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12.松原先輩はやっぱりいい人だ

 水族館の後の予定は昼食となっていた。


 アイドルと一緒だから、すごいおしゃれな所に行くのかと思ったら、普通に全国展開するコーヒーチェーン店だった。

 衝立が高く、他の席がよく見えない造りになっているのがいいのだという。


 混みそうな時間帯だったのに幸いにというか、並ぶことなく店内に入れた。美咲さんは、強引に上野さんと松原先輩を隣同士にさせる。必然的に、美咲さんの隣に座ることになった。

 席に着いた段階で「来たことがない」と伝え、美咲さんも付き合いで2~3回しか来店していないことを知った2人が、お勧めだの何だのを教えてくれた。

 おかげで昼食は、そんなに空気も悪くならずに楽しめた。


「次は、どこに行くの」


 昼食後から最後に行く予定になっているゲーセンの間は、その時の流れによるみたいな感じだったから改めて美咲さんに確認した。


「モールでショッピングと思ってたけど」


 チラリと上野さんに「いいですよね」というような視線を向ける。


「外は暑いからね。涼しいとこの方がいいでしょ」


 予報の通り、屋外の気温はぐんぐんと上がっている。アスファルトの照り返しもすさまじい、街中では人間が活動するには不適切な状態になっていた。


「秋物は早いけど、今年の夏は長くなりそうだからいいのがあれば買っておくのも手だしね」


 まだ7月の後半なのだから、そりゃ秋物は早いだろう。


「ですよね」


 ファッションに興味などないため、美咲さんと上野さんが盛り上がるのを横目に氷の解けた水を飲む。


「大変だぜ、これから」


 松原先輩は悟ったかのような顔をしていた。

 水族館と違って、美咲さんと上野さんが中心となってショッピングをするのに、ついて行くだけなのだから楽だと思うのだけど。気をつかったりする必要もないわけだし。


 チェーン店を後にして、モールに移動しファッションの店を2人が見て回り始めて、松原先輩の言っていた意味が分かった。

 店を回り、服をチェックしてを繰り返す。その間、美咲さんと上野さんは店員さんも交えながら、色々と話しながら吟味している。トレンドだ何だ、店員さんが言っているのが漏れ聞こえてくるが、さっぱりと意味は分からない。


