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まほろば  作者: 雨音かえる
桐屋之段

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33/36

第廿漆話 蓮次

 ——朝。

 里一面に光が差し込み、生える草に降りた霜に、光がキラキラと反射する。

 その霜を踏みしめる音が、里に押し寄せてきた。


 

「久造様ーっ!」


 

 低く通る声が、里中に響き渡る。

 その声を聞きつけ、仮母屋の戸口がゆっくりと開き、久造がひょっこり顔を覗かせた。


 

「なんじゃいっ! 朝から騒々しいのぉ!」

「久造様、桐屋一同、参上いたしました」

「お前、朝早すぎるじゃろうが……」


 

 久造は大欠伸をしながら、腹をボリボリ掻くと、外の空気の冷たさに身震いする。

 里の入口付近には、数え切れぬほどの男どもが大きな俵車に大量の資材を乗せ控えていた。


 

「お前、夜中に出てきたのか?」

「はっ。久造様の下知(げじ)とあらば、この蓮次。いつ何時(なんどき)でも駆け付ける所存にございます」

「お前は……。相変わらず硬いのぅ」


 

 久造は再び大欠伸をすると、手をヒラヒラと振り、家の中に蓮次を招き入れる。


 

「暫くここで、待機! 各自飯を入れ、作業に備えよ!」


 

 蓮次が号令をかけると、桐屋の従者(ずさ)共は、「へーい」と声を上げ、各々休憩に入る。

 蓮次は、久造に従い仮母屋に入った。

 そこには、囲炉裏端に座る紅梅がいた。


 

「紅梅様。お久しゅうございます。お変わりなきようで」

「久しいの蓮次。息災であったか?」

「はい。お陰様で」


 

 蓮次は丁寧にお辞儀をし挨拶をすると、囲炉裏端に上がるよう久造に促された。


 

「蓮次よ。律は店に残してきたのかの?」

「はい。律様には、後から合流すると言い渡されました。この里の図面が引き終わり次第、すぐにお持ちすると」

「そうか。紅梅ちゃん、実はな。儂も昨日久々に蓮次に会うたばかりなんじゃ。ほれ、仙と共に白岩の店を任せておったでの」


 

 久造は紅梅に軽く説明をする。

 蓮次は背筋を伸ばし、正座をしながら久造を真っ直ぐに見据える。

 その姿に久造は、やれやれと火箸で炭をかいた。


 

「お前、そのクソ真面目なんとかならんのか。足ぐらい崩せ」

「いえ。我が元村(もとむら)家は、代々桐谷家に仕える身。そのような無礼は……」

「じゃあ、命令じゃ。楽にせい」

「はっ」


 

 蓮次は一つお辞儀をすると、足を崩し胡座をかく。


 

「相変わらずの堅物よのぅ」


 

 紅梅が笑いながら、白湯を入れた。


 

「こいつは真面目なのはよいのじゃが、もちっと柔らこぅてもええんじゃがな。融通が効かん!」


 

 紅梅は久造に、笑いながら白湯を渡す。


 

「しっかりした者が傍におるのは、よいではないか」

「恐れ入ります」


 

 蓮次も紅梅から白湯を渡され、受け取ると、その場に置いた。


 

「蓮次よ。この里も久しかろう」

「はい。八年ぶりでございましょうか……」


 

 蓮次は、爆ぜる囲炉裏を見下ろしながら、無意識に両手を組む。


 

「なんの因果か、またこの里に戻ることになろうとはのぅ」


 

 久造は煙管に煙草を詰め、煙をふかし始めた。


 

「里は……。久造様たちが不在の折、赤坂に攻め込まれ……。我らが不甲斐ないばかりに。申し訳ございませぬ」


 

 蓮次は深々と(こうべ)を垂れ、謝罪する。


 

「よいよい。もう何年前の話じゃ。里の者が盾となってくれた故。こうして孫たちも元気に生きておるのじゃからな。それより、蓮次よ。お前に一つ頼みがあるんじゃ」

「はっ。なんなりと」


 

 久造は煙を吐き出し、紅梅から聞いたこれまでの経緯(いきさつ)と、奥の部屋で泥のように眠る子供たちのことを短く告げた。


 

「なるほど。では、その子供たちを、私がある程度鍛え上げればよろしいのですね?」


 

 久造は、「うむ」と頷く。


 

「あやつらに、どの適性があるか……。まず、それを見極めてはくれぬか」

「承知いたしました」


 

