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13.上野さんは真面目すぎる

 連絡を受けてお店に戻ると、複数の袋を持った美咲さんと上野さんが待っていた。


「遅いよ」


 クレームをつける上野さんに、「悪い悪い」と松原先輩は全く反省していない謝罪をしながら買い物袋を受け取ろうと手を差し出す。


「大丈夫よ。真白君に持ってもらうから」


 持つのはかまわないが、そこはやっぱり彼氏に頼むものじゃないのか。


「代わりにアイスを買ってきてよ。お腹すいちゃった」


 お昼を食べてからけっこう経っているから、おやつというのは丁度いい。けど、みんなで買いに行けばいいだけな気がする。


「荷物を持って並ぶのは面倒でしょ」


 顔に出ていたのか、上野さんが説明してくれる。


「買ってくるぐらいいいけどよ。チョコミントだろ」


 笑顔で上野さんは頷く。好みを分かっていたり、細かい所でカップルなんだなというのを感じさせる。

 だけど、さっきの話からすると、カップルだったんだなと過去形にしないといけないのかもしれない。


「お前らは?」


 と聞かれても、どんな味があるのか分からないので答えようがなかった。


「私も一緒に行きますよ。深山君に奢らないとですし」


 そんなことも言っていた気がするけど、本当に奢ってくれなくてもいいのに。


「キャンペーンとかはやってないみたいですね」


 スマホを操作して店のことを調べている。

 もしかしてアイスを食べると言えば、どこの店というのが決まっているのか。


「深山君は何にするの」

「えっ、あの、じゃあバニラ」


 絶対にあるだろうものをあげる。


「……いいけど、どれでも料金は一緒だからね。限定のとかもあるし」


 一番安いものを注文したと思ったのか、美咲さんはアイスの種類が映った画面を見せてくれる。スクロールすると本当に色々とあった。

 店そのものは食べたことがないだけで、モールによく入っているため知っていた。


「オレンジにするよ」

「おいしいよね」


 食べたことないけど、「そうだよね」という顔をしておく。

 少しぐらいは見栄を張りたいのだ。使い方を間違っている気もするけど。


「というか、僕が先輩と買ってくるよ」


 美咲さんは、上野さんと休んでいてもらった方がいい。もしくは松原先輩を残して、上野さんと一緒にいてもらうかだ。


「女の子だけにしたらナンパされちゃうでしょ」


 美少女2人、しかも1人は現役アイドルなのだから、もっともなことだった。


「というわけでフードコートで待ってるからさ」


 美咲さんの分の荷物も合わせて押し付けてきて、上野さんはさっさと歩き出す。


「ごめん、お願いするよ」

「任せておいて」


 アイスを頼むと、はぐれにいように荷物を抱えるように持って上野さんの後を付いて行く。


「いい席が空いてるよ」


 壁際のあまり目立たない場所を上野さんは確保する。いい席というのは、人からあまり見られない場所ということなんだろう。現役アイドルとして、そういうのを一々気にするのも大変だなと思ってしまう。


「ごめんね、清華ちゃんと買いに行きたかっただろうけど」


 座るなり謝られる。


「真白君と話したくてさ」


 ぱっちりとした瞳を向けられて、どこを見ればいいのかと困る。


「普通にしてていいよ。て、難しいか」


 現役アイドルでなかったとしても、上野さんと2人になったら緊張してしまうに決まっていた。

 上野さんが美少女というのはもちろんだが、そもそも女子と話すということに慣れていないのだ。


「話したいって、何をです?」


 要件を言ってもらった方が、まだ緊張しないですみそうだった。


「うーん、改まって聞かれると大したことじゃないんだけど。今日はありがとうってことかな」


 それなら2人だけになって伝えずとも、別れ際で十分じゃないかという気がする。


「最初に清華ちゃんから、今日のデートに男子を誘ったって聞いた時は申し訳ないけど『何、言ってるの』て思っちゃんたんだよね」

「まぁ、そうでしょ。誘われた僕だって、『何、言ってんだ』って思いましたもの」


 おじさんの喫茶店での一幕を思い出す。


「バレちゃいけないアイドルのデートに付いて来てって。ただのクラスメートに言うことじゃないですもん」

「だよね」


 同意して上野さんは笑う。


「私もダメだよって言ったんだけど、絶対に大丈夫だからって。ガラケーだから写真を撮られる心配もないし、SNSもやってなくて、アイドルにも興味がないみたいって、あの子にしては珍しく粘ってさ」