「さっきのお店に戻って試着しようかな」

「あの服は清華ちゃんに似合ってたよね~。あのお店、私もいいなって思うのあったから戻ろっか」


 似たようなやり取りは先程もしていた。そして結局、買わなかった。


「なぁ、俺達ちょっと休んでるぜ」


 2時間近くも付き合った段階で松原先輩が言ってくれた。


「うん、いいよ」


 上野さんは、あっさりと承知してくれる。


「ごめん、退屈だったよね」


 同行している男子がいることを思い出してか、美咲さんが謝ってくれる。ここで「全くだよ」などと言ってはいけない程度の空気は読める。


「そんなことはないよ。出番が来たら呼んでよ」

「出番?」

「荷物持ちとかさ」


 服に関してセンスはないので、似合ってるかどうかを聞かれても困るが、荷物ぐらいは持てる。


「自分で買った分ぐらい、自分で持つよ」


 他人に自分の物を持たせるという発想が美咲さんにはないらしかった。


「もう清華ちゃんたら、気の利かなさそうな真白君が、気の利くことを言ってくれたんだから素直に受けときなって」


 どう反応すればいいのだろうか。


「シュウ君なんて言ってもくれないんだよ」


 自分の彼氏――でいいんだよね――に一瞥を上野さんはくれる。


「わざわざ言うことじゃないだろ。服ぐらい、いくらだって持ってやるよ」

「あら、ありがと」


 これってカップルらしい会話でいいんだろうか。互いに口を利かず、険悪な空気を放っているよりはいいけど。

 でも何だろう。

 今日の朝よりも関係は終わっているような気がしてならない。


「じゃあ行こ、清華ちゃん」

「は、はい。深山君、後で何かおごるから」


 荷物を持ってもらうことか、それとも待たせてもらうことに対する代価かは分からなかったが律儀に言い残して、美咲さんはファッションショップへと向かった。


「そっちイスあるぜ」


 2人が店に入っていくのを見届けると、松原先輩は近くの休憩コーナーを示した。


「何か飲むか」


 自動販売機がベンチの横には設置されていた。


「ジュースの1本ぐらい奢ってやるよ。先輩だぜ」


 とは言われても、先輩から奢られるというシチュエーションに遭遇したことがなかった。


「迷惑賃てのもあるしな。何にする?」


 反射的に「お茶」でと答えていた。


「迷惑賃って」

「ほらよ」


 ひょいと投げられたお茶のペットボトルを、どうにか落とさずに受け取る。松原先輩は自分のコーラを買うと、ベンチに腰掛けてカシュっとプルタブを開けた。


「夏休みに呼び出して、これだぜ。迷惑だろ」


 迷惑という表現が正しいとは思えなかった。かといって来て正解、楽しいと手放しで絶賛できもしない。


「別に迷惑じゃないですよ。家で寝てるよりは有意義に時間は使えていますし」


 美咲さんにも言ったが、プライベートのアイドルと遊べるという一生に一度もないようなビッグイベントを蹴ってやることといえば、クーラーの効いた部屋でダラダラと過ごすだ。

 それも魅力的な1日の過ごし方ではあるが、残りの30日以上はある夏休みで十分に楽しめる。


「美咲さんと上野さんと一緒に水族館に行くとか二度とないですから」

「それはそうか。だけど思ってたとのは違っただろ」


 事前に想像していたのとは全くといっていいほど違った展開ではあった。


「気になってたんだけど、今日のことはどう聞いてたんだ?」

「どうって。その、アイドルの上野さんが彼氏と久しぶりのデートするけど、恋人禁止で友達と遊んでるように見せる必要があるから来てと言われて」


 人知れず恋を育むカップルを見守る役のはずだった。


「正直に説明してるんだな」

「だます必要もないでしょ」


 水族館に行くまで、何度もだまされたと思いはしたけど。


「いや、アイドルと遊べるからって連れ出したかもしれないじゃん。彼氏がいるとか言って、バラされてもまずいわけだし」


 その可能性もあるのか、とバラす気など全くないため考えもしなかった。


「お前が来るって聞いたの、朝の喫茶店でなんだよ。大丈夫って断言してたけど、本当かよって疑ってた。確かに大丈夫だったけどな。つうか本当にスマホじゃなくて、ガラケー使ってるしさ」


 言うのが直前すぎないか。


「あー、連絡は梨瀬を通してだから。あいつが、お前のことを黙ってたんだよ」


 隠す必要もないのに。


「ほかの男がいるってなったら来ないと思ったのか、説明するのが面倒くさかったのかは知らないけどさ」


 どっちもありそうではあった。


「お2人は去年から付き合ってるんですよね。上野さんがアイドルになる前から」


 天井を向いて、松原先輩は「まぁな」とポツリと答えた。


「……梨瀬とは、中1の時に同じクラスになって。クラス委員長をやることになったんだ。3年前だから、あの感染禍で学校も滅茶苦茶だった頃だよ」


 あの年に中学1年ということは、卒業式とか入学式をどうにかやるぐらいで、他の学校行事はまともにできなかった時だ。


「学校でも外での活動もなーんもできなかっただろ。梨瀬はアイドルになりたくて、中学になったら入りたい活動があったのにできないとか嘆いてたよ。俺は、来年になったらできるさとか、適当なこと言ってた」


 美咲さんが入っている、アイドル部?みたいなやつのことだろう。


「けっこう仲はよかったけど、次の年はクラスが別になって話さなくなったよ。で3年になって再会ってほどでもないけど、また一緒のクラスになって。そしたら1年の時とは、見た目が変わっててさ」


