02
結局、マスターの判断を仰ぐことになった。
「っていってもまあ、三三〇円だし。無銭飲食するつもりでもなかったんだろうし。九州男児を食べるなんていうレアな光景を見させてもらったし、別になぁ」
マスターは頼りになるんだからならないんだか、微妙な口調でそう言った。
「いいんじゃね? 駄目かね、理恵ちゃん」
「マスターがいいなら私が口を挟むことじゃありませんけど」
原価の回収は出来ているわけだし。
「本当すみません」
「でも、所持金それだけっていうことですよね? 銀行口座もないって。それで今後の生活どうするおつもりだったんですか?」
なけなしのお金で九州男児を食するとは。なんという人。
「んーまあ、どうにかなるよね」
私の言葉に、彼はあっけらかんと笑う。
「仕事はしてないんですか?」
「うわっ、理恵ちゃん酷いこときくねー」
「いや、まあ」
「じゃあ、ここで働いたらいかがですか?」
「はぁ?」
私の提案に素っ頓狂な声をあげたのはマスターの方だ。
「ちょっ、理恵ちゃん何言ってるのっ?」
「確かに一介のバイトが口を挟むのは出過ぎた真似だと思いますけど」
「なんで俺が可愛くもない男雇わなきゃいけないのっ!」
「顔、可愛い系ですよ、この人」
「まあ確かに。ってそうじゃないっ!」
「冗談です」
でも、と私は真面目な気持ちで告げる。
「私も毎日来られるわけじゃないですし。マスター一人だと、大変じゃないですか?」
私の表情に何を読み取ったのか。マスターは一瞬言葉に詰まる。
「……いやべつに大変じゃないけどさ」
「年中無休で休みないのに」
「理恵ちゃん居るときは休んでるし」
いや、そこは休まないで欲しいんだけど。
「それぐらい疲れてるってことじゃないですか」
沈黙。お互いににらみ合うようにする私たちに、
「いや、あの、俺の意思は?」
「ああ、忘れてました。どうですか?」
「っていうか、その、名前は?」
ようやく基本情報を確認するに至った間抜けな私たちを、彼は面白そうに見ながら、
「神坂英輔」
端的に名乗った。
「神坂さん。バイトしません?」
「神坂くん、バイトする気なんてないよね?」
「マスター」
「理恵ちゃん」
再び睨み合う私たち。神坂英輔は、もう完全に笑いながら、
「懐寂しいから」
いや、寂しいってレベルじゃないだろ、それ。
「雇ってもらうのは吝かではないけど、でも」
そうして彼は、首を傾げた。
「俺、人じゃないんだけど、人外も採用してんの? ここ」
そして再びの沈黙。
「はあっ?」
「はい?」
期せずして、マスターと声がはもった。神坂英輔はにこにこと笑っていた。
これが私とマスターが神坂英輔と出会った日のこと。衝撃的以外の何者でもなかった。




