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03

 自分は戦争の為に作られた生物兵器で、見た目人間だけど常人離れした身体能力と、絶対に死なない体を持っている。以上が、神坂英輔が語った、自身の存在である。

「頭の可哀想な人なのかなぁー」

「理恵ちゃん……」

「だって、まともな人が、九州男児なんてもの食べます? お金もないのに」

「まあ、それはそうだね」

 メニュー考案した人までも同意する。

「じゃあわかった。やっぱり三三〇円の話は置いといて。寧ろ三千円も置いといて、帰ってもらおう。それでいいよね?」

 マスターがそう結論付ける。だけど、それもそれでなぁ……。

「でも、まともそうですよ。それ以外は」

「理恵ちゃんはどうしたいの?」

 マスターが呆れたような顔をする。

 自分でも支離滅裂だとは思うけれども、神坂英輔は変な人だと思うが、それでもここで働いて欲しい。

「なに、どうしてそんなに置いときたいのアレを。惚れたの?」

 戯けたようなマスターの声に、ちょっといらっとする。

「……バカですか」

 視線を逸らして小さく呟いた。

 私たちがごにょごにょ話している間、当の神坂英輔は常連のおばあさま方と楽しそうに談笑していた。

「でもほら、溶け込んでますよ」

「けどさぁ」

「あの」

 マスターの言葉を、神坂英輔の声が遮った。

「お客様です」

 彼が指差す先には常連のおじさま二人。

「いらっしゃいませー」

 私は慌てて営業スマイルを浮かべると、お冷やを持って行く。この二人はいつも決まったものを頼むので、メニューは持って行かない。

「ぜんざい二つ」

「はい、かしこまりました」

 わかっていながらも、お決まりの注文を受けて戻ると、神坂英輔とマスターが二人で何か話していた。

 取り込み中のようなので、自分でぜんざい二つを用意して、運ぶ。

「理恵ちゃん、あの子誰?」

 常連さんの言葉に、

「ええっと、色々あるんですけど。新しいバイト候補?」

「へぇ、マスターに負けず劣らず、イケメンだねー。しかし、珍しいね、マスターが男の子いれるなんて」

「それで渋ってるんですよ、あの人」

「でもまあ、確かに理恵ちゃんと二人じゃ大変だよね。マスター、一人の日多いし」

「……そうですよね」

 やはり、お客様から見てもそうなのだ。マスター一人じゃ大変だ。だからやっぱり譲れない。

「理恵ちゃん」

 マスターに手招きされる。お客様に一礼して向かうと、

「とりあえず一週間。様子見」

 どういう話し合いが行われたのか、そういう結論になったらしい。

「よろしくおねがいします」

 神坂英輔が一度頭をさげる。

「こちらこそ」

 ああ、よかった。これで少しはマスターの負担も減るかもしれない。

「まあ、とりあえず明日から来てもらって。って、平気?」

「はい」

「家どこなんですか?」

「ないよ?」

 ごくごく当たり前のようにふった質問に返ってきたのは、予想外の言葉だった。

「は? ない?」

 問い返すと、微笑んで頷かれた。え、笑う場面? ここ。

「……今までなにしてたの?」

 なんだか嫌そうにマスターが問うと、

「甘いもの探して旅しているから、いつも」

 なんでもないように答えられた。

「……世界は甘いものでまわっているんですか?」

「あ、そうかもね」

「なに、不死者の主食は甘いものだって?」

 揶揄するようにマスターが問いかける。

 不死者設定、拾っちゃっていいの? スルーしてあげたほうがいいんじゃないの? なんていう私の心配を余所に、

「ううん、趣味」

 なんでもないように神坂英輔はそれを受けた。

「……趣味って」

 苦々しくマスターが呟く。

「え、じゃあ、その、甘いもの探して旅をして、普段はホテルとかに泊まっていたってことですか?」

 それってある意味冒険家みたい。

「大体ネカフェ。安くて良いよね」

「ネカフェ難民か」

「ちょっと古くないですか?」

「事実そうじゃん」

「いやいや、俺は自主的にネカフェ選択しているんで」

「威張るな」

「でも、所持金無くなっちゃったなら、それも無理なんじゃないですか? 今日からどうするんですか?」

 私の当然といえば当然の疑問に、二人の口がぴたりと閉じる。

「……そうだよ、どうすんの?」

 マスターが尋ねると、

「考えてなかったなー」

 あっけらかんとした言葉が返ってきた。

「自分のことだろうが」

「まあそうだけど。うーん、まあ、その辺で野宿とかするからいいよ」

「危ないですよ」

 そりゃあ、今は春だから暖かくて、凍死の危険性はないだろうけれども。

「大丈夫だよ、言ったでしょ? 俺は死なない、って」

 またそんな夢みたいなことを。

「……従業員に野宿される俺の立場にもなれよ」

 マスターが大きな溜息を吐きながら言った。

「店の評判にかかわるだろうが」

「そんなもの気にするんだ」

「そんなものってなんだよ」

 二人の掛け合いを少し意外に思う。まるで旧知の仲のようなノリで会話するから。それほど馬が合う、ってことかしら。

「じゃあいいや、ここに住めよ」

 面倒くさそうにマスターが言う。

「え、いいんですか」

 驚いたのは私の方だ。

「だってしょうがないじゃん。俺の家には泊めたくないし、理恵ちゃんの家とか当然論外だし」

「……そりゃあ、まあ」

 私の家、当然他の家族がいますしね?

「毛布ぐらい持って来てやるよ。ソファー並べりゃ寝られるだろ。すぐそこに銭湯もあるし、キッチン使っていいし。食材はだめだけど。あー、銭湯に行ったり、食材買う金がないか……。それは、貸すわ」

 半ば投げやりにマスターが言うのを、

「いいの? 俺、レジの金持って逃げるかもよ?」

 おおよそ、許諾される側の人間とは思えない発言で神坂英輔がうける。それをマスターは鼻で笑って受け流した。

「そんなことになったら地の果てまでも追いかけてやる」

「言ってみただけ」

 と、またちょっと仲のいいような会話。

「金庫ありますしねー」

 ちょっぴり疎外感をうけながら強引に話に加わると、神坂英輔は、

「壊せるけどねー」

 と、やっぱり意味不明なことを言った。もういいって、その人並みはずれた身体能力とかそういう設定。

「じゃあ、まあ、そういうことで」

 マスターがどこか疲れたように呟いた。

 ……なんか、余計なことをして、余計に疲れさせてしまっただろうか。ちょっと後悔した。

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