異国で食の宝石箱
「うっうううううわ・・・っっっ」
胸を締め付けられ、胃液が逆流するような感覚に襲われる。
未体験だけどブラックホールみたいな重力+αの力で、どこまでも落ちるように吸い込まれてゆく。
ずっと悲鳴をあげ続けていたけど、飛行機に乗ったときみたいに耳がキーンてなって、自分の声はよく聞こえなかった。
鼓膜の痛みと目を開いても何も見えない闇に時間間隔を奪われる。
頭はパニックだけど、走馬灯は浮かんでこないからまだ大丈夫かもとか冷静に考えていた。
どのくらいの時間がたっただろうか。
もしかして、このまま有安と同じ場所に着かず、永遠と空間を彷徨うのだとしたら・・・。
静かに恐怖を感じた頃、芝生に良く似た感触の草むらに勢い良く吐き出された。
「うわっイタッ、眩しい」
しばらくは強い光を見た後のように、目を開いていても、周りの景色が情報として入ってこなかった。
『ひゅるるるる~っぽん』
呆然と座り込んでいた埜乃の頭に何かが落ちてきた。
「イタッ!何よこれ」
拾い上げるとそれはマジックブックだった。
「パパ?なんでマジックブック?もっと他に役に立ちそうなものなかったの?そうだ、あ~華緒の携帯借りてきたら良かった!」
自分の携帯も制服のポケットに手を突っ込んで確かめるが、カバンの中に入れるタイプなのでやはりなかった。
ここに有安はいるのだろうか。
そして有安のところまで、どうやって行けばよいのだろう・・・。
改めて自分の無謀さに恐ろしくなる。
しかし、その心配は必要なかった。
内藤と、数人の同じく軍服に身を包んだ皆さんのお出迎えが現れた。
「埜乃様、お待ちしておりました」
「内藤くん!?」
地獄に仏とはまさにこのこと?
「・・・まさか本当に来るとはね」
軍服に身を包み砕けた態度の内藤は、髪をかき上げるしぐさがやけにセクシー。
非常事態でもセクシーを感じられるなんて、私も何を考えているか。
冷静というよりは、驚きすぎで脳の許容量がオーバーしているのだろうか。
もう有りのまま受け入れるしか無い心境なのだがら。
「ご気分は如何ですか?我が国の感想は?」
「けっこうロールプレイングゲームの世界そのままっていうか、酸素も重力もあるし・・・よかったっていうか」
深呼吸をして辺りを見渡すと、TVやゲームではわりと見慣れた魔界とか異世界だった。
背景は有安が言ったとおりやや洋風で、アルプス山脈のような山々に囲まれた森の中をカルカソンヌ風のお城と城壁が見えた。
かなり大き目の鳥の群れが上空を連なって飛んでいくのも目に入った。
あれが有安が始祖鳥と呼んでいた鳥・・・?だろうか。
でも、危うくロールプレイングゲームや冒険の世界で活躍できるのが勇者や戦士ばかりなのを忘れるところだった。
動物園では聞いたことのないような獣の雄叫びが森の中から響いてくる。
・・・これはやばいやつだ絶対。
「私、内藤くんに見つけてもらえて良かったです」
「ミキ様もですが、埜乃様も適応能力が高いですね。もう少し驚いても良いと思うのですが。まあ、ようこそいらっしゃいました。ここはハーネット13世が収めるワスプバウンス国です」
「ワンストップ・・・?ごめんなさい。一度じゃ覚えられないかも。カタカナと世界史苦手だから」
でも世界史には出てきてないよね、ワンなんとか国とハーネット13世は。
「そのうち覚えますよ。お城に案内いたします。ミキ様もそこにいらっしゃいます」
ここは大人しく付いていくしか行くしかないだろう。
「ところで、内藤君てなんで有安くんをミキ様って呼んでるの?」
ミッキーって呼ぶのも何だか恥ずかしいけど、まあ自分で名乗ってるからと思っていたのだ。
「君主をファミリーネームで呼ぶことはできませんので」
言ってからしまったという顔をしたが、埜乃はそれには気づかなかった。
「え?でも有安君の名前ってミユキだよね。確か有安御幸」
漢字を指で宙に書く。
「わが国ではミユキ様の呼び方はミキ様になるのです」
「あ~、マイケルとミカエルとかエンジェルとアンジーみたいな?」
「まあそんなところです」
内藤はごまかすように歩き出した。
