3.友人とお茶会
アルベルトに学園を案内してもらった翌日。フィーネは昨日、友人になったラウラとお茶会をしていた。
ラウラが案内してくれたのは、公爵令嬢のみが使用することが出来る白を基調とした美しいガゼボだった。
ガゼボの下には、真っ白の鉄製のチェアと真っ白な鉄製のテーブルが置かれている。
フィーネ専用の温室に置いてあるガーデンチェアとテーブルよりも遥かに豪華なデザイン。
素材もフィーネの物よりも良質なものが使われている。
一介の伯爵令嬢であるフィーネからすれば座ることも躊躇われたが、ラウラに促されてしまった以上座らないことはできない。びくびくしながら、萎縮しつつ座ったのが五分前のことだった。
「それで、昨日はアルベルト殿下と、どのようにお過ごしになったの?」
いきなりの質問に、飲んでいたフレアバラン領の特産品の紅茶、ダージリンを零しそうになる。
ラウラの領の特産品の、ラウラ自ら入れてくれた紅茶を零すなんて以ての外。
何とか零さずにほっとしつつ、ラウラに言われたことを改めて考える。
ガゼボに案内され、豪華なティーセットが運ばれ、見たことがないようなスイーツが並べられたケーキスタンドを前に、優雅に紅茶を飲みながら会話をしていた。
フィーネの記憶が正しければ数秒前までは、選択授業は何にするのかという話をしていたはず。
まだ決めていないと言ったフィーネに、『では、二学年との合同授業はアルベルト様がいらっしゃる授業にすればいいわ!婚約者ですもの。授業を選んだ動機が婚約者様と同じ授業を受けたかっただとしても、誰も咎める方はいないわよ。』と提案してきたラウラ。
一瞬で話題を恋に変えたことに、フィーネは眼を瞬かせて驚く。
しかし、フィーネも貴族令嬢だ。内心動揺していても、突然始まった恋バナのような話題にも、動じないように見せつつ、ゆっくりと花柄が可愛らしいティーカップをソーサーの上に置く。
けれども、フィーネの頑張りも虚しく、ティーカップは無情にもガチャリと音を立てた。
ドキリとフィーネの肩が揺れる。
音を鳴らしてしまうなんて貴族としては及第点。
それに目の前には、フィーネより格上の公爵令嬢がいる。
恐る恐るラウラの方を見る。
呆れられても可笑しくはない場面であったが、期待するように輝いた紫色の瞳が、フィーネに向けられているだけだった。
ラウラにとって、貴族の作法よりもフィーネとアルベルトの話の方が大事なのであろう。
今朝、ラウラに挨拶をして開口一番に『友情を深めるために、授業が終わったあとお茶会をしましょう。大丈夫。私たち二人だけの小さなお茶会よ。』と、フィーネに有無を言わさず、言いたいことだけ言って去っていったラウラ。
初めてできた友人からの誘い。
元から断るつもりもなかった。友人という響きが嬉しくて、お茶会に誘ってくれたことが嬉しかったから。
それに、フィーネもラウラと話がしたいと心から思った。
だから、授業が終わったあとラウラに案内されるまま、豪華なガゼボまで着いて行き、ラウラが圧倒されるような美しい所作で紅茶を入れる姿に見惚れながらお話をしていた。
そして、少し話を始めアルベルトの話題が上がったと思ったら恋バナだった。
固まってしまったフィーネにラウラがクスリと笑う。
でもそれは、馬鹿にしたような笑いではなく、動揺して動かなくなった友人が面白いという、愛しさの含んだ笑い方だ。
「ふふっ。驚かせてしまって、ごめんなさい。私ね、フィーネと友人になることが出来たら、是非とも恋バナがしたいと思っていたのよ。」
ラウラの言葉に我に返ったフィーネが口を開く。
「恋バナ…?ですか?えっと……どうして私と?」
フィーネの他にも婚約者がいる令嬢はたくさんいる。
それなのに、なぜ自分なのかと首を傾げる。
「だって、あの冷酷無慈悲で、表情を一切動かさない、心まで凍てついた氷海の王子様と呼ばれている方の婚約者よ。一切浮ついた話もなく、聞こえてくるのは、騎士としての名声だけ。
そんな第二王子が、フィーネ・クロシェットという伯爵令嬢といきなり婚約したと話題に上がったのよ。