 芸能事務所でレッスンしてるんだから、見た目の印象はやっぱり変わったのか。


「1年の時もかわいかったけど、その時とは何つーのかな、輝きが違うっていうか、そんな感じ」


 入学した時から美咲さんは、新入生の中で段違いのかわいさだったけど、アイドルになった――違ったけど――と聞いてからはさらに輝きが増した気がしたのと同じことだと思う。


「2年になったら募集が再開されて、俺の言った通り入れたってさ。適当に言ったことが、偶々本当になっただけで別に何もしてないんだけど、あいつは俺のおかげだとか感謝してくれて」


 それが勇気をもらったってことなのか。


「で、秋ぐらいか、引退のタイミングでアイドルにならないかって正式に誘われたって教えてくれた。前から言われてたけど、親には秘密にしてたんだと。親は厳しいってわけじゃないけど、アイドルになるっていうのにはいい顔してないって」


 その頃を思い出すかのように、遠くを松原先輩は見ていた。


「あいつ、普段から明るくて、クラスの中心にいるんだよ。だけどさ人の顔色を見て、やりたいとか言えなくなっちゃうタイプなんだ。だから、親がアイドルになってほしくないと察したら、自分の気持ちを伝えられずにいて」


「美咲さんも相談を受けたけど、話しを聞くしかできなかったって。メンタルもおかしくなっていったとか」


「あぁ、そうだよ。精神状態はやばかった。クラスの奴らの前では、いつも通りを装ってたけど、教室で独りで泣いててさ。それ見つけて、どうしたんだよって声掛けたら、弱々しい声で説明してくれた。色々と限界だったんだろうな、そんな親しかったわけでもない俺に話すぐらいに」


 親しかったから相談したんじゃないのか。

 いや、重大な相談を受けはしたが、今の美咲さんと自分が親しいかといえばそうではない。それと同じような関係だったのかもしれない。


「そん時もさ、とにかく親に『誘われちゃった』とか軽く話してみればいいって簡単に言ってたんだよ。何なら、親もアイドルになれるなんてすごいじゃんって喜ぶかもしれないしとか、今にして思えば適当なアドバイスしてんだ」


 当時の自分を嘲る。


「そしたら、考えなしのアドバイスが的中しちゃってさ。親も乗り気になって、許可どころか応援されたって。信じられないぐらい、かわいい笑顔で報告してくれた」


「良かったじゃないですか」

「あぁ、良かったんだよな。あいつも夢が叶ったわけだし」


 適当だろうが何だろうが、その言葉で救われたのは確かなのだ。誇ったっていい。


「良くなかったのは、その場で思わず告白しちゃったことさ」


 目をつぶり、松原先輩はため息をつく。


「あいつも泣きながら、うれしいってOKしてくれた。だけど恋人禁止だから、人には言えないって。写真とかも万が一バレた時に、俺を疑いたくないから撮らないって。さすがに何枚か一緒に撮ったけどさ」


 その流れで告白するのも、OKするのも分かる。というか物語だったら、その展開以外にないし。


「俺はアイドルと付き合うってこと簡単に考えてたんだよ。でも最初は楽しかったぜ。ほんの2カ月ぐらいだけど。登下校とか放課後に一緒にいるだけで、幸せだなって思えて。お互いの気持ちが通じ合ってるっていうかさ」


「アイドル活動が忙しくなって距離ができたって」


「あぁ。年明けてからデビューに向けたレッスンが本格化して、卒業式の後は春休みだったけど会えなくなった。だけどスマホで連絡は取り合ってて、GWのデビュー公演のチケットも特別にもらって。その辺りまでは会えなかったけど、確かに付き合ってた」


