53話・仕事、ですね。
―武元曹駛―
寒い。
やっぱり、夜は冷える。というか、俺、今までどうしていたんだ。森の中を歩くときは、帰ることに必死で全く記憶が無いんだが。多分一行でまとめられるくらいに記憶が無い。
食って食われて、魔法を覚えて強くなった。
ほら、出来た。
ああ、それにしても寒い。
「おまえ、何してるんだ?」
ベンチで横たわっていると、誰かに話し掛けられた。
「ああ、え、ああ、どうも」
俺は、相手の顔も見ず適当にそう返したのだが……
「どうもってなんだよ、グルック」
と、俺の名前を知っているようだ。
ああ、良く考えてみれば、この声は聞き覚えがある。
「なんだ、木尾か、なにか用か?」
「なんか用って……お前……というか、何してんだ? お前」
「何してるって、泊まるところが無いから……」
「泊まるところが無いってなんだよ」
「いや、金ないし」
「マジかっ!!」
「うん」
格好悪いけど、仕方ないよね。
本当はお金有るんだけど、フォルド王国とその周辺諸国で使われているお金で、こっちで使えるか分からないし。
「お金ないってことは昼飯は?」
「食ってない」
「マジかっ!!」
こっちの方は、森の中にいた頃が反映されているのか、余り食わなくても腹は減らない。胃が収縮してしまったのだろうか。
って、そんなことないよな、死ねば肉体は戻るはずだし。
ただ単に慣れただけかな。
「じゃ、じゃあ、今日一日どこに?」
「ああ、ずっと図書館に」
「マジかっ!!」
でも、これは別に悪いことではない。
おかげで、色々分かったこともあるしな。
「ええぇ……じゃあ、お前これから、この国いる間ずっと野宿か?」
「まぁ、最近はずっと野宿だったし」
「マジかっ!!」
まぁ……
「うーん……よし、お前、これから俺のうちに来い」
「え、いいのかっ!?」
「ああ、もちろん」
「え、でも俺お金ないよ」
「取らねぇよ」
「マジかっ」
「おう、マジだマジ」
「あ、ありがとう」
「じゃあ、こっちで使えるか分からんけど、これをあげよう」
と、俺は、持っている通貨が全て入った巾着を木尾に差し出した。どうせ使えないなら、無用の産物だし、フォルド王国に帰るといっても、この金を無事に持ち帰られるかも怪しいし。炎吐くようなモンスターとあったら紙幣は全部燃えるだろうし、むしろよく失わずに森を抜けられたなーとも思うくらいの物なので、あげちゃってもいいさ。
「なんだこれ?」
「俺の国の通貨」
「へぇ……って、金持ってるじゃねーか」
「いや、だから、それ、俺の国の通貨」
「いや、これ、この国の通貨」
「………」
「………」
「……えっ、使えるの……」
「ああ、使える……」
「まじかー……」
「マジ……」
そっかぁ……使えたかぁ……なんだったんだろうなぁ……今日一日。
「ああ、まぁ、でも、せっかくだし俺の家には来いよ、ここで再開したのもなんかの縁だろう、泊まっていけよ、それと……」
「おっと」
木尾が巾着を投げ返してきた。
俺は、俺を危うく落としそうなところでキャッチする。
「朝の建物覚えているか、ほら、お前が寝ていたところ」
「ああ、覚えているが……」
「そう、あそこがこの国の兵士の寮みたいなもんだ、実際は賃貸も払っているんだけど、兵士なら格安で済むし、普通の兵士は大体そこに住んでいる」
「それって、俺が住んでもいいのか?」
「まぁ、実際は兵士の寮でも何でもないし大丈夫だろ。ただ、兵士は格安で部屋を借りれるってだけだしな。それに、同じ部屋に住むくらい問題ないだろ、一種のルームシェアみたいなもんだ」
「じゃあ、お言葉に甘えるとしよう」
「ああ、そうしろそうしろ」
と、俺は、野宿という寒く暗い未来を、木尾の部屋という明るく暖かい未来に変えることが出来た。
いやー、感謝感謝。
