METAMORPHOSE
ユウ王子と内藤が去ると部屋に残されたのは・・・。
不安な胸騒ぎで落ち着かない埜乃と、どんな時も楽天家な有安。
「まずいわよ、有安くん!」
「意外と道徳的だもんな、埜乃は」
「そうじゃなくって!」
「なんだよ嫉妬か?」
違うとは言い切れない。
こういうとこ鋭くてキライ。
でも違うから!それだけじゃない。
何とか有安を部屋から追い出したけれど、全く考えがまとまらない。
あきらめて頭から布団をかぶったけれど、全く眠気も訪れない。
「当たり前か、捕らわれの身でぐっすり眠れるほど神経太くないよね」
諦めてベットの上に起き上がる。
こんなことなら有安に部屋にいてもらうんだったな、でも・・・それはそれで危険か。
と自分の想像に赤くなる。
『ぶるっ』
「おしっこ・・・行きたい」
夕食の後のコーヒーと、ココナッツオイルのマッサージで血流が良くなったのか、トイレが近い。
「怖いよ~」
あえて声に出してしまうことで余計に怖くなるのだが。
かすかな蝋燭の光で照らされる石造りの廊下をゆっくりと進む。
怖くない、怖くない。お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ!
今いるところがすでに謎なのに、そのうえ余計なものはいらないのだ
「あれだけ無駄にいた兵士たちはどこ行ったのよ!ちゃんと見張ってなさいよ、人質でしょ私?」
トイレまで案内してもらおうと見張りの兵士を探したのに肝心な時にどこにもいない。
埜乃は比較的自由な、ついでの人質な自分にがっくりする。
そういえば、お城のトイレはどこにあって、どんなつくりをしているのだろうか。
水洗トイレのイメージで、男性と女性の青と赤のマークを無意識に探していたけど、当然そんな標識どこにもない。
もう10分近くは歩いている気がする。
これはいい加減迷子かと思い始めた頃、ひそひそ声が石畳に響いて聞こえてきた。
声をたどり、蝋燭の明かりで揺らぐ長い影の先を覗き込むと、先程の食堂の近く、調理場まで歩いてきていたらしい。
中では兵士達が洗い物をしながら噂話に花を咲かせていた。
こんなところにいたなんて・・・兵士の使いまわし。
四六時中見張りだけしてたら良いってわけじゃないのね。
華やかそうな宮殿も経費削減と無縁じゃないのかと共感を禁じ得ない。
「王子もかわいそうになあ。王家の務めとはいえ政略結婚の相手がよりによって、マカリキの姫様なんて」
中年兵士はごつい体系に似合わず器用に桶の中で食器を撫でまわしている。
その姿は中々年季が入っているように見え同情を誘う。
それでもタイムリーに興味深い話をしているので好奇心には勝てず聞き耳を立ててしまう。
「マカリキ国であんな病が流行らなかったらねえ・・・跡取りの王子もまだ6つかそこらで亡くなるなんて親が無念でしょうね。うちの子と同じ年ですよ」
まだ手つきが多少危うい、ぽっちゃり目の青年兵が合いの手を入れる。
「噂じゃほれ、マカリキの姫様ってのは好き者らしいで」
「またそんな下世話な~」
ぽっちゃり青年兵の皿洗いの手に力が入る。
「気取るなって、おめえも好きだろ?」
「まあそりゃあね、興味ありますけどね、正直怖いのが先ですよね。事が終わったらたら頭からバリバリバリ~って話じゃないですか・・・」
想像したのか、首をすくめてぶるぶると震え、その場を立ち去ろうとする。
埜乃は二人の前に思わず飛び出した。
「す、すみません、そのお話しもう少し詳しくお聞かせいただけます・・・・か」
「なんだ、お前は?」
「見ない顔ですね」
訝しむ兵士達。
そうでした、私替え玉候補の人質・・・の知り合いでした。
「さ、最近入ったメイドです。私まだお城の事詳しくなくって・・・」