 蓮次は再び、深々と頭を下げた。


 

「何から何まですまぬの。よろしく頼む」


 

 紅梅が頭を下げる。


 

「紅梅様。おやめ下さい。久造様の命ですので。喜んでお受け(つかまつ)ります。但し、頂くものはきっちりと頂きますので。その旨、お気になさらず」


 

 紅梅は、蓮次の言葉に露骨に久造に向けて、大きなため息をついた。

 久造は、軽く紅梅に背を向ける。


 

「久造。しっかり教育しておるの」

「まぁの」


 

 久造は素知らぬ顔で、煙管の煙を天井へと逃がした。


 

「して、何から始める?」

「まずは、この里の家屋を全て取り壊しにかかります。草は引いてあるようなので、地ならしは容易かと。その後、長屋の施工にとりかかります。人員を分けて紅梅様の庵も同時に」


 

 久造は「うむ」と頷き、紅梅の顔を見る。


 

「紅梅ちゃん。本当に屋敷は要らんのじゃな? 『小さな庵を』と手紙にはあったようじゃが」


 

 紅梅はふっと微笑むと、口を開く。


 

「昔のような栄華はいらぬよ。ワシらはもはや、忍びにあらず。里を離れ、あの小さな庵で暮らすうちに、妙に気に入ってしもうての。あのぐらいが、ワシには丁度ええ」

「そうか」


 

 しんみりとする紅梅に、ただ久造も合わせる。


 

「久造様。そろそろ、作業にとりかかってもよろしいでしょうか?」

「そうさの。して、子供らはどうする? あやつらまだ高いびきじゃ」


 

 久造が指をさした先の奥の部屋からは、複数のイビキが聞こえてくる。


 

「久造様。鍛錬を始めるには基礎体力が必要不可欠です。まずは働かせましょう。桐屋(みせ)から、たんまりと握り飯を用意してきましたので、とりあえず腹に入れさせて働かせます」


 

 蓮次はすっと立ち上がると、スタスタと奥の部屋へ行き、建付けの悪さを無視して障子を力任せに引き開けた。

 

 

 ガガガッ!

 

 

 敷居を震わせる轟音と共に、埃を舞い上げながら障子が左右へ弾き飛ばされる。


 

「お前らーッ! 何時まで寝ているッ! さっさと起きろッ!」

「いっ!?」

「はっ!?」

「ふぇっ!?」

「きゅっ!?」


 

 火緒と火弦、朔とよすがは、障子の開く音と共に響く蓮次の怒声に飛び起きた。


 

「なっ、なんや!?」

「ん……なんやの……」


 

 火緒は薄掛けを羽織りながら辺りをキョロキョロと見回し、火弦はまだ開かないまなこを擦っている。


 

「え? 誰?」

「ぎっぎっ!?」


 

 朔と双子は、蓮次を見上げ目を丸くした。

 よすがは警戒して、毛を逆立て、喉の奥を鳴らして低く唸る。


 

「今日から俺が、お前らの鍛錬をする桐屋の蓮次だ! さっさと起きて、飯を食え。そして、働け!」


 

 低く響き渡る威圧的なその声に、三人と一匹は身動きが取れなかった。

 次に蓮次は隣の小さな物置小屋に目をやる。

 すると障子がすっと開き、中から直太朗が身支度を済ませて出てきた。



「おはようございます。先ほどから話が漏れ聞こえておりましたゆえ、しばし聞き入っておりました。私は直太朗と申すもの。何卒、よろしくお願いいたします。蓮次さん」



 直太朗の挨拶に蓮次は顔色一つ変えず、「そうか。よろしく頼む」とだけ挨拶をした。

 そして、部屋の奥に目をやると、藍之助がまだ寝ていた。

 その姿を見るや否や、直太朗に向き直り、肩を掴んで引き留める。



「おい。貴様。婦女と同室で就寝していたのか?」

「いえ、違いますよ? ああ見えても、藍之助は男です。勘違いなさいませぬよう」



 直太朗が冷たくあしらうと、蓮次はしばし何も言わず「そうか」とだけ告げ、藍之助を起こしにかかる。



「おい、いつまで寝ている。早く起きろっ!」

「ん……。うるさいなぁ。もう少し……」



 藍之助は寝返りを打ちながら、うっすらと目を開けた。

 突然、目に飛び込んできた蓮次の仁王立ちの姿に目を丸くした。



「いやぁっ! 誰っ! 直くん!?」



 藍之助は見下ろす蓮次の仏頂面を見て飛び起き、慌てて壁際まで後ずさる。



「早く起きろ。皆、もう仕事の準備に取り掛かっている」



 それだけ告げると、(きびす)を返し、部屋を出ていった。

 一人部屋に残され、ぽかんとする藍之助だったが、ふと思う。



「今の人……。直くんになんとなく似てる……。直くんが大人になったら、あんな感じなのかも……」


 

