15.最後が楽しければ別れは名残惜しい
ひとしきり笑い合い時計を見ると、上野さんと松原先輩と別行動になってから30分も経とうとしていた。
「遅いね」
2人の身に何かあったのではと思ってしまう。
なにしろ上野さんは現役アイドルであり、トラブルに巻き込まれてもおかしくない。発生させているかもしれないが。
それに直前までの流れからして、2人きりになったタイミングで別れ話を切り出している可能性も高い。どちらも別れる覚悟はしていたが、それでも拗れて刃傷沙汰という可能性はある。
「色々と話してるんだと思うからさ」
戻ってくるのを待とうと、美咲さんは迎えに行った方がという動きを制止する。
「大丈夫だよ」
心配するようなことは起きないからと、美咲さんは自分に言い聞かせているようだった。
「ゲームにはまっているのかもしれないしね」
「梨瀬さん、すぐにムキになってクリアできるまで続けるからなぁ」
熱くなってコインを投入する所を、松原先輩が呆れて見ている姿は容易に頭に浮かんだ。しかも筐体のリズムゲームをやるのが久しぶりな上に、新機種となれば時間を忘れてとなってしまってもおかしくない。
「前も『絶対にクリアするんだ』とか騒いだことあるし」
「あったんだ」
「何とか宥めて帰ったんだけど、次の日に『リベンジだぁ』って」
ものすごく言いそうだ。
「レッスンとかも同じぐらいに熱心なんだからね。自主練習とかも納得できるまでやるし。すごく真面目で努力家なんだよ」
いい所をきちんと伝えようとする辺りからも、美咲さんが上野さんのことを慕っているのがよく分かる。
「おーい」
その真面目な努力家の上野さんは、ネコのぬいぐるみを片手に持ち戻ってきた。
「リズムゲームをやりに行ったんじゃ」
「かわいかったからさー、シュウに取ってもらった」
自慢するように、美咲さんに「いいでしょ」と見せびらかしている。
「たく、金欠だぜ」
取れるまでクレーンゲームをやらされたんだろう。他人のお金で熱くなるのは、よくないけど。
「ご苦労さまです」
「いいさ。最後のプレゼントだ」
さみしいのか吹っ切ったのか、それとも両方なのか、どの感情が込められているのか定かではなかった。
付き合う以前に、誰かを本当に好きになったことがないので、今の松原先輩の感情を想像することもできなかった。
「さて帰ろうか」
上野さんが宣言する。
ものすごく長く感じた1日が終わろうとしている。
「梨瀬さんの迎えが、おじさんのお店に来ることになってるから戻るけど。深山君はどうする」
時間的には、おじさんの喫茶店を経由しない方が早く家には帰れる。
「どうせだから最後まで着いて行くよ」
「俺も。帰りに何かあってもやだしな」
松原先輩も同意したことで、全員で喫茶店に向かうことになった。
帰りのバスは、朝の険悪な空気が漂ってたのがウソのように穏やかだった。席順は朝と一緒だったけども。
3人は時折、言葉を交わす以外はスマホをいじっていた。
返信やチェック、更新とスマホでやらないといけないことはたくさんあるのだろう。ガラケーの身としては、特にやることはないのでボケッと窓の外の景色を眺めているぐらいしかなかった。
ふと、みんなで遊んだ記念として買ったペンギンのアクキーをどうしようかと考えた。ガラケーにストラップとして付けるのがいいだろうけど、落とさないかな。
確認しようとしまってあるポケットに手を入れると、ハンカチにふれた。
美咲さんに今日こそは返そうと思って持ってきた雨の日に借りたハンカチ。
忘れても、返すタイミングがなかったわけでもない。その気になれば、いくらでも返す機会はあった。
そもそも返す気が本当にあるのかということだった。ありはするが、返さずに手元に置いておきたいと思ってしまう。しかも、あの時のハンカチと渡すのも今更な気がしてならない。
少なくとも今日、この流れで返すのは違う。
だから持ち帰ることにした。
益体もない思考を続けていると、バス停に到着した。
「これから歩くのか」
