永遠の繋がりと銀の配達人 ~終~
夕焼けが沈み、夜の帳が島全体を包み込む。
ランタンの灯りを頼りに、カイエンは瓦礫と荒廃した家々が立ち並ぶ廃墟を歩く。暗闇に支配された夜の道は足元に何が落ちているかわからない。硝子の破片を踏み潰した音、何か柔らかいものをぐしゃっと勢いよく踏み潰したりしながら、夜の街道を進む。
そして市街地から外に出た時、街道のすぐ傍に彼女はいた。
月明かりに照らされた彼女の銀髪は、亡き彼女を彷彿とさせるほどに素敵な輝きを帯びていた。
「リシェル・E・スカイ……まだ残っていたのか」
「夜間の飛行は日中とは比べ物にならないほどの危険がある。今日は長旅の疲れを癒して、明日の早朝にはここを発つ予定」
淡々とした口調で彼女は経緯を話す。
焚火の跡と空になった袋から、既に食事は済ませたのだろう。
「それで、目的のモノは残っていた?」
「ああ……」
――最愛の宝物が。
「ありがとう、ここまで連れてくれて」
「私は顧客の願いに添って依頼物を目的地に運んだだけよ」
「それでも。この願いを引き受けてくれたアナタには、感謝しかない。奇跡なんだ」
その場で深々と頭を下げる。カイエンは心の中で何度も感謝した。
――ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう……
ありがとう、リシェル・E・スカイ。
一生分の感謝を込めてお礼を言ったカイエンは顔を上げた。
さて、本題はここからだ。
「リシェル、一つ依頼を受けてくれないか」
「配達人への依頼は本社の窓口を通して、正式な依頼として受理されなきゃ引き受けられないのだけど」
マニュアル通りのような返答に、それでもカイエンは食い下がる。
「そこを何とか頼む! 俺はまだ生きたい! 生きて、生きて、生きて、生きて、姉さんの分まで生き続けたいんだ!」
「ま、元顧客主をこのまま見殺しにするのも目覚めが悪いし……でもカイエン、私を雇うだけの資金は手元に残っているの?」
「いいや残念ながら今の俺は無一文の身だ。人一人雇うだけの金なんてもってない」
手元にあった資金は、この旅と依頼金で全て使い果たしてしまった。それでも、生きなければならない。
目標も、叶えたい夢もないが、ただ無様に生を諦めて死ぬ未来など、姉に顔向けできない。
「なら、」
一つだけ残された可能性を。カイエンは目の前のリシェルへ提案する。
その話を聞いたリシェルは軽く面食らい、怪訝な眼差しでこちらを睨み据えた。
「……馬鹿な話。正気とは思えない」
「嗚呼、そうだ。馬鹿な話で正気じゃないと笑ってくれても構わない。だけど、俺はここで死ぬわけにはいかない」
生きねば。死ぬことだけを願い生き続け、そして今は生きる意味を知って生に抗っている。あまりの心変わりに、当の本人であるカイエンですら未だに実感が湧かない。それでも、
「生きたいんだよ! 俺は、姉さんの分まで! 死んだ彼女に、誇れるような人生を歩みたい!」
「……」
無言のまま、リシェルは顎に手を添えて考える素振りを見せる。
現場の彼女が下せる判断ではない事は承知の上だ。無理な条件を突きつけ、無関係な彼女を巻き込んでいるのに罪悪感が募る。
首を横に振って断ってもいい話だ。それでも、彼女は渋い顔で考え込む。
両者の間に無言の沈黙が満ち、やがてリシェルが放った返答は。
◇
空送運営体の朝は早い。
依頼を引き受ける窓口、受注した依頼物を目的地に運ぶため、格納庫に収納した星舟の整備点検作業から、依頼物を倉庫に入れる役目と会社に勤める人員はせわしない毎日を送っている。
その中に一人、変わった経歴を持った社員がいた。
幼い頃から少年兵として戦地を転々とし、軍を退役後。ある人物との『約束』を叶えるため、手持ちの資金全てを使い果たしてその『約束』を果たした。
ここまで聞けばロマンチックな話だが、その後、彼は空送運営体に所属する配達人に支払う資金が足りず、彼女から借金を背負うことになる。