 藍之助は一人顔を赤らめ、ほくそ笑んだ。



 

 梓は、何やら外の騒がしさで目を覚ました。

 戸口を開けると、そこには今まで見たこともないような男たちが大勢おり、俵車にはたくさんの樽や木箱が乗せてある。ガタイのよい男衆が、荷物を下ろしたり、座って飯を食っていた。


 

「刹っ! 刹っ! 起きてっ! 起きてってばっ!」

「ん……。何だよ、朝っぱらから」


 

 梓は慌てて刹に駆け寄ると、急いで叩き起こし、戸口の傍まで引っ張ってくる。


 

「おわっ! なんだこりゃ!?」

「そういえば……。今日って”桐屋”の人たちが来るんだっけ?」

「にしても、朝早すぎやしねぇか?」


 

 刹は戸口から身を乗り出し、梓は刹の背に隠れながら顔だけ出して様子を伺っている。

 

 

「刹ー! 梓ー!」

 

 

 そんな話をしていると、仮母屋の方から手を振りながら朔が駆け寄ってきた。

 「ふぅ」っと一息つくと、血相変えて話し出す。


 

「来たよ! 桐屋の蓮次さん! なんか、めちゃくちゃおっかない人なんだけど……」

「…………。それって、どのぐらい?」

 

 

 刹は、どれほどにおっかないのかを朔に聞いてみた。


 

「あのね。起き抜けにいきなり怒鳴りつけられた。でね、表情が……全く読めない」

「全く読めないって……どういうこと?」


 

 梓は刹と顔を見合わせ、朔に尋ね返す。


 

「眉一つ動かさないって言うか、なんていうか。とにかくめちゃくちゃ厳しい人だと思う。一言で言うと……鉄面皮?」

 

 

 朔は先ほどの事を思い出したようで、寒さも相まってか身震いした。


 

『鉄面皮?』


 

 朔はうんうんと何度も頷く。


 

「早く支度して働けって。あ、そうだ。蓮次さんのこともそうだけど、朝飯に桐屋が”握り飯”用意してきたって」

『え?』


 

 その朔の言葉に、刹と梓の目の色が変わった。


 

 ――握り飯。


 

 何日ぶりかのまともな飯に、思わず(よだれ)が垂れそうになってしまう。


 

「梓、行こう!」

 

 

 飯の威力には抗えず、刹に引っ張られ、三人は仮母屋へと早足で向かった。

 

 

 

 仮母屋へ近づくと、味噌のいい匂いと共に、蓮次の声が聞こえてくる。

 家の周りには、蓮次を取り囲むように数人のまとめ役がおり、蓮次が指示を飛ばしていた。


 

「お前たちの班は、あの辺の廃屋を取り壊せ! お前たちの班はあの井戸を取り壊せ。お前たちの班は……」


 

 蓮次はテキパキと指示を与えると、従者たちはすぐさま作業に取り掛かる。

 蓮次達を避けながら、見つからないように、そそくさと戸口に小走りで駆け込もうとした。


 

「なぁ、朔。あれが蓮次さんか?」

「うん。おっかないでしょ」


 

 刹が朔に問いかけると、その声に気づき、蓮次がこちらを見た。

 その視線に、思わず「ひっ」っと三人はすくみ上る。


 

「そこの三人。こっちへこい」


 

 恐る恐る三人は振り返ると、蓮次の傍へと近寄った。

 蓮次は仁王立ちで三人を見降ろす。

 背が高くガタイが良いため、上から見下ろされると、余計に圧が掛かったようで恐ろしい。

 

 

「朔。残りの二人だな?」

「はい。刹と梓です」

 

 

 朔に紹介され、刹と梓は、人見知りをするようにおどおどと軽くお辞儀をした。

 

 

「お前たちも先に飯を食え。そして働け。指示は俺が出す。今日からたんまり働いてもらうからそのつもりで」

 

 

 蓮次はそれだけ言うと、従者達の元へ戻ろうとしたが、くるりと(きびす)を返す。

 

 

「そこのお前」

「あ、はいっ」

 

 

 梓は蓮次に指を差され、呼応するかのようにビクリと顔を上げた。


 

「お前は、紅梅様の元へ。紅梅様から指示を仰ぐように」

「は、はいっ」


 

 命令とも取れるような威圧的な発言に、背筋が思わず伸びる。

 蓮次は再び従者の元へと戻り、指示の続きを始めた。


 

(ねぇ。なんで、梓だけばあちゃんの所なわけ?)

