2-2 クッコロさんと流浪の聖女と要塞卿 絶対魔法
「しかしまさか、このような形で再びお会いすることになるとは思いませんでしたな」
対面のソファに座るセイジュとココロに、セバスティアンはそう切り出した。
長年、様々な経験を積み重ねてきた厳かな顔には、憂いが浮かんでいた。
「セイジュ殿下、ココロ様……お二人が、まさか奴らと戦うことになるとは……」
「セバスティアン殿、貴殿は、星海の邪神について知っていたのか?」
「左様でございます、殿下」
セバスティアンは卓上に広げられたエリスの街の地図に目を落とした。
「このエリスは、ダンジョンの暴走や魔王出現の際の、近隣諸国への防壁となる役割の他、いざと言う時の避難場所、謂わば最後の砦となっている……」
自ら設計した城壁都市の思想を語り出すセバスティアンを、セイジュとココロは静かに見守っている。
「これは、皆様もご存じの事かと思います」
「あぁ」
「はい」
「ですが、それとは別の役割も、この街は持っているのです」
セバスティアンは地図上のヴォーバン別邸を指差した。
「この地図を見て、何かお気づきにはなりませんか?」
「む? この地図に何か仕掛けがあるのか?」
「いいえ。この地図ではございません。しかし、この地図を見た時、気付くことがあるかと」
「ふむ」
セイジュとココロは二人で地図を覗き込み、微動だにせずに思考する。
それを、セバスティアンは地図に指を置いたまま、穏やかな目で、しかし何か期待するように見つめている。
沈黙は時間にして一分程だったが、それを破ったのはココロだった。
「全体的に見て、特に変わった点は見当たりません。しかし、セバスティアンさんがそのように仰るという事は、何か、この屋敷が関わっていることなのでしょうか」
「はい。その通りです、ココロ様」
「そうか、わかったぞ」
セイジュが声を上げ、魔法で光の剣を二本作りだし、それを空中に浮かべて、地図上で交差させた。
そして、十字線の中心点は、先ほどセバスティアンが示していたこのヴォーバン別邸だった。
「この街の中心点は、この屋敷だ」
「お見事にございます。お二人とも」
セバスティアンはそう言うと、地図の下から、一枚の紙を取り出し、それを上にして置いた。
それは、巨大な魔法陣のようであったが、先ほどのエリスの街と同じ大きさで描かれていた。
「これは?」
「エリスの地下に構築した防御陣です」
「見たこともない魔法陣だ。これも貴殿が考えたのか?」
「いいえ。こちらは、ヒナコ様が考案されたものにございます」
一瞬の静寂。
セイジュの目が見開かれ、ココロも兜に隠れていて見えないものの、深く動揺しているようだった。
セバスティアンは魔法陣と地図を重ねたまま手に取り、それを、未だ空中に浮かぶセイジュの出した光の十字の上に持ってきた。
すると、二枚の紙は明りによって透かされ、それぞれに描かれた図が重なって三人の目に入ってくる。
より複雑な物となった魔法陣に、セイジュとココロは絶句していた。
「これは……」
「ハイ・グランド・シールド……と、ヒナコ様は仰られておりました」
「何ッ?!」
セイジュは思わずと言った様子で立ち上がったが、深呼吸をして、すぐに座り直した。
「グランド・シールドの、更に上の魔法なのか?」
「そのように聞いております」
「上級魔法の更に上となると……超級魔法か」
「いいえ……」
セバスティアンは首を横に振った。
「超級の更に上、ヒナコ様曰く、絶対魔法、と」
「絶対魔法、だと?」
「神には遠く及ばずとも、上級魔王の全力攻撃を防ぐことができる。ヒナコ様はそう仰られました。我々ヴォーバンとエルフが計算をしたところ、同じような結果が出ました」
「馬鹿な、こんなもの、聞いたことがないぞ!」
驚きの連続のあまりか、セイジュは引きつった声になっていた。
ココロが精神回復魔法をかけると、少し落ち着いたようだったが、右手で顔を覆い、深刻な表情を浮かべた。
「こんなものがあれば……どこの国も、設置した都市周辺に出現したダンジョンの暴走や、魔王に怯えなくて済むようになる……!」
膝の上に置いた、籠手に包まれた左手が音を立てて握りしめられる。
そして、セイジュはセバスティアンを睨みつける。
魔法の明りに照らされたせいか、殺気を感じさせる程、ギラついていた。
「これがあれば……ココロ君が……この子が我が国に来ることもなかった……ッ! どうして、発表しなかった、ヴォーバン卿!」
「セイジュ様」