夕方だというのに気温は下がったと感じられない。むしろ朝よりも暑い気がする。上野さんと松原先輩の間からの、冷気の発生が止まったことも影響しているかもしれない。
「すぐですよ」
げんなりとしている上野さんを励ますと、美咲さんは先頭を切って歩き出す。
「暑いね」
「これから1カ月以上はずっと暑いよ」
天気予報では異常な暑さになると繰り返していた。
「そっか、涼しいとこに行きたいな。山とか」
「旅行とかで行かないの?」
家族旅行で国外や北海道に行きそうなイメージがあった。
「お父さんが忙しくて、旅行は難しいんだ。レッスンもあるしね」
お盆にばっちりと休みをとる我が家の父親とは大違いみたいだった。
「深山君は予定あるの?」
「えっ、まぁ、いっぱいあるよ」
特にない、と言うと面倒なことを言われそうな気がしたので、あるということにしておいた。
「真白君」
「わっ」
背後から顔を突き出して上野さんが会話に入ってくる。
「ご飯食べてゲームして寝るっていうのは予定って言わないからね」
どうして予定を知っているんだ。
「心臓を動かすのが忙しいとかいうのもなしだぜ」
松原先輩まで、こっちが言う前に忙しい理由を当ててくる。
「何ですか、それ」
美咲さんが呆れたような顔になる。
「中1の時にクラスが一緒だったユウの断る時の言い訳」
松原先輩は、3年前のクラスメートを懐かしそうに語った。
その人は、きっと陰キャぼっちのはずだ。
でも、そのふざけた言い訳を堂々と口にできるのだから強い人、もしくは空気の読めないタイプで苦労していると思う。上野さんや松原先輩みたいに、その言い草をおもしろがってくれる人は少ないから。
「そうそう、そんなことばっかり言って、クラスのこと手伝わなかったよね。感染禍でやることも大してなかったけどさ」
上野さんも懐かしみ、「真白君も、そういうこと言うタイプでしょ」と笑いかけられる。思いはするが口にはしないタイプだ。
「……お盆に父親の実家に行きますよ」
一応あるちゃんとした予定を告げる。
「おぉ、そうなんだ。お土産よろしくね」
ちゃっかりというか上野さんは要求してくる。
「もう会わないですよね。だいたい上野さんは、それこそコンサートとかで忙しいんじゃないんですか」
現役アイドルと会う機会が、この先あるとも思えない。
「悲しいこと言うなぁ。お土産なら清華ちゃんに預けてくれればいいじゃない」
「忘れなかったら買ってきますよ」
とでも言っておかないとしつこそうだった。
「あのさー、私は現役アイドルなんだよ。『喜んでお土産を買ってまいります』とかなるのが普通じゃないかなー」
「もっとアイドルらしいことしてから言えよ、そういうのは」
松原さんの言う通り、外見以外でアイドルらしさを感じたのはない気がする。
「してると思うけどなぁ。そういや真白君は、私がアイドルやってるとこ見たことあるんだっけ」
所属するグループ名などは聞いているのだから、一緒に遊ぶとなれば事前に動画チェックなどをするのが普通なんだろう。
しないとかなまでは思いはした。まぁいいか、そんなに話すこともないさと、何もせずに今日を迎えている。
「……これから見ますよ。えーと、確かシャイニング――」
「シャインドロップ」
完全に間違う前に美咲さんの訂正が入る。
「普通にショックだよ、真白君」
ため息をついて上野さんは、「私もまだまだだね」と首をふる。
「そんなことないですって。深山君が特別に知らないだけですから」
言う通りだけど、美咲さんのフォローは心苦しい。
「私、テレビとかにも出て、みんなに知られてるって思ってたんだよ。だけど、真白君みたいな人もいるんだって分かったから、もっとがんばんなきゃだなって気になったの」
力強くうなずいて、「だから、ありがとう。真白君」と感謝された。
プロの心をくすぐるものがあったのだろうが、怠け者の面倒くさがり屋にはよく分からない。
「ちゃんと応援しますよ。一緒に遊んだ仲ですし」
「よろしくね」
帰ったら動画サイトで、とりあえず確認はする。CDとかも買っておこうか。
「着いたな」