(しらねぇよ。俺が聞きたいわっ。鍛錬じゃなくて、働けって?)

(うん。里の復興の方が先だからって)


 

 刹と朔はコソコソと小声で話しながら、蓮次を見る。

 蓮次の考えが全く読めないながら、とりあえず言われた通り用意されていた握り飯を頬張り、具のない味噌汁を腹に入れた。

 幾日ぶりかのまともな飯は、すきっ腹に染みわたり、なんとも言えない満足感に襲われた。




「役割分担を伝える」


 

 横に並ぶ六人を前にして、蓮次の低い声が里に響き渡った。


 

「あいつ、無駄に声でかいんとちゃう?」

「せやなぁ。もう少し普通に話せへんのかいな」


 

 双子がお互いに愚痴を漏らすと、蓮次の視線がギロリと刺さり、火緒があたふたと慌てて取り繕いにかかった。


 

「えと、梓は? 梓がおらんのやけど?」

「あぁ、あいつは()だろう? 女に労働は無理だ」


 

 一同、蓮次の顔を見つめ、刹がおずおずと手をあげ、口火を切る。


 

「あの……」

「なんだ?」

「梓は()なんっすけど……」

「…………」

 

 

 それを聞いた蓮次は、一切顔色を変えることなく告げる。


 

「お前ら、こっちにこい」


 

 蓮次はスタスタと、何食わぬ顔で歩いて行ってしまった。


 

「あいつ、ほんまになんなん? 何考えとるんか、さっぱりわからへん」

「梓を女と間違えても、顔色一つ変えへんし。普通笑うとこちゃうん?」

「大丈夫だ。さっきも藍ちゃんを女と間違えても同じ態度だったから。きっとあれが普通なんだろ」



 直太朗が蓮次の後ろ姿を見つめながら、双子に告げる。



「まぁ、ぼくぐらいになると、男も女もないからね?」



 藍之助は自慢の亜麻色の髪を後ろに流し、得意げに「ふふん」と鼻で笑う。

 そんな話をしていると、蓮次が急に振り返った。



「やばっ!聞こえてたんかいなっ」



 火緒がすかさず直太朗の影に隠れる。



「直太朗と藍之助。お前たちも紅梅様の所に行け。何やら、頼みたいことがあるらしい」

「え? ぼくたちも?」

「わかりました」



 手短にそれだけ告げると、スタスタと歩き出す。



「なんでなん? えーなぁー」



 不貞腐れる火緒に直太朗は苦笑いを見せ、藍之助と二人、仮母屋へと向かった。

 「はぁ……」と何度もため息をつきながら、双子はやる気がなさそうに項垂れつつ蓮次の後を追い、刹と朔もその後ろに続く。

 

 

「ねぇ、刹。こんなんで大丈夫なのかな?」

「何がだ?」

「僕たち、本当に強くなれるのかな……? って」


 

 朔が下を向きながら、とぼとぼと歩く。

 

 

「朔らしくないな。どうしたんだよ。強くなりたいなんて、今まで言ったことなかったじゃねぇか」

「うん。……そうだよね。なんでもない。気にしないで」


 

 朔は足を速め、双子の所に小走りで駆け寄っていった。

 刹はらしくない朔に首を傾げた。


 

「お前たち。今日からこの廃材をあちらへ運び、全て切断して薪に変えろ」


 

 目の前には、桐屋の従者(ずさ)によって、既に取り壊され始めた家々があちこちにある。


 

「げっ! これ全部っ!? 嘘やろ!?」

「柱とか結構大きいのあんで? 持てるんかいな」


 

 火緒は、その家の残骸を目の当たりにしてあんぐりと口を開け、火弦は足先で柱をつつく。


 

「やり方は自分たちで考えろ。今日はこの家をすべて片付けろ。それが出来たら、飯を与える」

「できひんかったら?」


 

 火緒が恐る恐る蓮次に尋ねる。


 

「飯はないっ!」


 

 その怒声に一同、その場に項垂れ、しゃがみ込んだ。

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