Is this a MAGIC ?
『バタン!』
埜乃が駆け込んだのは、理事長の研究室だった。
「埜乃様、どうされたらそんなに制服が泥だらけに・・・」
「パパ、中にいるよね?」
迎えに出た仲川を振り切って、部屋の中に進む。
さほど広いわけではないラボの奥では、パパと華緒がソファーに腰掛けて紅茶を飲んでいた。
ちょっと、華緒の用事ってパパとお茶飲むことだったの??
「どうしたの?足から血が出てる。腕も擦りむいてるじゃないの!!」
埜乃に気づいて慌てて駆け寄る華緒をそのままに、パパに詰め寄った。
「おや、珍しいね。埜乃ちゃんがここに来るなんて。いや、もちろんいつでも大歓迎だよ」
パパが後ずさりしながら何か隠したのと、この前よりさらに物が増えているのにも気が付いたけれど、今はとにかくそれどころじゃない。
「パパ、これ見て」
マントの切れは端を広げると、思い切って手を突っ込む。
すると先ほどと同じようにバチバチと電気を発しながら手が空中に消えた。
「ぎゃっつ!手が消えた??」
華緒の叫びよりも、心なしか生地から発する光がさっきよりも弱くなったことが気にかかる。
「ほ~、これはすごいね、どんな仕掛けになってるんだい?」
そう、そうだよね、何か仕掛けがあるんだよね。
埜乃の手から切れ端を受け取ると、虫めがねと顕微鏡の合いの子みたいな器具で詳しく調べ始めるパパに期待をかける。
だがしかし、パパはしばらくするとあっさり言い切った。
「ふむ、タネがないね」
「ない?ないってどういうこと!??」
思わずパパの白衣にすがってしまう。
「それはパパが気づかないレベルの仕掛けってこと?それとも本当に無いの?」
「げほげほ埜乃、落ち着きなさい。そんなに掴んだらパパ死んじゃうでしょう??」
喉を抑えて得意のか弱いぶりっ子をするパパ。でも今はちょっとそれどころじゃない。
「人が、消えるってあると思う?この生地の、マントに包まれたら」
埜乃の真剣な瞳にパパの顔も真剣になる。
布地に親指と人差し指を突っ込んで広げ、空間を作ると、隙間から砂嵐のような世界が一瞬覗いて見えた。
「埜乃、これはどこで手に入れたんだい?この技術は国家機密レベルだよ。この先がどうなっているのかわからないけれど、空間を超えられるならノーベル賞どころの騒ぎではないだろうね」
「ノーベル賞?研究者には見えなかったけど。パパも知ってるでしょ?先日転校してきた内藤メアくん。その内藤くんが制服からイキナリマントをつけたコスプレみたいな軍服に早着替えして、有安くんを包むとぱ~っと光に包まれて一緒に消えちゃったの。で、この切れ端はマントの一部なの」
自分の表現力がもどかしいが、とにかく見たまま話すとこうなのだから仕方ない。
埜乃が話し終わると、それまで黙って話を聞いていた(呆れていた)華緒が口を開いた。
「まあ、とりあえず私、有安君に電話してみるわね」
一番冷静なのは華緒のようだった。
そうか、電話をかけるなんて思いつかなかったが、有安がでれば埜乃の白昼夢で事は終わる。
あまりに荒唐無稽だが。
そして数回のコール音の後に、有安は電話に出たのだった。
「もしもし?夏目?」
「有安くん?よね、当然。やだごめんなさい。急に電話して、用はないのよ別に」
安堵して床にへたり込む埜乃に、華緒がウインクする。
そうか、夢だったのか。
とても信じられないけど、もういいや別に夢でも。
・・・・と思いかけたところに、
「ド●モすげ~な、異世界でも通話可能なんだ」
「異世界?」
埜乃とパパが華緒の携帯に向き直り、再び耳を澄ます。
「そうそう、異世界っていうか、どこなんだろうな、ここ。始祖鳥みたいな生き物が飛んでる他は、西洋のどこかみたいな感じでもあるんだけど」
あっけらかんと、あまりにもあっけらかんとしている。
「あ、そういえば埜乃ってそこにいるの?大丈夫だったかな?内藤に吹っ飛ばされて・・ってか、内藤と内臓って似てない?」
似てない。
何を言ってるのか、この非常時に。でも優しい。
あの状況で私のことまで気にしてくれるたなんて、有安の優しさに力が抜けた。
思い出したように擦りむいた足の傷が痛みだして、傷の周りをそっとなぞる。
パパは華緒から携帯を借りると話を続けた。
「有安君だね?私は埜乃の父親で松陰学園の理事長です。宜しくお願いします」
「こちらこそ。埜乃さんにはいつもお世話になっております」
パパが見えない有安に頭を下げている。
「まあ、挨拶はこれくらいにして、異世界だと思うには他に何か理由があるのかな?」
「理由というか、空気ですかね。とりあえず海外とかじゃない気がするんですけど、地球とか。その場合通話料って大丈夫ですかね?」
通話料とか良いから、今。埜乃がこぶしを握り締める。
「手足は自由なのかね、監禁されているわけではないのかな?」
「う~ん、手足は自由ですけど監禁なのかな、ドアに鍵がかかってるから。でも外に出られたとしてもどこに行ったらいいのか。あ、内藤が来たから電話変わります」
内藤くんに電話を変わる?
内藤君は敵じゃないのかしら?
せっかくの通信手段を断たれたらまずいんじゃ?
