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新理論発表会  作者: つっちーfrom千葉
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第五話

 私はもう無駄に反論するのはやめ、とにかく、彼に従って黙って会場に入ることにした。ところが、会場の入り口には、奇妙なことが書かれた看板が掛かっていて、再び我々の足を止めた。


  一 完全禁煙のこと

  二 偏差値が60以下である者の入場を禁ず


「室内禁煙というのはよくわかるし、しごく当然のことだが、はて、『完全』という言葉が付くと、少しわかりづらいようだね、どういう意味があるのかな」


不思議に思って、私がそうつぶやくと、友人は自慢げに、また説明を始めた。


「これこそ、我々がこの神聖な島に到達したことを実感すべき文章だよ。いいかね、禁煙なんてのは、世界的に見れば当たり前のことなんだよ。今や、運動に関係する施設や乗り物などの公共の施設はすべて禁煙だ。しかしね、この島ではそんな低レベルなことをいちいち言いたくないのさ。少しでも学のある人間なら、煙草の煙が人体に良くない、少しの快楽で命を縮めるだけ、なんてことは乳幼児の頃から理解していて然るべしだからね。つまり、この完全という言葉には、『言うまでもないが』という意味がかなり含まれているんだよ。わかったかね?」


「しかし、それはおかしいだろ。どんなに頭のいい人間だって、煙草の一本や二本吸うだろうし、そんなに有害な物なら、政府の認可を受けて、町中で売ることなど出来ないはずだろう。娯楽商品として認められているからこそ、これだけ多くの人が吸っているんじゃないか」


喫煙者の私は懸命に反論した。


「おやおや、それは偏差値50以下の論理だよ、君。いいかい、周りに人がいないから吸っていいとか、自分の身体のことなんだから別にいいだろとか、自販機で売ってるんだから、買ったっていいはずだろ、なんていう意見は、全て喫煙者の主観的な論理でしかないわけだよ。それに、本当に優れた学者に煙草を吸う人間はいないよ。少しでも学のある人間なら、わかるんだよ、煙草自体がこの世に不要な物だって事がね」


 私は腹が立ってしょうがなかったが、言い返す言葉も見つからないので、仕方なく話題を変えた。


「それじゃあ、次の偏差値のほうの規定については、どう対処したもんかね。このままでは、数値の足りない私は入場できないのだが」


友人も深刻な表情をして頷き、これには同意した。


「あんな規定は去年来たときにはなかったはずだが、はて、最近になって創られたのかな。それにしても困ったねえ。君の頭の悪さにここで足を引っ張られることになるとは思わなかったよ」


友人は私のほうへ冷たい視線を向けると、もう一言付け足した。


「これでわかったと思うが、頭が悪いということはそれだけで罪なんだよ」


 私はついに頭にきて、顔を真っ赤にしながら、両手を懸命に振り回し、並んでいる大勢の人をかき分けて後方に向かって走り出した。そして、先程の奇怪な屋台まで来ると、売り物のはんぺんを三枚口にくわえて、再び会場の入り口まで戻ってきた。金を払ったような記憶はない。


 私が何か行動を起こすと、すぐに憎まれ口を叩く友人も、今回の私の行為にはさすがに面食らった様子で、呆然とした顔のまま、しばらくは口を動かさなかった。しかし、私の方へ軽蔑の視線をよこすことだけは忘れていなかった。私は冷静を装いつつ、「じゃあ、行こうか」と呼びかけ、彼を先導して、ようやく場内へと足を踏み込んだ。


 この会場にはロビーや受付といったものがないらしく、入ると、すぐに緑色の幅の広い回廊があり、それが奥に向かってひたすらに伸びているだけだった。その回廊の遙か先に金色の大扉が見えた。


「あの奥が会議場だよ」


 後ろで友人が低い声でそうつぶやいた。延々と続いているようにも見えるその回廊には他に人影もなく、ただ我々のコツコツと言う足音だけが響いていた。私はその無機質な音をしばらく聞いているうちに、妙に心細くなった。そこで友人に向かって、「いやあ、すごく長い廊下だね。この会場は何だい、えらく広いじゃないか」などと、少し明るい口調でなるべく愛想よく話しかけてみたが、彼からの返答はない。


 ふと、視線をそらして右側の壁を見ると、『理論というものは理解できない者には生涯理解できない』と書かれたポスターが貼り付けてあった。その言葉の意味を理解しようとしているうちに、私は恐ろしくなってきた。考えてみれば、なんだ、船に乗ってからここへ来るまで、私に味方してくれる人間は誰もいなかったじゃないか。学術の世界というのは偏屈で理不尽で不可解で、しかも閉鎖的だ。彼らのアジトに到着してみれば、私のような素朴で単純な思考の人間ではついていけないような場所だった。はじめはずいぶんと息巻いていたが、来る途中、友人と言い争っているうちに、だんだんと自分に対して自信が持てなくなってきた。そんなことを考えていると、突然右胸がキンキンと痛くなったきた。そこを左手でさすりながら、心臓が痛むわけではないから、まあ大丈夫だろうと、そんなことを考えていたら、今度は左胸が痛くなってきた。私は顔をしかめた。歩むスピードが落ちたので、友人が私を追い抜き、先に奥の扉に到達した。取っ手を握り、強く押すと、音もなく扉が開いた。


「何をしているんだ。はやく来たまえ」

そう言って、友人は大扉の向こうに姿を消した。彼に続いて、私もその部屋へ足を踏み込んだ。






ここまで読んでくださってありがとうございます。今夜中に完結します。

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