周りを軍服姿の兵士たちに囲まれて、生まれて初めての馬車に乗せられた。
内藤にしゃべると舌を噛むと言われなくても、何も話す気にもはしゃぐ気にもはなれなかった。
まだ実感がわかないので、流れる景色をぼんやりと眺め馬車の背に身を任せる。
そしてポケットの中のマジックブックをそっと握り締めた。
この世界とパパたちが待つ世界のただ一つの架け橋のような気がして。
15分ほど馬車に揺られると、城壁の前の橋に着いた。
内藤の合図で跳ね橋が下ろされると、馬車はゆっくりと門をくぐった。
馬車を降りると眩暈がして、内藤に腕を支えられた。
「ねえ、わざと遠回りしてなかった?」
埜乃は車酔いならぬ馬車酔いがあるというのを初めて知った。
「遠回り?何のためにですか?」
ごもっとも。私ってばこの世界では、本当に無力なんだろう。
お城の中に足を踏み入れると、豪華なシャンデリアに石造、金ぴかな内装とすべてに驚いた。
召使達がづらりと廊下に並んでいる。映画で見た事あるやつ。
でも一番驚いたのは今・・・。
「有安君、どうしたの?その恰好!!」
ヤバい!鼻血出そう!!出迎えてくれたのは、金髪碧眼、オールバックにタキシードに身を包んだ有安だった。
もう、わかっててやってるんでしょ?っていうくらい。
私のドストライク!今度の衣装にぜひ取り入れたい。
・・・しばらく我を忘れて興奮していたけど、でも、何だか様子がおかしい。
良く見ると髪の色も若干違うのだが、こういう恰好している時特有の、世界の女の子は全部俺のもの!なオーラが感じられない。
「メア・・・?」
有安は内藤を見つけるとすぐに駆けよって、埜乃の事は肩越しから見つめてくる。
内藤はそんな有安の肩を優しく抱き寄せる。
明らかに特別な関係というのを醸し出している。
・・・・・え?
いつそうなったの?
展開早すぎません?
ていうかそれはないでしょう?
わけわからない世界に裸一つで飛び込んできた私への態度がそれですか??
怪我の心配してくれた有安はどこに?
全て言葉にならない~と落ち込みかけたところに。
「あれ~?埜乃、本当に来たの?内藤が絶対来るって言ってたけど(笑)」
(笑)?・・・(怒)。
階段から現れたのは、両脇を軍服の親衛隊に囲まれた、でもとても囚われているようには見えないメイクをしたままのミッキー仕様の有安だった。
「有安くん!!」
安堵から涙が滝のようにあふれた。
「俺に会えたのがそんなに嬉しいの?」
有安は優しく髪をなでると指で涙を拭う。
「あのね!これは緊張が続いてたからで、泣くでしょう?さすがに、誰でも」
可愛くないって自分でも思う。
有安は流れるようにほほを伝う涙をキスで拭いながら、唇にキスを落とした。
「ん!ん~ん~!!!ちょっと!なにす・・る」
唇をなめられて、慌てて有安を引きはがした。
「ありがとうね」
びっくりし過ぎて涙が止まった。
にっこりほほ笑む有安に怒る気が失せた。
というか、最初から怒ってないけれども。
でも、人前でしますか、普通。
私ファーストキスなんですけど?あ違うか、そういえばファーストキスは華緒とだった。
さっきの出来事が何週間も前の、異世界での出来事のような気がする。
あ、かこからしたら異世界なのはあってるか。
有安の一連の滑らかな動きを感心したように見守っていた内藤達が、ざわざわと動き出した。
もしかして宗教的に交際禁止とか、人前のキスで逮捕されるのかと肝を冷やす。
他国の法律は侮れないのでドキドキと周りを見渡す。
ガイドブックは隅々まで読みたいタイプなのだ。
だがそれは取り越し苦労だったのか、内藤はにこやかに近づいてきた。
「お二人ともお疲れですよね。お食事の用意が出来るまで湯浴みにご案内いたします」
良かった、逮捕はされないみたい。
安堵してお食事といわれきゅ~とお腹が鳴った。
そしてお風呂といわれれば、ほこりまみれの自分に気づく。
内藤がミキ様、埜乃様と呼ぶのも何となく受け入れていたが、捕らわれている割には優雅な待遇に思われる。
そういえばあの有安に激似の少年は誰だったんだろう?
