第12話 マンチーニ家攻防戦③ —マンチーニ家騎士団長・ヴァレリオ—
東からマンチーニ家に攻撃を仕掛けた一団は、タレス領冒険者ギルドの副ギルド長を務めるリカルドとイヴレーア家騎士団副団長のエドアルドの率いる反乱軍の別動隊だった。
西から攻撃を仕掛けて守りを誘導し、手薄になった東側から一気に崩す。
自らの作戦が見事に的中したわけだが、ソフィは一切気を抜かなかった。
屋敷から騎士の一団がやってくるのが見える。
攻撃を仕掛けるには少し離れた場所で向かい合う。
敵は二十名ほどだろうか。綺麗な隊列だ。
先頭の男にソフィは見覚えがあった。
「フェデリコさん。お久しぶりです」
「どういうおつもりですか」
マンチーニ家騎士団副団長のフェデリコは、ソフィの挨拶を無視して鋭い目を向けてきた。
「レオ君の追放について、ちょっと聞きたいことがありまして」
「それならばこんな大群を率いてくる必要はないでしょう」
「一回は私一人で来ましたよ? 追い返されましたけど」
フェデリコが顔をしかめた。
「……それでも、武力によるクーデターなど間違っています」
「でしたら、どんな罪を犯したのかを公表もせずにレオ君を追放し、フランチェスカを投獄することは間違っていないのですか?」
「どんな理由があろうとも、領主に矛を向けることは許されません。それがルールなのですから」
「では、どんなに理解不能な政策でも泣き寝入りをしろと? それが政治の正しい在り方ですか?」
「逆賊の言葉に耳は傾けません」
フェデリコが魔術発動補助装置——APDに触れる。
彼らしいな、とソフィは思った。
忠誠心が厚く、良くも悪くも真っ直ぐで融通の効かない男。
——正直に言って、相手はしやすかった。
「申し訳ありませんが、こっちにも四の五の言っていられない事情がありますので。邪魔をなさるなら容赦はしません」
ソフィは【魔力弾】を生成した。
◇ ◇ ◇
「シモーネとフェデリコが負けた……だと?」
部下の敗戦の報を聞き、上機嫌だったディエゴの額に青筋が浮かんだ。
「平民の烏合の衆ごときに負けるとは、無能どもが!」
その拳が力任せに机を叩く。
「ええ、由々しき事態ですね」
騎士団長のヴァレリオは大きくうなずき、同意を示した。
「ですが、同時にこの結果は仕方のないことなのかもしれません」
「なに……? どういうことだ」
ディエゴがギロリとヴァレリオを睨む。
「いくら誇り高きマンチーニ家の騎士団とはいえ、彼らも所詮は平民出身なのです。伯爵のディエゴ様はもとより、子爵の私にすら遠く及ばない存在。そんな彼らが、普段から曲がりなりにも魔物と戦っている冒険者たちに負けてしまうのは、ある意味では致し方のないことではないでしょうか」
「む……たしかに、それはそうだな」
ディエゴな青筋が薄くなる。
「多少優秀なやつを揃えたとはいえ平民は平民。冒険者ごときに遅れをとることもあるか」
「ええ。それに、どうやら東の一団にはイヴレーア家の人間も混じっていたようですから」
「なにっ⁉︎」
ディエゴの青筋が再び存在感を主張した。
むしろ、先程よりも浮き出ている。
みみず腫れと言われても納得してしまうほどだ。
「あの臆病者のマッテオが兵を出しただと⁉︎ なぜだ⁉︎」
「ソフィたちの反乱の計画を知って、なけなしの勇気を振り絞ったのかもしれません。それか、そそのかされた可能性もありますね」
それは、ディエゴの感情をコントロールするための詭弁だった。
確証があるわけではないが、ヴァレリオはダヴィデ経由でマッテオに事の真相が伝わっているのだろう、と推測していた。
未だに捕まっていないということは、ダヴィデが西に向かったという目撃情報自体が間違っている可能性が高い。
もしダヴィデが選定の儀での出来事を遺憾に思っていたなら、その相談先はまず間違いなく誠実性に定評のあるイヴレーア家だ。
当主のマッテオは、臆病というよりは慎重な男だ。
