51話・帰らなきゃ、だよな。
―武元曹駛―
俺が、どうなったかなんて、どうでもいい。
今は、俺が生きている。それだけで十分だ。
俺は、帰らなければ。
少し暗い森の中を歩き続けた。
時には食われた。時には食った。
武装があって本当に良かったと思う。武装が無ければ、きっと俺は食われ続けて終わりだっただろう。
俺が食う側に回ることが出来たのも、この槍と盾があったからだ。
それでも、俺だってたまには食われた。
ただ、それによって絶命することは無い。いや、正確には絶命している。だが、その後、また息を吹き返す。いくら死んでも、死に切ることは無い。俺は、死なない。死んでも生き返る。
そうか、これが、試練によって与えられた力。
厄介なものかもしれない。これから生きていく時に、もう表立った行動は出来ないかもしれない。
でも、それでも、今はそれでいい。
ただ、生きていけるなら。幸せになれる、チャンスがあるのなら。
それでいいんだ。
重い装備だけで、歩く。
荷物は無い。何一つない。
俺は、死んで死んで死んで、また死んで、それでも、歩く。そして、少しずつだが、強くなっている。
強く、強く。
身体の扱い方が、よく分かってきた。
無茶な特訓だ。なんせ死んでいるんだからな。
こんな特訓あるかよ。
それに、いくつか魔法も使えるようになった。
魔法なんて人が使う物じゃないのは分かっているが、それでも、俺は魔法を覚えた。
だって、人じゃないからな。それは化け物の一種でしかない。
けど、幸せにはなれる。
不幸中の幸いは、見た目が化け物になる前の俺だったことだろう。
いや、死ななくなったんだし、もう一度幸せのチャンスを与えられたんだ。幸い中の幸いなのかもしれない。
俺は、ただ歩き続けた。
食べ物が取れないときは、身体が言う事を聞かなくなる前に、自殺した。
それだけで、また数日動けるようになる。
森は、まだ暗い。
まだ、出口には達していない。
日付は分からないが、歩き始めてもう1か月は経っただろう。
でも、俺は生きている。
生きなかったら、幸せは訪れてはくれない。
俺は、まだ幸せを諦めていない。
それに、だんだん、現れるモンスターの数が減っている。だから、きっともう少しで森を抜けることが出来るはずだ。
それに、モンスターの数が少ないと言う事は、人の居住区域が近いと言う可能性もある。
それが希望的観測でも、それが、当たらなくても、それが、絶望的未来でも、いい。
死ななきゃいい。
そうすれば、また幸せを求めることが出来る。
一週間後、そんな俺の、希望的観測が珍しく当たる。
森を抜けることが出来たのだ、そして、その先にあったのは、大きな町と城だった。
来たことも聞いた事もない国だった。
カーヴァンズ公国。
俺は、もちろん門番に止められた。けど、そんなことよりも、驚かれた。
「あの森を抜けて来たのか?」
と。
「しかも、そんな装備だけで」
と。
「お前は、何者だ」
そう聞かれたので、こう答えておいた。
「傭兵志望のしがない元兵士」
だと。
そう言った俺は、疲労によってぶっ倒れた。
肉体的疲労ではない。精神的疲労だ。
そして、目を覚ませば、知らないところにいた。
だが、ここは人工物で囲まれている。
俺は、人の居る場所に来たんだな。
「目が覚めたか」
そう言うのは、先ほど門番をしていた男だ。
「大丈夫か、あ、一応武器は預からせてもらっている。街中であんなもの持ち歩かれては困るからな」
「ああ、すまない」
そりゃそうだ。
街中で抜き身の武器を持てば、皆パニックになるかもしれない。
「それにしても、少し古いかもしれないが、ちゃんと手入れがされていた、いい武器だな」
その門番の言葉を聞いて、今更になって気づいた。
そういえば、この服も、鎧も、盾も、槍も、全部、俺と同じなのか。
俺と同じで、壊れることが無い。正確には壊れてもまた少しすれば元通りになる。
便利なこった。
「ところで、お前は、どこから来たんだ?」
「俺か……俺は、フォルド王国と言うところから来た」
「フォルド王国?」
「ああ、知らないか?」
「聞いた事もない」
「そうか……」
フォルド王国を知らない。つまり、結構離れているようだな。
「なぁ、今は、何月何日だ?」
「今か、今は十月の一日だが、どうかしたか?」
「そうか、ありがとう」
なるほど、時間が進んだわけはないか。
じゃあ、単純に、フォルド王国から場所が離れているだけか。
「なぁ、すまない、俺はフォルド王国に帰らなければいけないんだが、どの方角に行ったらいいかだけでも分からないか? それさえわかれば、俺はどんなに遠くてもあるいて行くことが出来る。だから、分からないとしても、出来れば調べられる場所くらい教えてくれれば」
「そうか……うん、わかった、いいぜ、調べておく」
「いや、いい、分からないなら俺が調べるから」
「そんなことしなくてもいいさ、お前は休みついでに、観光でもしておけ、俺が調べておく」
「……悪いな、俺は、武元……いや、グルックだ」
たまたま、頭の中に会った言葉を口にした。
「俺は、グルック=グブンリシ、何から何まで世話になって済まない」
「いや、いい、俺の名前は木尾 杯人だ、よろしくな」
木尾は手を差し出す。
「大丈夫、一人で立てる」
なんせ体は全く悪いところが一つもない、健康体そのものだからな。
そう心の中で思っていると。木尾はこう言った。
「違う、握手だ」
なるほどな。そう言う事か。
握手か、それなら手を差し出さないわけにはいかないか。
俺も、手を出して、がっしりと、手を握ってくる木尾に対し、俺もがっしりと握り返した。