聞き損ねてしまった。
有安達と別れ案内され向かった浴室は、一言でいえば日本のスーパー銭湯独り占め・・・みたいな。
湯船一面に浮かべられた花びらと薬草の香に包まれて、恍惚のあまり危うく溺死しそう。
そして良かったさすがに自分で洗えるんだ。
お付の人4~5人とかに取り囲まれて洗われたりしたらどうしようという想像(妄想)は取りこし苦労だったらしい。
お風呂と着替えを済ませると、召使に案内され食堂へ向かった。
途中兵士に囲まれた湯上りの有安に遭遇した。
「埜乃」
流し目で名前を呼ばれると思わず緊張してしまう。・・・色っぽい。
なんでだろう、メイクも落として瓶底眼鏡こそかけていないけど、金髪な以外いつもと同じ有安モードなはずなのに。
一度知ってしまうとそうなのかしら。無意識に唇に触れてしまう。
「埜乃、風呂入ったよね?大丈夫だった?俺お付の人にあんなところからこんなところまで流されちゃったけど」
下半身に手を添わせ、恍惚のポーズ。
言動はそろそろ慣れてきたいつもの有安節だが。
セミフィットが逆に悩ましい鮮やかなパープルの流浪の民が身に着けていそうな貫頭衣に伊達眼鏡。
こっちも色違いなだけでほぼ同じような衣装のはずだけど、色気のかけらも出ているように思えない。
スタイルの違いってこういうことかしら?現実って冷たい。
「あんなとこもこんなとこも?全部自分で洗ったけど、何か問題でも?」
「なに怒ってるの・・・?」
ごめんなさい、八つ当たりです完全に。
有安と二人、兵士たちに囲まれて長い廊下を進む。
廊下の続きなのか小部屋なのかわからない宮殿の一段高いところにひときわ多くの側近に囲まれ、静かなざわめきに包まれる一人の少年が現れた。
見上げると、ふいに目があったのは、あれ?さっきの有安に似てるコ??
流浪の民の豪華版な、秦の始皇帝のような衣装に身を包んで目元を赤く染めたメイクがLIVEの時のミッキーによく似ている。
「か、わ、い、い~!」
ミッキーと一緒に並べたら絶対受けそう!と、思わずぶんぶんと手を振って存在をアピールしてしまう。
・・・その少年は埜乃に気づくと慌てて目をそらし、顔を袖で隠し俯いてしまった。
兵士たちは埜乃の態度に戸惑っている。
内藤が現れ兵士たちを制すと、少年に向かい膝をついて深々と頭を下げた。
その姿は忠誠を誓う騎士のよう。
その前を側近と共に優雅に進んでいく秦の始皇帝風の少年。
埜乃と有安も跪きこそしないが、広い廊下の端に避けた。
内藤が埜乃と有安の傍に近づくと、兵士たちが全員下がった。
「ユウ王子は身分の別を大事にされます。数名の側近の者としか口はききませんし、目を合わせることも致しません」
少年が通り過ぎると立ち上がり、先を促される。
ユウという有安にのあの少年は、王子様・・・なんだ。
永遠に続くかと思われた廊下も終わりを迎え、埜乃達はほどなくして食堂に着いた。
入り口からはまだテーブルすら見えないほど広いが、豪華さはわかる。
絵本に出てくるような大広間の天井には蝋燭のシャンデリアがかけられ、テーブルの上には豪華な燭台と銀食器が並べられて花が場所せましと飾られ、皿の上に置かれたナプキンには繊細な刺繍が施されていた。
これだけの設備を維持するのは莫大なお金がかかるのが、学園経営で常に頭を悩ませていると簡単に想像できてしまう。
「すごい、汚したらどうしよう。・・でも、お腹すいた」
そういえば、異国のディナーはどんなものが出てくるのだろう。
学園の栄養士としても興味深い。
でも、もしゲテモノ系とか、食事のルールが厳しくて牛の丸焼きとかを残したら死刑とかだったら・・・どうしよう??