流石にタダで二晩泊めてもらうのは、悪い気がしたので、メシは奢ったが、この国の肉は美味しいな、ちょっとお高い奴ってのもあるんだろうけど、フォルド王国の物よりおいしい気がする。まぁ、単純に森の中で生肉しか食ってなかったから、舌が肥えているのとは逆の状態で、舌が飢えているだけかもしれないが……。
「それで、お前どうするんだ?」
木尾がそう尋ねてきた。
「どうするって、どういうことだ?」
「いや、国に帰るんだろ」
「ああ、一応帰る道順には目処が付いたが、もう少しはここにいるつもりだ」
そう。帰る。帰るさ。
ただ、もう少し、ここに留まる。理由は簡単。
もっと強くなる必要があるからだ。
きっと、このままだと帰れない。死ななくとも、帰ることは出来ないだろう。この先、人居住区域が有るとも限らないしな。
それに、馬もなければ、魔道車もない。いくら時間が掛かるか分かったものじゃない。それなりに準備を整えて行かなければ、きっと、俺を待つ未来は廃人化しか残っていないだろう。いくら生き返ると言っても、死んでは生き返り、死んでは生き返りを繰り返していたら、いつそうなってもおかしくはないはずだ。事実、今の俺が森の中の記憶がほとんどないのは、その時の俺が、ほとんど廃人と化していたからだろう。
ああ、たぶんあと一ヶ月、いや、一週間森の中にいたのなら、今、俺が俺を保てていた保証は何もない。
俺が得た力は不老不死。確かに強力な力だ。だが、相手に対して何か出来る力ではない。あくまで、自分に無限で永遠のチャンスを与えてくれるだけの力だ。もしも、もしもだが、あの試練をクリアしたものが他にいるのならば、きっとそれは、不老不死よりも強力な物なのだろう。
不老不死。
確かに凄い能力だ。
でも、その能力は欠陥だらけである。
もしも、生きたまま捉えられたら。
もしも、何度生き返っても、相手と圧倒的な戦力の差があって、行きあえること自体が無意味になってしまったら。
もしも、俺以外のやつを人質にされたなら……。
だから、俺は強くなる必要がある。チャンスはあくまでチャンス。チャンスが訪れるかどうかは運次第だが、それを掴めるかどうかは、己の実力で決まる。
そして、俺にはチャンスが確実に訪れるようになっているんだ。
だから、あとは、実力さえあれば……
「そうか、お前も、情報収集していたんだな」
「ああ、まぁ、自分の事だしな」
「それもそうか、で、俺からの情報なんだが、傭兵っていう職業は知っているよな」
「ああ、そりゃな」
「やっぱりな、で、なんか気づかないか?」
「なんかって……そんなことだけ言われてもな、傭兵を知っているからってな……あれだろ、なんでも屋」
「ああ、その通りだ」
そう、傭兵というのは、昔の名残、本当に兵を務める訳じゃないし、辞典や昔の本に載っている傭兵とは違う。
でも、それが、どうしたっていうんだ。
で、その傭兵の仕事がどうしたと言うんだ。そんなの俺の国にもあるし、なにも珍しい事じゃ……
ああ。
なるほど、そう言う事か。
「どうやら気づいたようだな」
「ああ」
そう、傭兵は俺の国にもある。
そしてこの国にもある。
それと、傭兵登録を済ませるとどこの国でも依頼を受けることが出来る。
つまり、傭兵センターは何らかの連絡通信手段を持っているという事だ。
「いや、お前が傭兵志望と言っていた事を思い出してな、調べてみたら案の定だったぜ」
「そうなのか?」
「ああ、なんだっけなWWWだっけなぁ……まぁ、忘れたけど、なんかフォルド王国の事も知っていたぜ」
「そうか」
「で、お前は、しばらくここにいるんだろ」
「ああ、そういうことか」
「ああ、そういうことだ」
ここで傭兵登録をして、依頼をこなしながら、フォルド王国のへ帰る手段を調べるということか。
適当に言った傭兵志望という言葉がまさか本当になるとはな……本当に、人生何があるか分かったもんじゃないよ……




