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神曲  作者: もてぃまー
17/19

小夜①

伊千子 小夜


15歳



中学生


会場未到着

2022年8月10日 埼玉 午後8時11分

伊千古(いちこ) 小夜(さよ)は泣いていた。


涙の落ちる先は白い抗菌タイルの上。

タイルが敷かれているのは、とある病院の一室。

小夜はそこに置かれたベッドの脇で、静かに泣いていた。


複数人の眠る一般入院病棟ではなく、嫌に明るくて嫌に白いICU(集中治療室)にて。

人工呼吸器を装着された一人の老人がそこに寝かされて、身じろぎすらなく。

シュコー、シュコー、シュコー

と、機械による強制的な呼吸の音と

ピッ、ピッ、ピッ

と、機械による鼓動の検知音。

2つの無味で単調な音だけが、ただひたすらに繰り返し聞こえる部屋。


シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ

「お父さん・・・どうして・・・」

無味で単調な音の裏に隠すように、(かす)れた声で母は(つぶや)いた。


シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ

「・・・」

無味で単調な音から母を(かば)うように、悲痛の表情をした父は無言で寄り添う。


シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ

小夜は小さな石を老人の(てのひら)に乗せ、その手を両手で包んで、泣いていた。

泣きながら、その日を脳内で思い出していた。


ーーー


2か月以上前のある日、朝食の場で祖父は突然おかしなことを言いだした。

よくわからない世界で、よくわからない奴らと、よくわからない目的の旅をする夢を見た。

そんな何もわからない内容の話をしだした。


祖父は年の割に精神的にも、感性的にも若々しく、ひょうきんな老人だった。

20歳以上年下である父の服装を「ジジイ臭い」と笑い、孫の買ってきた服を「今年流行りの色だ」と評した。

一昔前なら「ちょい悪オヤジ」と言われていたであろう、面白くて、おしゃれで、元気な祖父が小夜は大好きだった。


昔から引っ込み思案でシャイな小夜は、まるで真逆の祖父のようになりたいと思っていた。

幼い頃、そのことをそのまま家族に伝えたら

祖父は相好(そうごう)を崩し、嬉しそうにニヤニヤと笑っていた。

母は「絶対にダメ」と、ピシャリと言い切った。

父は・・・なんて言っていたか。口数の少ない人なので、ただ微笑んでいたかもしれない。

幼いながら小夜は本気でそう思っていたし、今でもそう思っている。


そんな祖父は、数日後の朝食の場で夢の続きを見た、と言い出した。

母は「ついにボケが始まったか」などと笑っていた。祖父は首を傾げていた。

だが、小夜が学校から帰ってきた頃には、もういつもの楽しい祖父に戻っていた。


ーーー


シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ


小夜は小さく呟いた。


うるさい


無味で単調な音しかしない部屋では、今もその音だけが続いている。


ーーー


それからというもの、しきりに祖父は夢の話をするようになった。

最初は面白おかしく夢の話をする祖父の話を、小夜は物語のように聞いていた。


だが夢の続きを見たという祖父の朝の話題は、次第にその頻度を増していった。

2回目は数週間後の朝だったと思う。

だが3回目、4回目とその話題をする祖父の話は、次第にその間隔を狭めていき、

最終的には毎朝その話をするようになった。


ーーー


シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ


小夜は祖父の顔を見ながら、小石を握らせたその手を包み続ける。

私はここにいる。だからここに戻ってきて。この石が目印だよ。

そんな想いを込めて、震える手に力を込めて。


ーーー


最初は「またいつもの夢が・・・」などと首を傾げながら告げる祖父と、「また中学生みたいな夢を見たの?」と(たしな)めていた母の図は、

次第に「俺はもうダメかもしれない」と真剣な顔で告げる祖父と、「はいはい。もう勘弁してよ。お母さんはきっと、まだ来るなって言ってるわよ」と呆れる母の図となっていき、

最後は遺書の場所と家族を愛していることだけを告げる祖父と、霊媒師や祈祷師を本気で探し始める母の図となった。


ーーー


シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ


小夜は大声で(わめ)いた。


「うるさい!!!」


同じ内容の絶望を、何度も何度も何度も告げる無味で単調な音しかしない部屋。


ーーー


小夜は祖父が夢の話を真剣にしていた時の、自身の気持ちを悔やんだ。

早くいつものおじいちゃんに戻ってほしい。

いつもみたいに、楽しい話を楽しそうに語ってほしい。

もう・・・夢の話はしないでほしい。


祖父の心配や献身ではなく、自身の願望だけを想っていた。


最後の朝、ついに祖父は起き上がってこなかった。


ーーー


シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ


うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!

「うるさい!!!!!!!!」


半狂乱(はんきょうらん)となった小夜は首をブンブンと振りながら叫んだ。

ほとんど聞いたことのない娘の大声で呆気(あっけ)にとられた両親は、

我に返ると、泣きわめく娘を(なだ)めようと急いで少女に近づいた。


ICUでは同じ音が、同じタイミングで鳴り続ける。

シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ

まるでメトロノームのように。


シュコー、シュコー、シュコー

ピッ、ピッ、ピッ


ベッドで眠り続ける老人の容態は、脳死。


患者の名は、小野夢(おのゆめ) 友禅(ゆうぜん)

伊千子 小夜


15歳



中学生


会場未到着

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