、風呂にでも入ってこい、儂らが使っている風呂を貸してやる」
と、おじいさんが言ってくれたので、俺は……
「そ、それは、お言葉に甘えさせていただきます」
その御好意を有り難く受けさせてもらうことにした。
風呂から上がると、肉とその他の皮や爪などで綺麗に分けられていた。
なので、俺は、それなりに大きい3キロ分くらいの肉塊を指差し「報酬はこれ一塊でいいか?」とお爺さんに聞いたら「本当に、そんなにいいのか?」と言っていたので、それを報酬とし、残りの肉で、木尾が一杯食う事も計算に入れて5キロ分くらいを晩飯分として、残りの数えるのも嫌になる量の肉塊を大きな袋に入れて、お爺さんに聞いた食肉店に持って行くことにした。
「それじゃあ、再来週までには仕上げる」
「はい、分かりました」
「じゃあ、楽しみにしておれ」
「では、また」
「おう、またの」
と、手を振る爺さんを後ろに、食肉店に向かった。
そこで、俺は、またドラゴンに驚かされることになる。
「ほ、本当にそんなに売ってくれるのかい?」
食肉店のおばちゃんが、驚愕の、そして喜びの表情を見せ、そう尋ねてきた。
「ええ、まぁ、タイラント型ですが、それでも良ければ」
なんか肉固そうだし、一応後から文句を言われても困るので、そう付け加えておいた。
「タイラント型っ!? も、もう、い、今更、売らないなんて言ったって、だめだからねっ!」
と、急に表情を変えたおばちゃんが、「あなたー! お金! お金よ! 大繁盛のためにもお金よ!」といいながら、店の奥に走り去ったのもつかの間、店の奥から、大慌てで食肉店を経営している夫婦が、お金を持ち、息を切らして走ってきた。
「は、はい、これお金、少し安いかもしれないけど、これで、どうか、売ってくれないかい?」
と、ずっしりとお金の詰まった麻袋が……え……?
「ちょ、これ、いくらはいっているんですか?」
ちょっと入れ過ぎじゃないですか?
「え、えっと3500ギジェしかないけど、その、どうか売ってくれないかい? その相場には2割ほど足りていないのは分かるけど、ど、どうか、売って……売ってください」
こ、これで、2割足りないって、どういうことだよ……
そんなに、高いの? ドラゴン……
ドラゴン狩り……これから、お金ない時は、ドラゴン狩りをしよう……
まぁ、別に2割足りてないとかどうでもいいや、正直、今は金に困ってないし。
「まぁ、いいですよ、それで……というか、十分です、十分すぎます」
見た限り、そのお金は、この店の全財産だろう。
なんか罪悪感が……
「あ、ありがとうございます、で、ではっ!」
いつの間にか包丁を持っているおじさんは手早く、肉を切り分けていき。
その一方、おばさんの方は紙に何か書いている。
見てみると、『タイラント型ドラゴンの肉、入荷しました。たくさんあります』と書いていた。
そして、いつのまにか、肉を切り分け終えた、おじさんはドラゴンの肉をショーケースいっぱいに―――他の肉を別のところに押しやってでも―――詰め込んでいき。
おばさんが叫んだ。
「ドラゴン肉入りましたーーーーーーーッ!」
瞬間、その店には客がなだれ込んできた……って押しつぶされるっ……なんだこの客の量は。
俺は、その客の波に逆らって、なんとか店の外に出ると、もう既に長蛇の列。ヤバいな。
そして、店から出てくる客が手にもつのはごく少量の肉。もちろん、それはドラゴンの物なのだろうが、そんな少しでいいのか? と思うくらいの量しか持っていない客が多い。
それほど高価な物なのだろう。だが、それでもこんなに人が並ぶと言う事は、きっとそれだけ魅力のある味なんだろうな。
楽しみになって来たぞ、今日の晩飯が……。
俺は時折振り返って長蛇の列を眺めたりしながら、木尾の部屋に向かった。
肉はいいですよ。肉は。