おじさんの喫茶店が視界に入り、松原先輩が告げる。それは解散を意味していた。
「じゃあ、これで」
名残惜しくはあったが、これ以上は一緒にいる理由もない。
「待って」
上野さんに引き留められる。
「写真、撮ろ。この4人で遊ぶなんて、これがきっと最初で最後だろうからさ」
提案に「いいですね」と美咲さんは素直に応じる。松原先輩も、かまわないという態度だ。
「一緒に写ったりしたらまずいんじゃなかったんですか」
流出の可能性があるからと、男との写真は撮らないようにしていたのに。
「いいんだって。それに、ほら2人が真ん中なら問題ないでしょ」
おじさんの喫茶店の入り口前で美咲さんとくっつけられ、その横に上野さんと松原先輩が立つ。
「もっと、くっついて2人とも」
スマホをかまえた上野さんが楽しそうに指示をする。
「あぁ、はい。ほら深山君」
「えっ、ちょっ、ちか……」
ふれないようにしている努力に気づきもしないで、美咲さんは肩を寄せてくる。横に立つ松原先輩にも肩を押される。
いい香りだな。
すぐ近くにいる美咲さんに、よこしまな感情を抱いてしまう。
「じゃぁ、撮るよ~」
カシャっと音がして、光景が記録された。
「うん、いい感じ。清華ちゃんとシュウには送っとくね。あぁ、真白君は……」
ガラケーだからどうしようと上野さんは思案する。
「スマホにする時まで、私が預かっておくことになってるんで大丈夫ですよ」
忘れずに美咲さんはいてくれた。
「そっか。じゃあ、スマホにしたら清華ちゃんから、ちゃーんと受け取るんだぞ」
「分かってます」
いつになるか分からないけれど。
「そうだ。真白、お前の番号、教えてくれよ」
番号というのが、携帯電話のを指しているのに気づいたのは、松原先輩がスマホを取り出してからだった。
「あっと、090――」
深く考えずに数字を述べていた。
「オッケー」
ポケットの中のガラケーが震える。
「それ、俺の番号な」
ガラケーを開くと、不在着信1件となっていた。
「困ったことがあったら掛けてくれ。できる手助けはしてやるから」
「ありがとうございます」
かけることはないと思うけど、登録番号が増えたというのはうれしかった。
「清華ちゃん、後で私にも教えてよ」
ぶっそうなことを上野さんは言っている。
「深山君、教えていい」
リテラシーの高い美咲さんは、勝手に番号を教えるなどということはせずに確認をとってくれる。
「ダメです」
反射的に断った。
「はぁ、何でよ。シュウには教えておいて」
「いや、面倒なこと言ってきそうだし」
「私、アイドルなんですけど」
頬をふくらませて、「ちょっと見せて」と松原先輩のスマホを覗き込む。
「うわっ」
手の中でガラケーが震える。
「それ、私の番号だからね。登録して、お土産を買った連絡しなさいよ」
「お前なぁ」
苦笑しながらも松原先輩は、「だけど、アイドルに携帯番号を教えてって言われたら断んないよな」と上野さんの行動に理解を示す。
「人の店の前で暴れてんなよ」
カランコロンと音を立てて、喫茶店の入り口が開き、おじさんが顔を出す。
「何か知らんが、仲良い感じになってるけど」
出発時の冷え切った様子しか知らないから、この半日での変化に驚いているようだった。
「そうなんだよ、おじさん。深山君のおかげで」
おかげって何だろう。
勘違いをしているんじゃないのか。
「じゃあ、本当にバイバイだね」
「おぉ、俺もここで帰るわ」
上野さんと松原先輩は視線を交錯させ、2人にしか分からない別れのあいさつをする。
「気をつけて」
「お前こそな」
手を挙げて、松原先輩は「じゃあな」と歩き出す。
「僕も、今日はありがとうございました」
頭を下げる。
「こっちこそ、本当にありがとう。真白君」
顔をあげると穏やかな笑顔の上野さんがいた。
「またね」
横にいる美咲さんも笑顔だった。
「うん、また」
夕闇が迫る中、松原先輩とは別方向に一歩を踏み出す。
今日が終わることのさみしさで振り返ると、美咲さんと上野さんが手を振っていた。思わず振り返していた。




