05
結局、英輔さんは一週間経っても大和撫子に居た。つまり、マスターが折れたのだ。英輔さんは正式に大和撫子に雇われることになった。
その前に、もう一度確認されたけど。
「理恵ちゃん、本当にいいの? 雇って」
「? 何が駄目なんですか」
「自分のこと不死者とか言っていて、怪しいから」
さらっと言われた。
ああ、そういえば不死者とか言っていたっけ? 接している英輔さんはごくごく普通で、……ごめんなさい、ごくごく普通は嘘だけど、甘いものを愛し過ぎている以外は普通の人だから忘れていた。
今だって、客席でマスターに強請って作らせた餡蜜を食べている。普通サイズだけど。
「あれ冗談じゃなかったんですか?」
「冗談なら冗談で問題」
それもそうか。
「変なこととかされてない?」
信頼感零な発言をぶちかます。そこまで信頼感ないのに正式に雇おうとか思う辺り、やっぱり疲れているんだな……。
「されてませんよー」
だから私は、その背中を押すように明るく笑い飛ばした。私がマスターの足枷になってはいけない。
「ちょっと変わってるけど、いい人ですよー」
「……ならいいんだ」
ほっと安心したようにマスターが肩の力を抜く。
「本当にただの行き倒れか」
そして小さく呟いた。まだ行き倒れていなかったけれどもね、時間の問題だっただろうけれども。あと、行き倒れの前に「ただの」っていうのは普通つかないだろうけれどもね。
「ならいいんだ」
そう言ってマスターが笑う。
その顔を見ると、やはり前よりも多少血色が良くなっている。やっぱり、無理を言ってよかったな。
こうやって長々とマスターと喋るの久しぶりだ。今まで二人だったところが、三人になるのだから仕方がない。ちょっと寂しいけれども。
「……元気ないね?」
そんな思いが顔に出ていたのか。マスターが怪訝そうに問いかけてくる。
「そうですか?」
私は慌てて顔をあげて笑ってみせる。
「どうした、疲れた?」
「いえ、別に」
疲れた、とか貴方にだけは聞かれたくない。
「……餡蜜でも食べる?」
伺うような声色で言われた言葉に、思わず吹き出す。
「それで元気でるの、英輔さんぐらいですよ」
マスターまで思考回路が英輔さん寄りになっているんじゃないだろうか。
「……それもそうか」
「でも、作ってくれるなら食べたいです」
マスターが作ってくれた餡蜜なら。
「ん。じゃあ、いつも頑張ってくれる理恵ちゃんに特別サービスで作ってあげよう」
「英輔さんのあれは?」
「あれは可哀想な貧しい少年への施し」
「ああ……」
否定も出来ずに苦笑い。
「あと三十分で閉店だから、そしたら食べてから帰りな」
時計を見ながら言われた言葉に、
「はい」
大きく頷いた。