 そこまでして同行を説得するほど、何を期待されていたのか。


「あんまり熱心だから、私も興味持っちゃった。もしかして、自分がデートしたいだけなんじゃないのかってさ。それでもガラケーじゃなかったら拒否してたよ」」


 スマホじゃないというのは、そんなに重要なのか。


「写真流出はダメだって事務所から口酸っぱく言われてるの。デビュー直後は、昔の交友関係で出てくるから気をつけろとかさ」

「だから一緒の写真は撮ってないって先輩も言ってました」


 何枚かは撮ったらしいけど。


「卒業式とか、ごまかせそうなのは何枚あるよ。普段のとかはないんだけど」


 悲しそうな表情に上野さんはなる。写真をいっぱい撮りたかったのかな。そりゃ付き合っていれば撮りたいよな。


「中学までの友達に写真を消すように頼んだり、嫌だったな。高校は芸能科だから、その辺りの対策もとってるし、クラスメートも分かってるから楽だけどね」

「大変そうですね」

「仕方ないよ。分かってて進んだ道だもん」


 自分と2歳しか違わないはずなのに、すごい大人に見えた。


「かっこよく言っても、結局は分かってなかったんだけどね」


 松原先輩と付き合ったことだろう。


「話は聞いた?」

「……アイドルになるか親に相談しようと悩んでるのを助けたって」


 聞いたというのが、どこからどこまでを指しているのかは判然としなかった。だから当たり障りのない答えをする。


「そう。すごく悩んで……。あの時は清華ちゃんにも迷惑かけたな」


 美咲さんと松原先輩の話を聞く限り、かなり精神的に追い詰められていた状態だったと想像できる。


「勝手に思い込んでただけで、ちょっと話したらあっさりと解決したんだけどね。そのちょっとは、シュウがいなかったらできてなかった」


 さして考えず適当にアドバイスしただけと松原先輩が言っていたのは、黙っておいた方がいいだろう。


「おかげで話すことの大切さを知れたんだ。あのまま親に自分から言わなくても、その内に事務所の人が連絡してたと思う。ほんの少しルートが変わるだけで、アイドルにはなっていたんだよ」


 親がダメだと言っているということになれば、事務所の人が説得に乗り出すのは当然のことだった。上野さんの場合は、親がアイドルになることに実は反対じゃなかったのだから、事務所から話せばあっさりと許可はおりる。


「それでアイドルになってたら、問題が起きた時は放っておいたら、いいように解決するから何もしないでも大丈夫って考えるようになってたと思う。そうなってたら、多分どっかでひどいことになる気がするんだ」


 どちらかというまでもなく問題を放置するタイプだけに耳が痛い。


「何て偉そうなこと言ってもさ。シュウのこと放っておけば解決しないかなって思ってる自分がいるんだ」

「自然消滅……」


 まずいと思った時には、松原先輩が懸念していたことが口からもれていた。


「シュウが言ってたの。そりゃバレるか。狙ってたよ」


 あっさりと認める。


「どうしていいか分かんなくて。相談できる人もいないし」

「付き合い続ければいいんじゃないですか。みんなに黙っているっていうのは、どっちにとっても辛いでしょうけど」


 悲しそうに、「俺ってどういう存在なんだろ」と口にした松原先輩の顔が浮かぶ。


「嫌いになったわけじゃないよ」


 裏返すと好きではないということの気がする。


「告白から年明けまでの2カ月ぐらい本当に楽しかった。クリスマスとかさ、こんなに楽しいイベントなんだって驚いた。デビュー前のレッスンきつい時とか、シュウとのやり取りで元気ももらえた」