「埜乃?どうした?腹減りすぎでおかしく・・・」
皆まで言わさずに肘鉄を入れる。
さっきまでの楽しみな気持ちはどこへやら。
一気に食欲が失せて青ざめてしまう。
しかし、そんな埜乃の予想を裏切って、良いにおいが漂ってきた。
「こちらへどうぞ」
メアが案内してくれた長いテーブルの端と端には王様と、先ほどのユウ王子が席についていた。
埜乃達が席に着くと、次々と料理が運ばれてきて食事がスタートした。
【前菜】
「わ~美味しそう!いっただきま~す」
一見シーザーサラダ風のサラダのため、警戒せずに口に運ぶと・・・埜乃と有安の手が止まった。
「こ、こちらのお料理は初めて頂くお味なのですが・・」
失礼に当たらないようにと思いつつ、これがなんなのか聞かなくては箸を進められない。
自慢じゃないが好き嫌いはないはずなのだが。
「前菜のレタスの練乳ソースがけ、クコの実添えにございます」
メアが恭しく答える。
思わず吹き出しそうになった口を押える。
マズ過ぎて震える。
レタスと練乳のコラボがこんなに凶悪とは、どちらも単品ではむしろ好物なのに。
なぜこの組み合わせの選択が出てきたのだろう。
だが、有安の方は一瞬止まっただけで、むしろ食が進んでいた。
「意外とイケる」
ぱりぱりとおかわりしている。
もしかして味覚音痴?それとも我慢強いのか、計り知れない。
【副菜】
「続きまして、こちらは季節の野菜のテリーヌでございます」
野菜のテリーヌなら!と思いっきり頬張ったが、またしても吹き出しそうになり、口元を抑える。
「と、とってもおいしいです」
でもこれって、テリーヌというよりは羊羹じゃ?
色とりどりに並べられた野菜は甘露煮かというほど甘く煮詰められて、その周りを固めるゼリーは純度の高いはちみつだった。
「お口に合わんかね?」
王様の一睨みで、慌ててテリーヌ(羊羹?)を口に詰め込んだ。
【メイン】
子牛の香菜パン粉焼き風。
あくまでも風。ここ重要。
埜乃も今度は慎重に口に運ぶ。
「今だったら塩の塊が1万円でも買うわ。私」
極甘の牛肉を噛みしめると涙声で呟く。
子牛はとても柔らかく美味しいのだが、3年くらい砂糖水につけたんじゃないかって思う。
「こちらの子牛はしっとりさせるために、1日ほどはちみつにつけております」
満足そうにうなずく王様に、自慢げに料理の説明をする料理長。
恐ろしい。
・・・こんな時にこの料理なら間違いなく食べながら痩せられるから、ダイエットレシピに応募してお金もらえないかと考えている自分が。
【デザート】
季節のフルーツ宝石箱風。
イチゴやブドウがゼリーに包まれて、本当の宝石のよう。
「美味しい~」
埜乃の心からの声だった。
自分のイメージと実際に口に入れた時の味が一致することが、こんなに素晴らしいなんて。
涙を流さんばかりの埜乃に、有安は少し呆れ顔だった。
むしろ埜乃のほうが普段からアイスだケーキだと甘いものを楽しんでいるくせにと思っているのだろうか。
食後にココナッツオイルがたっぷりと浮いた激甘な不思議なコーヒーを飲み終わり、ナプキンで口元を拭うと、安ど感から深いため息をついた。
「お・・・終わった」
食事が終わってホッとするのも、もしかして痩せたかもと思うのも初めてだった。
すでに王様とユウ王子は退席しているので気持ちも楽になっていた。
「私、甘党で良かった」
今日一日で虫歯になりそうといいつも、最終的にはかなり味に馴染んでいた。
「ふ~ん俺ももっとこう、トカゲとか昆虫系出てくるのかと思ったから助かったかな」
有安も意外と心配性だったようだが、出てきたら出てきたで、素知らぬ顔で食べたのだろうか。でも、
「お望みでしたらご用意できますが」
とさらりという内藤には、
「いや、結構」
と即答だった。
しかし食って奥深い。
今日の夕食で異国にいるんだという気持ちが強まったのだから。




