猫魂ケイト その02
今日は金曜日、明日の土曜日はバイトがある。朝の十時からの八時間労働だ。
大会は明後日の朝十時から。うーん、時間があるようでないな。考えることは山積みだ。授業中も『アルメ』の事を考えている。
なに、テストでいい点を取れば教師たちは強く言えない。その期末テストもかなり上位だったし。
今の俺に必要なのは、勉強よりもう一歩踏み込んだ『運命潮力』対策と、新しい戦術かな……。
いや、昨晩までは思いつかず悩んでいたアレコレが、なぜだか今は面白いように思いつく。
想定していなかったシナジー、思いもよらぬコンボ。お、いける? いけそうだな……。
もしかして俺って天才なのでは? 思いもよらないカードが、まるで見てきたかのように……いや、使ってみたかのように頭に浮かぶ。不思議。
オーケーオーケー。そうすると気にするべきはシスターと猫魂さんだな。カードリストを見直すか、ふーむ。
特に猫魂さんは相手が赤。そのあたりの挙動を確認してもらって、ついでに対抗カードを……。
「あ、おっはよケーくん。朝から眠そうだね〜」
「おはよう猫魂さん。朝から元気だね」
「昨晩もたっぷり十時間だかんね、元気の秘訣は一日十二時間の睡眠だよ」
一日の半分寝てる……ていうか、二時間昼寝してる計算なんですがそれは。
「脳溶けない?」
「もしかしてアタシ、寝すぎてるからバカなのかな?」
猫魂さんはバカではなく、特定の分野にしか記憶容量を使っていないだけなのではなかろうか。
猫とか、歴史とか。そう考えると納得いく部分も多い。
「ケーくん何時間寝てるの?」
「五時間くらい」
「え? 脳溶けない?」
溶けない溶けない。溶けない……よね?
他愛もないやり取りをしながら昇降口へ、ここ数日で猫魂さんとはだいぶ仲良くなったもんだ。
「おい!」
誰かが大きな声を出した。しかし俺には関係あるまい。気にせず進もうとすると、横の猫魂さんがものすごい勢いで振り返っていた。
振り返った先には男がいた。赤い髪を逆立てた、やんちゃ坊主がそのまま高校生になったような男。
大きな声を出したはいいけれど、その後どうしたらいいのか分からない。そんな顔をして、彼は立ちすくんでいた。
「デイヤ」
大稲デイヤ。猫魂さんの幼なじみである。
登校中の生徒たちがなんだなんだと遠巻きに見る。俺も一歩下がって様子を見ようと思った瞬間、素早い動きで猫魂さんに腕を掴まれた。しまった、逃げられない!
「け、ケイト……その……」
最初の勢いこそあったものの尻すぼみ。うーん、煮え切らない! ちょっと押すかな? そういえば乳母崎さんが俺と猫魂さんはお付き合いをしているなんてホラ話を吹き込んだと言っていたな。
なるほど、それで行こう。大稲デイヤ、男を見せろ!
「俺の彼女を気安く呼ばないでくれないか?」
俺は精一杯邪悪に笑い、猫魂さんの肩を抱き寄せた。一瞬身を固くする猫魂さん。
「お、お前……!」
「お前じゃない。俺は晴井だ。礼儀がなってないぜ大稲」
これくらいなら許容圏内だろう。ありがとう乳母崎さん。もっとひどい罵倒が次々と浮かぶよ! 日々投げられているからな……。
「ちょっとケーくん……」
「大稲さぁ、自分は他のオンナにちょっかい出しておいて、猫魂さんが離れていくのは許せないとか、お前ヤバいよ?」
『DV彼氏か? 束縛がひどすぎる。もしかして幼なじみだから適当に扱ってもいいと思ってる? 基本的人権とか聞いたことある?』俺の中の乳母崎さんが畳み掛けろ叩き潰せと囁きかける。
なんでシスター服なのに悪魔みたいな囁き内容なの!? カモン天使! でもシスター・マナミは来ないでください。
「そりゃ違う! オレはずっと……その……」
「デイヤ……」
「馬鹿野郎!!」
そこは最後までがんばれ! ほら、猫魂さんも『ずっと』の先を聞きたがってるじゃん!
「そういう煮え切らない態度が猫魂さんを傷付けてるってなんで分かんねぇかなぁ!
やっぱダメだよお前! お前なんかにゃ猫魂さんは任せられねえ!!」
わぁ、自分で言ってて漫画みたーい。
俺は猫魂さんをかばう形で前に出た。ちなみに殴り合いのケンカなら勝負は見えてるぞ。かかってくるなよ!? 俺は一発で死ぬぞぉ!
「明後日の大会、猫魂さんは俺のチームで出る……お前が腰抜けじゃないんなら、そこで証明して見せるんだなァ!」
分かるな? 大稲デイヤ。今のお前は俺と猫魂さんが仲良く登校してるのを見てついつい後先考えず声を荒げただけ。
違うだろ? そうじゃなくて、言うべきことがあるだろ? 二日間やる、覚悟を決めろ! ちゃんと猫魂さんに好きって言え! 言ってください!
「行こう」
「う、うん、ええと……」
猫魂さんの手を引いて下駄箱に向かう俺、猫魂さんは立ちすくんだ大稲と俺を見比べる。
「ケーくんは強いよ、デイヤなんかには負けないからね!」
「ぐ……オレは、オレは負けない! 絶対勝つ!」
俺は膝から力がガクンと抜けるのを感じた。え、ええ〜?
「猫魂さん猫魂さん、そうじゃなくて、俺は勝負を挑んでるんじゃないの」
「え? そうなの?」
小声でのやり取り、恐らく大稲からはくっついてイチャついてるように見えそう。まあいいや、見せつけておこう。
しかし、なんて言ったものか。『猫魂さんに告白する覚悟をしろと言ったつもりだ』と伝えた場合の反応が想像できない。
というか、大稲も俺の言葉をただの宣戦布告と受け取った可能性があるな。違うよ。文脈読んで!
『そんな煮え切らない態度じゃ任せられないから覚悟を決めろ』だよ!
…………いや、やっぱ。猫魂さんには伝えておこう。ニーチェ先生も言ってるだろ? 『男の幸せは『我は欲する』。女の幸せは『彼は欲する』だ。
「大稲は、猫魂さんに告白する覚悟が決まってないから、それまでに覚悟を決めろって言ったの」
「にゃ!?」
真っ赤になって目を白黒させる猫魂さん。可愛い。全身の毛も逆だって、ブワッと膨らんでる。
「え? で、でもデイヤは……」
「さっきの話思い出して? 『他の女には手を出していない、オレはずっと』」
「言った。言ってた……うにゃー!?」
叫びだし、走り出す猫魂さん。喜びの発露か、上履きに履き替えて廊下をダッシュ! すごい勢いで駆け抜けていく。
うーん……早く幸せになれ〜。
「お、おい、晴井ッ」
状況を見守っていたクラスメイトたちが話しかけてくる。俺は何人かの頭を掴んで、絶対に誰にも言うなと念押しをしてこう伝えた。
「猫魂さんと大稲は両思いなのにめんどくさいから、背中を押すことにしたんだよ……誰にも言うなよ」
これですぐに噂は広がることだろう。まあ、週明けには解決してるだろうし、俺の平和な学生生活にはなんの変化もないのだろうな。