それも通常の配達料金を度外視した、途方もない金額で。
現在進行形で彼は彼女の所属する職場で日夜働き、一生かけても返し切れない額の返済に負われている。
数奇な運命を辿り、行きついた果てが借金地獄。
彼の身の上を知れば、誰もが憐れみ同情するだろう。
しかし、職場で働く彼の表情は清々しいほど晴れやかな表情だった。
彼の名はカイエン・イスナジーグ。
あの日。あの夜。
姉と約束した故郷で自殺するはずだった青年は今、空送運営体の一職員として忙しくも、充実した日々を送っている。
馬車馬のようにこき使われ、仕事でミスをする度、上司からグチグチ文句を言われる。それでも、仕事が上手くいけば彼らは喜んでくれた。時に厳しく、時に優しい先輩に囲まれた日々は、胸の奥に残った死への渇望を徐々に枯らしていった。
「――機体のメンテナンスは?」
「とっくの昔に完了しているよ。おっと聞かれる前に言っておくが、数日分の食料と水、護身用の弾丸各種は既に用意しているからな」
「よろしい」
少女が隣を通り過ぎる。彼女の動作に従い、ふわりと靡く銀髪の髪。道行く者は彼女の動作、一挙手一投足に目を奪われる。硝子細工のような儚い印象を与え、凛々しさを湛えた表情はまるで人形のように澄んだ表情をしている。
彼女の名はリシェル・E・スカイ。
借金漬けの日々を送ることになった元凶で主犯であり――俺の命の恩人だ。
今の俺は、彼女専属の機体整備士兼助手として空の旅に同行し、西へ東へと忙しない毎日を送っている。
全てはあの夜、彼女へ一つの我儘を言い、それが今の状況に繋がっている。
『俺を、お前の所で雇ってくれないか!』
我ながらなんて無茶な提案をしたのだろうと気恥ずかしくなるが、それ以上にあの提案を受け入れ、後払いという形で俺を借金漬けにしてくれた彼女の狡猾さには唖然とした。
空送運営体本部に帰還して早々、窓口で渡された契約書に記載された途方もない額を目の当たりにして、眩暈がしそうになったのは懐かしい記憶だ。
配達人を雇った分の支払いを返す為に、空送運営体で支払い金を稼ぐ。
軽い気持ちで了承したが、まさか一生分の契約になるとは夢にも思わなかった。
でも、あの日の選択肢を、俺は後悔していない。
人生は幸福だけとは限らない。せわしない毎日を送り辛い日々が続くと、ふとあの時の衝動に襲われる。銃口を側頭部に当て、引き金を引き自死したい衝動にかられる。
だけど、そんな愚かな選択肢に手を伸ばすことはもうしない。
『カイエン』
目を閉じ、彼女を思えば、心の中でいつも俺を呼ぶ声が再生された。
もう二度と聞くことが出来ない、失われた声。
魔法の声だ。
その声を聞けば、自分は道を踏み外すことがないと、自信を持って断言できる。
与えてくれた愛を。
優しさを。
幸せを。
彼女と暮らした日常を。
抱き締めた時の温もりを。
額を当てた時の甘い香りの匂いを。
その全てが、自分を正しい道へと導いてくれる。
正直、姉がいない世界はとても寂しい。
それでも、彼女と俺は一生繋がっている。
カイエン・イスナジーク。
姉と同じ家名を、この身に宿しているのだから。
この想いは、死が二人を別つまで。
否。
永遠だ。
俺が死んでも、この想いは、繋がりは、決して断ち切れはしない。
そうだろ、姉さん。
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
空のリシェル ~永遠の繋がりと銀の配達人~ はこれにて完結となります。
カイエンが歩む道は決して楽ではありません。
彼がこれから歩むのは、常に死と隣り合わせの世界です。配達人の助手となった彼がこれからどういう未来を進んでいくのかは誰にも分かりませんが、道を踏み外すことはないと断言できます。
改めて、最後まで読んでくれた皆様、心からありがとうございます。
願わくば、次なる依頼人の物語も、貴方の巡り合った作品の一つに入ってくれたなら幸いです。