真相を知りでもしない限り隣の領地への派兵などという大胆な策をとるはずはないが、反対に理由さえあれば躊躇うような器でもないだろう、とヴァレリオは評価していた。
「おのれ、冒険者ごときに協力するとは……貴族の恥さらしめ!」
「おっしゃる通りです」
自分の考えなどおくびにも出さず、ヴァレリオはうなずいた。
「だからこそ、この反乱は必ず収めなければなりません。そのためにも一応、万が一の備えはしておくべきでしょう」
「保険をかけておく、ということだな。具体的にどうするのだ?」
ヴァレリオはディエゴに耳打ちした。
「——なるほど」
マンチーニ家当主は、あくどい笑みを浮かべた。
「それは面白い。その作戦を実行するときは万に一つも来ないだろうが、準備はしておくが良い」
「承知しました」
主人の機嫌が治ったことに安堵しつつ、ヴァレリオは地下へと足を向けた。
薄暗い空間には地下牢がいくつも横に並んでいる。
少し肌寒い。
カビの匂いが鼻をかすめ、ヴァレリオは顔をしかめた。
「さっさと終わらせましょう」
自然と早足になる。
最奥の牢屋の前に立ち、中で座っている人物を見下してヴァレリオは告げた。
「出なさい。出番ですよ——フランチェスカさん」
◇ ◇ ◇
人間は日常の延長線上にある出来事よりも、普通は起こり得ない非日常を好むものだ。
その意味で、タレス領で起こった反乱の噂は人々の格好の餌となった、
それはもちろん隣に位置するベージ領も例外ではなく、領内は瞬く間にその話題で持ちきりとなった。
当然、領主であるマッテオの耳にもその噂は届いた。
「ふう……」
書きかけの書類から目を離す。
だめだ。まったく集中できない。
窓を開けると、頬を撫でる心地よいそよ風が梅の香りを運んできた。
集中できない原因はわかっている。
ソフィの反乱軍に加わったであろう娘のサーナのことが気になっているだ。
サーナは見かけによらずわんぱくなところがある。
大人しく自室待機の命令に従った時点で疑っておくべきだったのだ。
娘がなんのリアクションも起こさないことに、その違和感に気づいたときにはすでに遅かった。
アンドレアとともに様子を見に行ったときには、サーナはお目付役のジュリアを気絶させて屋敷を抜け出していた。
わざわざ気絶させたのは、ジュリアの責任問題になるのを避けたのだろう。
命令を破って勝手にいなくなるなど平素の冷静なサーナならあり得ないが、今回はレオが関わっている以上、どんな可能性でも考慮しておくべきだった。
置き手紙などはなかったが、ソフィの反乱軍に参加したのだということは簡単に察しがついた。
捜索と確保には、マッテオの父でありベージ領前当主でもあるアンドレアが向かった。
かつて最強剣士の名を欲しいがままにした彼なら、たとえサーナが戦闘に参加していたとしても助け出すことなど容易だろう。
その気になれば、マンチーニ家だって一人で潰せるかもしれない。
というより彼なら潰しかねない。
アンドレアはレオのことを実の孫のように可愛がっていたから。
それはそれでマッテオは構わなかった。
後処理は少し面倒になるが、サーナが言っていたように大義名分などはいくらでも取りつくろえる。
今は反乱の成功、すなわちマンチーニ家の打倒とサーナの無事が最優先だ。
自らの両手に視線を落とす。
ため息が漏れた。
なぜ自分には力がないのだろうか。
なぜ自分は魔術が不得手なのだろうか。
未だに父に力を借りなければならない自分が情けない。
もし魔術が十分に使えたなら——、
……いや、よそう。
今は無力感に浸っている場合ではない。
「……よしっ」
両頬を叩く。
少しだけ頭がスッキリした。
余計なことを考えるのはすべてが終わってからでも遅くない。
今は、自分なりにできることをやろう。
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