ココロがセイジュの肩に手を置いた。精神回復魔法が掛けられているが、それ以上に、強い力で、籠手に覆われた指がセイジュの肩を掴んでいた。
食い込むほどではない、が、セイジュの意識を怒りから引き戻すには十分だったらしく、セイジュはハッと息を呑み、再び深呼吸をしてから、セバスティアンに頭を下げた。
「申し訳ない、セバスティアン殿、熱くなってしまった」
「いいえ、セイジュ殿下の怒りは当然の事でございます」
セバスティアンはセイジュの怒りを全て受け入れるように、静かに頷いた。
「しかしセバスティアン殿、この魔法陣をどうして公表しなかったのだ」
「これは、用いられる力が非常に大きいため、通常の魔法陣を描くだけでは全く足りないのです。この、エリスのように、都市自体を巨大な魔法陣として構築していなければならないのです」
「つまり、エリスという都市国家は、巨大な魔法陣として効果を発揮するように設計されていた、と言う事ですか?」
「はい、ココロ様。しかし最初は、皆様の知る設計思想に加え、エル・ブロッサム王都などにもある防御魔法機構を、数倍程高めたものを備えた、少し質の良い城壁都市でした。ですが、エリスを見たヒナコ様が、地下に築く巨大魔法陣を考案してくださり、地表の構造を少しだけ改修工事を行う事で、絶対魔法ハイ・グランド・シールドが発動できるようにと、提案してくださったのです」
「では……他の都市や街では……」
「地上の大幅改修に加え、地下に新しく大きな、発動時の負荷にも耐え、その後も地上部分を支えられる機構を築かねばなりません。それも、色々な流れに気を遣いながら。更に、万が一、不発であったり、機能に何か問題が見つかった際に大きな混乱が生じる可能性があります。その時に、もしも魔王が出現したり、ダンジョンの暴走があったりすれば……まして、万が一にも邪神が降臨などすれば、街や国一つではなく、大陸中の国という国が消えることになりかねません」
「それでは……このエリス以外では、新しく造る都市でなければ、できませんね」
「それに、どれほどの予算がかかるか……新しく造るにしろ、改修工事を行うにしろ、これだけの大事業……一体何年かかるか」
「二十年以上にございます。更に、当時の勇者ご夫妻のご協力で、ダンジョンの踏破し、及び素材を持ち出して地下魔法陣の建築を行いました」
「無理だな……他では……少なくとも、ココロ君が来る前までに、などと」
セイジュは深くため息を吐き出した。
「済まない、セバスティアン殿。話が大きく逸れてしまった」
「いいえ。前提をお話ししないことには、会議ができませぬからな」
「そうか。しかし、今後のためにも、これは発表してもらいたいものだ」
「申し訳ありませんが殿下、それはエルフから禁じられておりますので、承諾いたしかねます」
「………………あぁ、なるほどな」
何かを察したように、セイジュは頷いた。
「人間同士の争いに使用される可能性があるから、か」
「仰る通りにございます」
「人間の争いなど、今の時代はまだあったとして小競り合い程度……まぁ、オルマインでは何故か同国なのに、スフォルツァ領に武力突撃していく輩がここ最近、後を絶たないようだが……」
「あれは……我々もわかりかねますが、エルフが原因を探り当て、解決に出ると伺っております」
「そうだな。ブラックナイトが守護しているようだし、今、我々が気にしても仕方のないことか」
セイジュは再び頷くと、魔法の剣を消した。
「それでセバスティアン殿。今までの前提を踏まえた上で、どのように動く?」
「はい。それでは」
三人は地図を囲み、ジャンヌとルネが呼びに来るまで、会議を続けた。
なお、その部屋の隅っこで、一人、のんびりと本を読んでいたヴァーヴァリアスは、ふと本から顔を上げて、三人の頭上あたりに目を向けてから、また本に目を落とした。
お読みいただき、ありがとうございます。
メイプル「(あ、欲しかった情報がこんな簡単にホイホイ手に入るなんて……」
シャール「メイプルちゃん、どうかしたの?」
晴樹「(こいつ、セイジュさんたちの会話ずっと盗み見てるな……?」
ブロード「(メイプルちゃん、また何か遠視してるんだね……」
ジャンヌ「(なにあの子、何か顔の平たい狐みたいな顔を思わせる不思議な表情を……?!」
ルネ「……」←シャールから受け取ったタオルを折り畳んで洗濯物袋へ入れてる
エルナ「……」←ただひたすら空気のように気配を薄くして立っている
エルフィ「うわ、これ、種子島? 初めて見たわぁ」←フリーダム