ニッコリ苦し紛れの全開笑顔でごまかす。
それを信じたのか定かではないが、噂話好きは全国共通、ここだけの話だぞ・・・とお決まりのセリフで話し出した。
「マカリキ国では昔っから、姫様しか生まれなかったときに限って、他所の国の次男以降の王子たちを婿にもらってたんじゃ。でも昨年跡取りの王子が流行り病で急に死んじまって、ここらでは王女様と釣り合うような年代の次男の王子がおらなんだ。長く続いた戦争で我が国は財政難。そこで生まれた王子はワスプ国側が一人もらう約束で、莫大な持参金付きでユウ王子が姫様を正妃に迎えると決まったんじゃ」
「それは政略結婚かもしれないですけど、それも王子の務めのうちですよね。メティス姫はお綺麗ですし、何がそんなに問題なんですか?」
政略結婚自体は埜乃も無縁ではないし、愛のある結婚生活を送りたいのもわかる。
でも王族とかって、子供さえ作れば後は浮気し放題・・・みたいなわりと割り切った世風だった気がする。
想像の域は出ないが、お世継ぎ問題で生まれてすぐに争いが起こらないように異世界に捨てられた有安が今更巻き込まれるのに不満が無いわけない。
埜乃の言葉に兵士たちが顔を見合わせる。何かを言い淀んでいるように見える。
辛抱強く待っていると、あくまで噂だが・・・とぽっちゃり青年兵が続けた。
「マカリキってほれ、何かに似てないかい、昆虫で」
「それさっきもきになっていて・・・マカ、カマ・・・カマキリ?ですか」
そうそうとうなずく兵士達。
「カマキリの交尾が終わったら、メスがオスをどうするか、知ってるだろう?」
兵士達はひぃ~っと顔を見合わせる。
カマキリの生殖は、たしか理科の授業でやったような・・・。
中学の頃の微かな記憶を手繰り寄せる。
『カマキリのメスは生殖行為が終わる前に、オスの頭を食べてしまいます。グロテスクと思われがちですが、オスは死ぬ前に子孫を残そうという気持ちが強く働き、精子を出し切れる為、子孫繁栄には合理的な行為ともいわれています。ほかにもオスが一番栄養のある食べ物だからとか、快楽の為の行為ともいわれていますが、理由の詳細は解明されていません』
といった内容だったはず。たしか。
「・・・・・て。ダメでしょ!それって超危険でしょ」
頭食べられたら死んじゃうでしょう。
だから内藤達は、有安をカマキリ王女の初夜の身代わりにしようとしたんだ。
最初から生贄にする気だったんだ!!全身から血の気が引いてゆく。
内藤め、許さん!!
でもきっと戦っても勝てないから・・・・そうだ早く、有安を連れて逃げなきゃ!
有安の部屋は回廊を渡った別塔だったはず、と窓から宮殿を見上げると今日はちょうど満月だ。
「満月・・・明るいな」
懐中電灯もなさそうだし、明るいのが吉と出るか凶と出るか。
空を見つめる埜乃につられて、兵士たちが空を見上げる。
「満月ってなんだべ?」
「何かあるのか?」
まさか月を知らないわけないよね?と埜乃が兵士たちを振り返ると、
「うぅぅぅぅぐ、ワォ~ン」
ぽっちゃり兵士の顔がみるみる毛深くなり、口が裂け牙をむき出し、低い叫び声をあげた。
ない、これは・・・・そうこれは例のアレ、狼男だ!?
「きゃぁあああああ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
埜乃の叫び声と中年兵士の叫び声がリンクする。
も、もしかしてこの人も知らなかったの?ぽっちゃりが狼男に変身するって?
わずかな期待を込めて中年兵士を振り返る。
だがしかし、こちらは顔色がみるみる青ざめて、
「ダメだろ~フルムンの日にルナを男に見せるなんて」
開かれた口には二本の長い牙が生え、そして目は赤く煌々と光っている。
わ、ダメ、今気を失ったら一生意識戻れない・・・。