 じゃあ忙しさが原因で、あの険悪な空気になったわけじゃないのか。


「デビュー公演の後、テレビとかも出るようになってさ。それから連絡が途切れがちっていうか、話しがかみ合わなくなってきて。それは、まぁいいんだ」


 よくはなさそうだけど、いいのか。


「高校で新しい友達とか、クラスメートできるだろ。そいつらにさ、彼女がいるって言えねぇんだ。言ったら写真、見せろってなるしさ。でも、見せたらバレるじゃん。デビューの後だと、クラスの男子から中学一緒だったんだってとか聞かれたし」


 証拠の写真まであるなら言ったらスキャンダルだ。


「彼女いない設定になってるから、合コンとか誘われるしさ。クラスの女子から、そのアプローチ受けることもあるし」


 さすがイケメンスポーツマン、もてるなぁ。


「梨瀬と付き合ってるって知ってるの、俺の周りじゃ一人もいない。それで連絡は素っ気なくなってきたら、俺達って本当に付き合ってるのかなってなるだろ。つうか、あいつの中で俺ってどういう存在なんだろって考えちまって。自然消滅、狙ってるんじゃないのかなとかも思う」


「そんなことはないと。アイドル活動が忙しいだけなんじゃないですか。今日だって来てくれたわけですし」


 上野さんは別れる気があるなら、はっきりと言うタイプだと思う。

 だけど空気を読みすぎでメンタルが不調になるということは、案外と何も言わずに別れようとするのかもしれない。

 人間関係の経験がなさすぎて分からない。


「嫌われてはいないと思いたいけど。知らないとこで嫌われるようなことしてんだろうなって。別れるならはっきりと言ってほしいけど。言わずに自然消滅させたいと思わせちまってるわけで」


 うつむきながら松原先輩は、自信なさそうに暗い話をする。


「それに今日さ、一緒に過ごして、あいつ変わったなって。どこがって言われても困るけど、俺の知ってるのとは違うんだ。実際に話すと、合わねぇなって感じちまうし。それで空気も何か悪くしちゃってな。そんなんだから愛想をつかされんのかもだけどさ」


 答えを返そうと思うのだが、言葉が出てこない。


「初対面の相手に、こんなこと言われても答えようないよな」


 こちらの考えを読み取る辺り、松原先輩はコミュ強だった。それでも、どうにかできない2人の関係に何も言いようがない。


「あいつとちゃんと話さないとってのは分かってるんだ。せっかく、話せる場を作ってもらったんだからさ。だけど2人になったら、何を話せばいいんだか頭がこんがらがって」

「すごいですよ」


 虚を突かれたような表情に松原先輩はなり、「何が」と聞いてくる。


「僕だったら、ちゃんと話さそうとは思うかもだけど、恐いから逃げちゃいますよ。話して相手が今、自分のことをどう思っているのか知ったら立ち直れないかもだし。それなのに先輩は話そうとしてるんだから」


 陰キャぼっちは、別れ話とかの重大局面に遭遇したら逃げるに決まっている。


「それで自然消滅させて、相手の悪口を言いまくりますよ。人に言うとまずいから、自分の心の中でですけど。とにかく答えが出ていないんだから、自分の想像で好き勝手にできるわけだし」


 そう、ひでぇ奴だと罵倒しまくる。相手が上野さんだったら、アイドル活動の失敗を願いすらするだろう。実際に失敗したら、こんな性格なんだから当然だと満足する。

 我ながら最低な人間性だと悲しくなる。


「自分が悪いと思える先輩はすごいですよ」


 少しの間こちらの顔を見ていた松原先輩は急に笑い出す。


「逃げるか。そっか、それもありか。それにしても悪口を言うわりには、人には隠すんだな」

「彼氏がいるのバラしたら、恨まれちゃうじゃないですか」


 アイドル活動に大打撃になるし。


「そうだな。恨まれたくはないよな」


 なぜか笑顔になっている。

 スマホを取り出し確認すると残っているコーラを一気に飲み、「荷物持ちの出番だってよ」と立ち上がり2人のいる店へと歩き出した。

 置いていかれないように慌てて後を追う。


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