きっと権力欲しさに近づいた、ゴリゴリのゴリラみたいなご令嬢かと思ったら、ウサギのように愛らしい女の子じゃない。それはもう、一緒に恋バナがしたいと思うでしょう?」
社交界に出ていないフィーネはもちろん、アルベルトの浮ついた話など聞いたことがなかった。
ラウラと同じで、冷酷無慈悲で、氷海のように凍てついた人。けれど、剣の腕は確かで騎士として申し分ない人。と言う話を聞いたことがあった。
(……心まで凍てついた氷海の王子様と呼ばれていることは初めて知ったわ。そんなアルベルト様だからこそ、ラウア様は私のことが気になったのね。
ゴリゴリのゴリラは怖いけれど……。)
「あの、ゴリラみたいな子だったら、どうされていたのですか……?」
疑問に思っていたことがするりとこぼれ落ちる。
ラウラは一瞬悩んだ素振りを見せたものの、にこっと効果音がつきそうなほど、美しいよそ行きの笑顔を浮かべた。
「そうね。ゴリラみたいな子だったら、恋バナなんてしないわ。アルベルト様に近づいた理由を伺おうと思っていたの。だって何かしらの意図がありそうじゃない?公爵家の人間として王族に近づいた、伯爵家の人間を見極めるのも大切なことだもの。
でも、フィーネに会って少し話をして、貴方はそんな権力欲しさに近づいた子には見えなかった。
ちょっとびくびくしていてウサギのように可愛い子。でも、礼儀正しくて真面目で優しい。
だから、ただ純粋に貴方とは友人になりたいと思ったの。」
友人になりたいと言った時、ラウラの表情が柔らかくなった。
先程の、全ての感情を隠した完璧な笑顔ではない。
嘘にまみれた貴族社会で、ラウラのフィーネと友人になりたいという言葉に嘘偽りがないのだと、些細な表情の変化でそれだけはわかる。
あの柔らかい笑顔は、心から相手を思っていないと、できることはないという直感をフィーネは感じた。
だから、ラウラの発言はフィーネを心から喜ばせるには十分だった。
「ありがとうございます。ラウラ様。恋バナ?というのはよくわからないですが……。あ、友人もいたことがなかったので、友人との過ごし方も知らないのですが、初めての友人が、ラ、ラウラ様で良かったです……!」
「フィーネ!貴方は本当に可愛らくして、嬉しいことをたくさん言ってくれるわね!ますます大好きになってしまったわ!」
フィーネの前に座っているラウラが身を乗り出す勢いで、テーブルの上に置いていたフィーネの小さな手をぎゅっと握る。
「友人がいないから知らないと言っていたけれど、友人の作法に良い悪いもないわ。確かに、貴族が大勢参加する舞踏会やお茶会では、友人であっても気をつけなくてはいけない。でも、今日みたいに個人的な場では何もいらないのよ。
フィーネはフィーネのままで会話を楽しんで欲しい。
私たちもう友人よ?早いと思った?でも、友人のなり方なんて存在していないわ。友人と認めてしまえばもう、友人なのよ。フィーネが私のことを友人と言ってくれたように、私もフィーネのことをもう友人だと思っているわ。だから、私たちは友人でいいのよ。それにね。公の場ではなければ、私のことを気軽にラウラと呼び捨てで呼んでくれて構わないのよ?だって友人だから。呼び捨ても許される距離なのよ。ふふっ。フィーネは控えめな子だから、萎縮してしまうかもしれないけれど、私が言うのだからいいのよ。
話し方もそう。私たち二人の時はフィーネらしい崩した話し方でもいいのよ?フィーネの普段の話し方を聞いてみたいから、ぜひ崩して欲しいわね。
でも、無理はしないで。強要してる訳では無いのよ。ただ、私と二人の時はどんなフィーネであっても良いということだけは覚えておいてね。」
そう言ったあと、ラウラはにっこりと楽しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、フィーネ。友人の私と一緒に、恋バナをしましょう?」
伯爵令嬢フィーネ・クロシェット。
友人である、ラウラ・フレアバン公爵令嬢との――
恋バナからも逃げられない。