 それでどうして自然消滅みたいな展開になるのだ。


「デビューしたらさ、色んな人に会うんだよ。テレビとかでしか見たことのなかった芸能人とかが普通にいるの。ほかのアイドルの人とかも話して、とにかく世界が広がった。すごい勢いでね」


 自分のいる場所とは全然、違う所に上野さんは立っているのだろう。そこは将来、美咲さんが立つ場所でもある。


「そしたらシュウが、すごい小さく見えて……」


 イケメンスポーツマンではあるけど、ただの高校1年生としてはだ。


「小さいは言い方が悪いな。普通っていうのかな。考え方とかやってることとか、色々と接する人達との差が大きくて。アイドル活動のこととか相談しても、何ていうか普通の答えしか返してくれなくて」

「真面目に考えたら、答えは普通になるもんじゃ」


 奇抜な答えを返せばいいというものじゃないし。


「的外れってこと」


 冷たく言い切る。

 元々アイドルになる際の相談にしても、松原先輩は自分でも言っていた通り考えなしのアドバイスが偶々いい方に転がっただけだ。なら相談をしても、ずれた答えをしても不思議ではない。


「日常の連絡というかトークでもさ、何かかみ合わなくなってきて。これ以上やってたらイライラして、嫌いになるって思ったら、連絡しなくなっていって」

「それって、もう……」


 カップルとしては終わっているというのを呑み込む。


「分かってる。伝えなきゃだって。清華ちゃんは私達の関係がうまくいくようにって、今日をセッティングしてくれたけど。それとは全く違うことをしなきゃなんだよ」

「言いづらいのは分かりますけど。松原先輩だって、ちゃんと伝えれば納得してくれますよ。というか、今の微妙な関係の方が辛いんじゃないですか」


 明確に終わりを松原先輩は求めている気がする。そんなことは、空気を読むのが上手らしい上野さんは知っているのじゃないか。

 なのに伝えていない。


「他に理由があるんですか」

「どうして、そう思うの」

「話すことの大切さを知れたのに、放っておくことで解決しようとしているから、ですかね」


 正解したのか、的外れだったのか、上野さんの笑みからは読み取れなかった。


「人生で一番辛かった時に助けてくれて、今までで一番好きになった人にさ、最低なことを言わなきゃなんだよ」


 別れようと口にするのは、そんなにも重いことなのか。


「流出させないように連絡先とか写真を目の前で消してって。シュウが、私を陥れるために流出させるかもしれないからって」


 そういう方向か。


「言いたくないよ。でも事務所のルールだから。彼氏がいた子はマネージャーがスマホを取り上げて消してたし。彼氏のとこにも行ってやったって」


 脅しのためのヤラセであってほしい。


「真面目ですね」


 感心するしかなかった。


「僕だったら、言わないでおきますよ。だって付き合っていることは事務所の人は誰も知らないんだから、言わなきゃバレないじゃないですか」


 実に不真面目な発想だと思う。


「バレないかな」

「松原先輩が流出させなきゃバレようがないですよ」

「だから消してもらわないとなんじゃない」


 データとして残っていれば流出する可能性は常にある。


「自然消滅したら消してもらえないじゃないですか。なら消してと言わなくても同じですって」


 納得しがたいという表情を上野さんはしている。


「流出の可能性だけだったら自然消滅の方が高いですし」

「そうかな」

「僕なら、連絡を全くくれなくなって自然消滅となったら、不幸になれって間違いなく思いますからね。そして不幸にするための道具が手元にあったら使っちゃうかもしれないです」


 人として最低なことをすると宣言していた。


「思うけど使わないんじゃない、真白君は」


 やろうとしても面倒くさいとなって実行しない気はする。


「シュウだってしないと信じたい」


 つぶやくように言うと、何かに気づいたように口元をほころばせる。


「そうだね、うん。簡単なことだ」


 マンガであれば、今の自分の頭の上には?マークが乱舞しているに違いない。


「アイス来たよ」


 振り向くと、4人分のアイスを持って美咲さんと松原先輩が近づいてきていた。


「ありがと」


 顔を元に戻すとアイドルではない表情の上野さんが笑っていた。今日、見た上野さんの表情で一番心に残るものだった。


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