やきもきする埜乃達をよそに、携帯は内藤の声に変わった。
「もしもし、内藤くん、かな?」
「これは理事長。ふむ、まさか携帯通話が可能とは驚きました」
さほど驚いてなさそうな内藤。
「そこはいわゆる異世界なのかな?」
理事長の声はこの非常時に心なしか弾んでいる。
しかし、内藤は理事長の問いには答えず、
「ミキ様は元気ですし、危害を加えるつもりもありません。用件がすみましたらすぐにお返しします」
失礼しますと、一方的に電話は切られた。
「あっっ」
異世界?の有安と埜乃たちの『あ』がコラボした。
「ちょっ、ちょっと用件て何?それはいつ終わるの?メシアのポスター撮り予約してあるし、文化祭まで夏休み入れて1か月ちょっとなんですけど!?てか内藤君も、メンバー・・・なんですけど。ちゃんと戻ってきてくれるの?」
取り乱す埜乃と、冷静に通話料を確認する華緒。
「36万700円。良かった、定額割入っといて」
パパがマントの切れ端を広げてしみじみと見つめている。
「ふ~む、異世界ですか。この布地売ったらいくらになるかな。人体浮遊と瞬間移動に使う機材が欲しかったんだよね」
埜乃はパパの手から切れ端を奪い返すが、途方に暮れる。
「やっぱり、本当に二人ともこれに包まれて消えたんだよ!でもこんな切れ端じゃどうにもならないよね。・・どうしよう、なんだかさっきより光が弱くなった気がする」
布を掌で優しく包むが、電気花火のように元気だった火花が今は線香花火のよう。
パパは何かを探しに隣の部屋へ行ってしまった。
そういえば、なんで私こんなことに巻き込まれてるんだっけ。
公園へ有安と内藤の後を追って・・・ライブハウスで有安の彼女をみて。
・・・彼女、可愛かった。
「今日ね、有安くんの彼女見ちゃった。綺麗な人だった」
心配そうに覗き込む華緒を相手にとりとめもなく話し出す。
「埜乃だって可愛いわよ。長いまつげにきめの細かい肌してるじゃない」
「なにその死にかけのじい様が孫を褒めるようなの」
華緒の気持ちは嬉しいが苦笑いしてしまう。
私はもっと今風の褒め言葉が欲しいの。
そう、まひろを形容するなら栗色の巻き毛に赤い唇に猫たれ目。
・・・いつから猫はたれ目になったんだろう?
「埜乃は美しいよ」
言いながら頭をなでて、こめかみにキスする。
「華緒ちゃんはさ、そうやって私を甘やかすよね。有安くんの彼女みたいになれないってわかっててさ」
「なんで有安の彼女みたいになる必要があるのよ?」
「あ、ううん、別に彼女みたいになりたいわけじゃないよ、ただ・・・」
いや、なりたいのかな?わかんない。
「うそよ、なりたいんでしょ?ずっと見てたんだからわかる!埜乃は有安に惹かれてるわ」
そういって無理やり埜乃に口づけた。
「やめ・・・!華緒ちゃん、どうしたの」
あわてて華緒を突き飛ばそうとするが、もう一度かみつくようなキス。
どうしたの?こんな時に。というか、こんなの華緒じゃない。
私も何考えてるの?
アイドルで学園を救うんだから。
それには有安くんが必要で、彼女のことやプライベートを心配するのも当たり前だけど。
でもそれだけのハズなのに・・・。
気まずい雰囲気が流れる中、パパがのほほんと戻ってきた。
「ちょっとそれ貸してもらえるかな」
パパは切れ端を受け取ると、ポストカードを重ねた。
「ふむ、これならぎりぎり人ひとりくらい通れるかな」
二つはちょうど同じくらいの大きさだった。
「え???ポストカードと同じ大きさで?通れるの?人が?」
事情を呑み込めない埜乃は、ポストカードと切れ端を見比べながら半信半疑だった。
パパは年季の入ったポケットサイズのマジック集をペラペラとめくりだす。
「確かこの本に・・・。マジックは一見不可能そうなことを可能にする種の宝庫だからね、と、あったあった」
パパが開いたページには、はがきを二つ折りにして、両サイドから切れ込みを入れ、広げると輪になるというマジックの種が乗っていた。
三人は目を見合わせ、無言でうなずく。
「か、感電しないかな?」
ハサミを入れたらもう元には戻らない。
埜乃は一瞬ためらいパパの腕を掴んだ。
「大丈夫、持つところプサスチックだから」
パパは気にせずにはさみを入れた。
マントの切れ端は、バチバチと電気を発するも、意外と難なく切れた。
埜乃が掴んで引きちぎれるくらいなのだから、頑丈なものではないのかもしれない。
「ノーベル賞クラスの生地が。もったいない」
パパはつぶやくと切れ端をゆっくりと広げた。
それは本当にちょうど人一人が通り抜けられるくらいの大きさの額縁の様になっていた。
埜乃がおそるおそる手を通すと、
「消えた!!」
しかし、驚いたのもつかの間、一度は消えた腕が、徐々に生地の先から透けて現れた。
マントの持つ力が格段に弱くなっている。
迷っている時間はない。
「私、行ってくる!」
埜乃は意を決して、マントの切れ端が作る穴に向かって飛び込んだ。
「埜乃!ちょっと、そんないきなり!」
止めようとした華緒の手が空を掴む。
まさか迷いもなく飛び込むとは思わずにいたパパと華緒が、埜乃の消えた後に呆然と立ちつくす。
だが、埜乃の決断は正しかったようだ。
次に華緒が飛び込んだ時には、ただ穴をくぐりぬけただけだった。
「埜乃~!!!」
「青春だね~」
パパは穴の隅っこに残った小さな電磁波の穴目がけて、ポケットマジックブックを投げ込んだ。
「いや、若いってのはいいねえ。一杯やろうか」
高価そうなティーポットを掲げ紅茶を注いだ。